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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

北から目線を君に

作者: 都賀久武

内輪の短編企画のやつを投稿してみます

 鹿児島で生まれ育った君は北国の現実を知らない。

 南国の人はのんびりしているというけれど、まさか丸二日遅れてやってくるなんて思わなかった。

 もっとも君が日付の感覚をなくしたのも無理はない。

 冬の北国では列車が何十時間か遅れることはよくあることだし、岩手県一関市以北は白夜になるからうすぼんやりした明かりに日付がわからなくなることだってあるだろう。これだから南の人間は……などというときっときみは北から目線にむくれてしまう。

 しかし、せめて到着したときに連絡をしてくれれは迎えに行ったのに。

 一人で北国の町に出るなんて、君は勇敢で無謀だ。

 北の列車から無事に駅に降りられたのがまずは奇跡に近い。北国の列車は、電車ではない。冬の雪道をかき分けていくディーゼル車だ。降りるときはボタンを押してドアを開くエアロック式になっている。-90℃の外気から乗客を守るためだが、君はスムーズに降りられただろうか。

 駅のホームには当然雪が積もっている。昔は水の雪が降ったというが、今は凍った二酸化炭素、ドライアイスの雪が積もっている。

そんな中に降り立った君を思うと、いとおしささえ感じる……これも北から目線だろうか?


 東北の地方都市の駅前はどこもそうだと思うが、この町もひどく寂れている。白夜とオーロラに照らされた駅前を君はどう見ただろうか。南の都会から来た君にあの駅前を見られたかと思うと、少し恥ずかしい。


 君は防寒着を買ったはずだ。君の着て来たTシャツにパーカーという格好は言うまでもなく北国をなめている。肌を刺す外気に耐えられるはずがない。君は駅前のファストファッションの店に駆け込んだはずだ。

 ヒートテックを君は初めて着たのだろう。服内部の断熱層でアセチレンを燃やして暖をとるヒートテックは北国の標準装備。その上にナイロン、ダクロン、アルミ布製のアノラックを着ればしばらくは耐えられる。

 暖かい恰好になった君は、冬の町を行く。おそらく、これで大丈夫だと自信満々で。そして当たり前のように滑って転ぶ。

 北の道は数メートルの万年氷に覆われている。氷の厚さを計算に入れ玄関は二階に作るのが北国の常識だが、とにかくそんな氷の上を歩くには慣れかスパイク付きの靴が必要だ。君はどちらも持っていない。

 君は一人だ。君の手をとって導いてあげたくても、それはできない。


 君はようやく自分だけでは道を歩くことさえできないことを悟ったはずだ。日頃聞いていた来たから目線の話は冗談ではなかったのだと。そしてスマホを取り出したはずだ。

 そして、当然だがスマホは死んでいた。


 一般の、つまり北国以外で流通しているスマホのリチウムイオン電池は寒さに弱い。氷点下になると効率が低下しはじめ急激に充電を消費する。まして-100℃近い酷寒の地の外気に晒したらひとたまりもない。

 北の人間が充電不要のプルトニウム電池を好むのはものぐさだからではない。


 駅前通りで君が落としたスマホは、預かっている。いつかきみに返せることを願う。


 スマホをなくした君はどこも真っ白な田舎町をさまよい、やがて除雪戦車隊にであったはずだ。スウェーデン製のS戦車を改造した永久凍土を削る重機。

 固く凍り付いた永久凍土を砕き回収する戦車隊がいなければ、この町はとうに氷の下に埋もれていたはずだ。実際毎年そうやって氷の下に消えていく町は多い。

 昨年は青森県十和田市が十和田湖からあふれだした氷に飲まれて消えた。


 戦車隊はゆっくりと進む。君は助けを求めただろう。だが、誰も答えはしない。自動運転だから当然だ。

 君は信じなかったが、北東北は自動運転の先進地域だ。秋田県上小阿仁村で始まった自動運転テストは過疎化の進む東北で今はなくてはならないインフラとなっている。24時間稼働する除雪戦車隊が真っ先に自動化されたのは当然のことだ。

 だから、君は車体によじ登って戦車隊についていったのだろう。君があの長距離を移動できたのだから方法はそれしかない。

 君はいずれ戦車隊が町の、もっとマシな場所に連れて行ってくれると信じたのだろう。

 戦車隊が向かったのは奥羽山地。すべてが氷に沈む北国で、雪を捨てるにはもう山しか残っていない。君は深い森に迷い込む。


 君が森の中で半日動き回ったのは信じがたい。北の人間だって森の中で半日はつらい。ましてあの日は猛烈に吹雪いていた。ほとんど視界はゼロに等しかったはずだ。気温も街中とは比較にならないくらい低い。

 それでも君は森の中を歩いた。

 君は強い。普段は見せない強さ、そして気貴さがなければできなかったはずだ。

 森を歩く君の姿を見られなかったことが残念でならない。

 本来なら、山にあるのは雪と雪に埋もれた木々だけだ。雪捨て場から他の何かにたどり着くなんて奇跡的といえる。だが、君の意志が奇跡を起こした。君は池のそばのマタギの狩猟小屋にたどり着く。


 君がたどり着いた小屋は、ちょっとした要塞みたいだったね。冷たく冷え切ったコンクリートは君を温めはしなかったろう。環境に適応し時に70m級にまで成長するツキノワグマを倒すための武器弾薬も、君を助けはしなかった。

 だが、緊急時用の電話を君は見つけ、そして僕に電話した。


「ちょっと来てみたんだけど」

 そういった君の言葉。どう考えても致命的な状況にしてはのんびりした響きだったのが君らしい。

 僕は君を助けられないと思った。すぐに家を出ても奥羽山中までは丸一日かかる。とても君はもたない。僕の北から目線にはそう見えた。

 だから僕は電話で涙声だっただろう。君はそんな僕を励ましさえした。僕のいる部屋は暖かく、君のいた狩猟小屋は氷点下200度で、それでも君の声が暖かかった。

「来てよかった。とても奇麗なところだね」

 君はそう笑う。

 北国は美しい。雪の白さがすべてを覆いつくした時が、真実の世界のような気がする。君がそれをわかってくれて、うれしい。

「今から行く」

 僕はそういった。間に合うとは思えなかったけれど。君は待つと言ってくれた。そして、池のそばの狩猟小屋だと場所を教える。

「池?」

「うん。碧色の、奇麗な池があった」

 僕は君にきいた。僕に会いたいか。会いたいと君はいう。僕を信じてくれるか。信じると君はいう。だから、僕も奇跡を信じることにする。

「服を脱いで、池に入ってくれ」

 僕がそう言った時、さすがに君は息をのんだ。


 雪山で遭難した人が服を脱いで倒れていることがよくある。矛盾脱衣としてしられるこの現象は、一説には体温低下によって暑いと錯覚するため発生するといわれているが、北から目線的には少し違う。

 大気が凍るほどの寒さの中ではむしろ急速に体温を冷やし、冷凍睡眠状態になったほうが助かる可能性が高い。

 狩猟小屋のそばに池があると君は言った。この時期水が凍り付かずにいるはずがない。

 冬の東北では時々零下200度を記録することがあるが、これは大気中の窒素が液化する温度だ。おそらく前日にでも窒素の雨が降ったのだろう。

 君は裸で液体窒素の池に飛び込んだ。僕を信じて。だからこうして、僕はまた君に会えた。


 池から引き揚げた君を、僕の家に。初めて友達を招待できた。

 君は助からない、と僕は北から目線で思った。それが間違っていることを、今は信じる。


 真っ白な眠りにつく君を起こすためには、ほんの少しづつ温める。

 機械にはできないから、伝統的な方法しかない。

 南国育ちの少し褐色の君の肌に、白い霜が降りている。そこに僕の肌を重ね、霜を溶かす。

 僕の熱を君にうつす。

 白く凍った君のまつげを見ながら、目を覚ます時を待つ。


 君と話がしたい。君が見た僕の町の話。あるいは君の町の話。

 南国では鉛の雨が降り、ガラスの川が流れているという。それが本当かどうか。


 壊れてしまったこの惑星で、せっかく友達になれたのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ブラックな描写に変な笑い声が出て、今年の呆れるほどの積雪量と、トンガ山の噴火による寒冷化を鑑みると、心がかじかむ読後感でした。 エッジが利いてて面白かったです。 [一言] 今年もよろしく…
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