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ちびっこ錬金術師は愛される  作者: あろえ
第二章

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91話:意地っ張りなアーニャ5

 家に帰ってきたアーニャは、一目散にルーナの部屋へ向かい、様子を伺うようにゆっくりと扉を開けた。


 待ってたよ、と言わんばかりのルーナと目が合い、肩身の狭い思いをして部屋に入ると、ベッドの近くにある椅子に腰を下ろす。


 すでにエリスが連絡を入れてくれたとはいえ、気が重い。自分から打ち明けるならまだしも、気づかれてしまった以上は謝るしかないだろう。


 絶対に怒られると思わせる重い沈黙に、アーニャの心がポキッと折れそうになっていると、ルーナが口を開いた。


「エリスさんから聞いたよ。魔力、封印されちゃったんだってね」


 ビクッと身を縮こめるものの、予想以上に穏やかなルーナの声に疑問を抱く。どうして黙っていたの? などと問い詰められることを予想していただけに、驚きを隠せない。


「今まで黙っていたこと、怒ってないの?」


「心配したくらいかなー。姉さんは魔力でゴリ押すスタイルだから、今までどうやって戦闘してたんだろうって、気になったよ。いつも私のために危ない旅をして、月光草の採取へ行ってくれてたんだよね。それなら、私は怒れないよ」


 優しく微笑みかけてくるルーナを見て、アーニャは思う。なんか違う、と。


 命の危険が生じるほどの重大な隠し事に、エリスもルーナも優しすぎる。今まで黙っていたことを問い詰めたり、自分を見捨てて突き放したり、怒り任せにビンタをされたりしても、それが自分の罪だと受け入れようと思っていた。


 それなのに、優しすぎて……ツライ。もっと怒られた方が楽なのに。


「錬金術のアイテムで強引にゴリ押していただけよ。だから、溜め込んでた魔石もかなり使ったわ。怒ってるでしょ?」


「魔石は使い道がなくて、困ってたぐらいだよね。無駄なコレクションが掃除できてよかったんじゃないかな。姉さんが必要なら、これからもいっぱい使ってね」


「でも、お金もいっぱい使ったのよ。錬金術のことが書かれた本は、めちゃくちゃ高いの。それを何冊も勝手に買いこんで読んでやったわ。怒るわよね?」


「姉さんが緊急依頼を一人でこなすせいで、随分とお金が潤ってたよね。だから、いくら使っても余裕はあるでしょ。それより、姉さんは読書が苦手なのに頑張って読んでくれてたんだね。ありがとう」


「いつも採取へ向かう時、毎回結界石を使うほど贅沢したわ。夜食でね、一人でオムライスもいっぱい食べてたのよ。これはもう、怒るしかないわよね」


「私の方が、贅沢者だよね。ベッドにいるだけなのに、色々お世話もしてもらってるし、姉さんにもエリスさんにも頼りっぱなしで……。本当に、いつも迷惑ばかりかけてごめんね」


 どうしてルーナは怒らないのよ! 逆に謝られるってどういうこと!? 意味がわからないわ! 私はいま、隠し事をしてたことを叱られたいのに! などと、心の中で叫んでしまうほど、ルーナの優しさが胸に突き刺さる。


「ルーナは何も悪くないじゃない。悪いのは黙っていた私よ。もっと怒ってもいいのよ!」


「私が心配しないように、今まで姉さんは一人で我慢してくれていたんだよね。そんなの怒れないよ」


 なんということだろうか! ルーナのことを思って取った行動が的確に伝わり、優しさがブーメランとして返ってきて、傷口をグリグリとエグってしまう。


 優しすぎて心が痛い。もういい加減に怒ってほしいと思うアーニャは、立ち上がってルーナに詰め寄った。


「怒りなさいよ! 姉妹の間で隠し事をしてもいいわけがないわ! もう犯罪と同じ、私は重罪を犯したの」


「ううん、人間なら誰でも一つや二つ言えない悩みを持ってるものだよ。重くてツラい悩みほど人に言えないし、身内や近しい人間だから言えないことだってある。姉さんは何も悪くないから」


「じゃあ、ルーナは何を隠してるのよ!」


「えっ? いや、私は何も隠してないけど……」


「ほら、みなさいよ! 私はめちゃくちゃ大事なことを隠してたの。それも二年間も。だから、ちゃんと怒ってちょうだい。今まで溜め込んできた鬱憤を私にぶつけてくるのよ!」


「二年間も面倒見てくれてありがとう、姉さん」


「労いの言葉をかけるのはやめて! 私は怒られたいの!」


 アーニャが悲痛の叫びを上げると、様子を見に来たエリスが何食わぬ顔で入ってくる。怒ってくれる人が来たと思ったアーニャは、すがるような思いでエリスに詰め寄った。


「エリスは私が悪いって怒ってくれるわよね? 月光草の採取に私はジルを連れ出したの。危険が伴うと知りながら、エリスに弱体化したことを言わなかったのよ。ごめんね、私が全部悪いの」


 切羽詰まったアーニャの顔を見て、エリスは察する。


 優しいルーナちゃんにこっぴどく叱られたんだろうなー。意地っ張りのアーニャさんが素直に謝ってくるなんて、余程のことがあったに決まってるもん。ここは私が優しく受け入れてあげないと、さすがにアーニャさんが可哀想だよ、などと思い、エリスはアーニャの頭をナデナデしてあげる。


 心の傷口を塞ぐような優しい手付きは……、残念なことに、アーニャの傷口に優しさという塩を塗り込んでしまっていた。


「落ち着いてください。私は怒っていませんから。毎回採取へ行くときは入念に準備されてましたし、ジルと一緒に無事に戻ってきてるじゃないですか。戦えないことには驚きましたけど、アーニャさんは責めるつもりはありませんよ」


 違うんです、責めてほしいんです、と、アーニャは膝から崩れ落ちた。すると、ひそかにエリスの後ろにいたジルがひょこっと顔を出し、アーニャと目線が重なる。


 ジャーンッ! と効果音が出そうな勢いでジルが差し出す皿の上には、密かに良い香りを放っていた、新作オムライスが盛り付けられていた。


「ガーリックバターライスのオムライスに、ホワイトソースを乗せてみたよ」


 反省していると思いつつも、一日中戦闘していたアーニャは、ぐぅ~、とお腹を鳴らしてしまうのだった。

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