85話:解毒ポーション2
作業台の上に様々な素材を用意したアーニャは、解毒ポーションを作るために、二種類の液体を作っていた。別々の薬草をポーション瓶の中に真水と一緒に入れ、ひと煮立ちさせただけの緑色の液体になる。
ポーション瓶を軽く振り、チャポンチャポンッと音を立てた後、アーニャは火を止めた。作り方を学ぶジルは、メモを取ることもなく、ジーッと観察する。
「これくらい薬草の成分が抽出されれば、良品質を保証するわ。薬草の中には、煮すぎると変質するものもあるから、気を付けなさい。解毒ポーション程度なら、難しく考えなくても大丈夫だけどね」
そう言いながら、不純物を取り除くフィルターをセットし、別のポーション瓶に薬草成分が溶けこんだ液体を流し入れる。もう一つの液体も同様にそこへ入れて、混ぜ合わせた。
「解毒ポーションは、初級ポーションの延長線上にあるようなものね。後は、これにマナを加えて物質変換すれば大丈夫よ」
「えーっ! また二つの魔力を組み合わせるの?」
前回、月光草の採取を準備するときに、HP回復ポーション(中)を失敗したことが頭をよぎる。一つのことに集中しすぎてしまうジルは、二つの魔力を同時にポーションへ変換できなかったのだ。
「心配いらないわ。中級ポーションのときは、薬草と木の実の魔力が反発していたでしょ。今回は同じ性質を持つ二つの魔力を混ぜ合わせるだけだから、マナを使った物質変換が簡単なの。やってみなさい」
不安な気持ちになりながらも、ジルはアーニャからポーション瓶をジルは受け取った。
――言われてみれば、中級ポーションの時みたいに魔力は暴れてないなぁ。これぐらいなら僕でもポーションにできるかも。
薬草の成分が溶け込んだ液体とマナを融合させるため、ジルがポーション瓶を優しく撫で始めると、応えるように輝き始めた。
「これなら、大丈夫だと思う。ちょっと時間はかかりそうな気もするけど」
「品質には影響でなさそうだし、問題ないわ。二つの魔力を変換させることに慣れていないだけね。このまま作り続けたら、そのうち自信もつくわよ。ジルは飲み込みが早いもの」
「えへへへ、そうかなぁ。じゃあ、がんばる!」
「コラッ、物質変換中は集中しなさい。品質が落ちるわよ」
「あう。アーニャお姉ちゃんが話しかけてくるから……」
「なによ、今日は珍しく反抗的ね。今度、ジュースを買ってあげるから落ち着きなさい」
二人が話を進める間に、ジルの手の中にある液体はどんどん変化していった。物質変換による輝きがなくなると、緑色だった液体が黄色に変化して、解毒ポーションが完成する。
初めて解毒ポーションを作れてホッと安心するジルを見て、アーニャは優しく微笑んだ。
(マナの認識能力が高くても、まだまだ新米錬金術師なのよね。簡単に作れて当たり前だと思っていたけど、ジルに余計なプレッシャーを与えていたのかもしれないわ。もう一度反抗される前に、ちょっと反省しようかしら)
ニコニコと笑みを浮かべるジルに、アーニャは頭を軽くポンポンしてあげる。
「今の感じだったら、一人でも解毒ポーションを作れるかしら?」
「うーん、大丈夫だと思う」
「もしわからなくなったら、遠慮なく聞きなさい。今日くらいはイライラせずに聞いてあげるわ」
反抗されないように、ちょっぴり優しくなるアーニャである。
――よーし。もっとアーニャお姉ちゃんに褒められるために頑張るぞぉ!
ジルには効果的であったが。
解毒ポーションをジルが一人で作り始めるなか、アーニャは別のアイテムを作り始める。椅子の上に座ったアーニャは、自分の手元に顔を近づけ、小さな胡椒に似た実を一粒ずつ手で摘み取る細かい作業をしていた。
見るからにアーニャがイライラしそうな作業である。
「アーニャお姉ちゃんは何を作ろうとしてるの? 机の上にいっぱい材料が置いてあるけど」
「私は全然別のものよ。火炎爆弾って言って、爆発に強い火属性を混ぜ込んだ攻撃アイテムを作りたいの。手間がかかるし、慎重に作らないと大変なことになる面倒なアイテムだけどね」
月光草を採取に向かった頃から、ラフレシアが花粉を飛ばすほど成長していたことを考慮すると、冒険者たちの戦闘に悪影響が出るほど、大地の浸食が進んでいるはず。高度な魔法でラフレシアの根を焼き払うことも可能だが、魔封狼に邪魔をされれば、不利な状態で乱戦になる可能性が高い。
そのため、冒険者たちが戦闘を優位に運べるようにと、アーニャは火炎爆弾を用意しようと考えていた。すっっっごい面倒くさいし、早くもイライラが止まらないが。
「爆弾って聞くと怖いけど、アーニャお姉ちゃんが作るなら安心だね。きっとすっごい爆発がするんだろうなぁ」
「なにいってんのよ。爆弾なんて危ないだけで、ろくなアイテムじゃないわ。人の命を守るジェムと違って、使い方を間違えれば、自分も味方も危険になるの。こんなアイテム、本当は使わない方がいいのよ」
「でも、アーニャお姉ちゃんは誰かを守りたくて、頑張って作ってるんでしょ? それなら、やっぱり素敵だなーって思うよ」
ジルの何気ない一言に、アーニャの胸にグサッと言葉が突き刺さった。結果的に冒険者や街の住人を助けるかもしれないけれど、今回ばかりは完全に保身に走っている。清々しいくらいに、自分のため、なのだ。
しかし、本来の錬金術は、誰かを守るために発展した文化だと言われている。最初に爆弾を作った錬金術師も、誰でも魔物を討伐できるように、という願いが込められていたとか。実際には、国同士の戦争で使われ、大きな被害を生んでしまったのだが。
「そうね。ジルも誰かのために作るといいわ。これから先もずっとね」
薄汚い大人の心に惑わされることなく、ジルには錬金術を続けてほしい。せっかく錬金術の技術を教えているんだから、誰かを笑顔にしてほしい。自分にできないことをやってのけてほしいと、アーニャは思っていた。
でも、ジルは違うと言わんばかりに、首を横に振る。
「ううん、僕はアーニャお姉ちゃんのために作るの。弱体化してるなら、いっぱいアイテムが必要でしょ。頑張って良いものを作るから、いっぱい使ってね」
胸をキュンッと締め付けられたアーニャは、ちょっと変な気持ちになってしまう。胸の中に仕舞い込んでいた恋の導火線に、ジルという炎が点火し……。
(エリス、良い弟を持ったわねっ! 優しさの塊みたいな子じゃない!)
恋愛偏差値赤点のアーニャは、燃え広がりかけた恋という炎を、一瞬で鎮火させるのだった。




