80話:エリス、話し合いに同席する1
翌日、アーニャとジルは錬金術ギルドの作業部屋に久しぶりに訪れ、何を一緒に作ろうか悩んでいた。
月光草の採取へ行ってから、アーニャが治療薬の研究を進めているものの、細かいデータ管理にイライラが止まらない。自分ではわからない乳白色の魔力をジルに見てもらう必要があるし、月光草の実験は夜に限られる。作業開始して数分で欠伸をするジルが、最後まで付き合ってくれるはずもなかった。
子供のジルに無理をさせていることは間違いないし、スヤスヤと眠るところを叩き起こすわけにもいかず、アーニャは優しく毛布を掛けてあげるのだが……。自分が母親みたいな行動を取っていることが一番モヤモヤしてしまい、落ち着かない原因となっていた。
気分転換に錬金術を教えればマシになるかしら、と思ったアーニャは、ジルを誘ってギルドの作業部屋に訪れたのだ。
事前に計画していたわけでもなかったので、何を教えようか頭を悩ませていると、コンコンッとノックをしたエリスが入ってくる。
「アーニャさん、ギルドマスターが来てほしいみたいなので、ちょっとお時間をいただいてもいいですか?」
「却下ね。ギルドマスターの呼び出しなんて、ろくなことじゃないもの。最近はトラブルも起こしていないし、家で大人しく研究ばかりしていたわ。自分で言うのもなんだけど、平和だったはずよ」
確かにアーニャは、最近何もトラブルを起こしていない。そればかりか、街でアーニャの目撃情報が途絶え、心配する住人が続出。アーニャの担当であるエリスに問い合わせが来るほど、困惑する事態となっていた。
「そっちは大丈夫です。逆にアーニャさんがいなくて、落ち着かない人の方が多いみたいでしたので」
エリスの元に届いた街の声は、主に二つ。一つは、ルーナの身を案ずる声。もう一つは、アーニャが街を見捨てたのではないか、という心配の声。破壊神という二つ名を持つアーニャが街にいると、強大な力でこの街は守られていることを実感するため、住人たちは安心できるのである。
(アーニャさんの雰囲気が変わった影響が大きいと思うんだけどね。ちょっと前までピリピリしてたのに、今はすごいマイルドなんだもん。ギルド内でもジルと手を繋ぐようになったし、自然と周りの評価は変わり始めたのよね)
ジルと一緒に二人で歩くアーニャは、破壊神ではなく、大人のお姉さんとして見られることが多い。
ルーナのようにベタベタと甘やかさず、エリスのように面倒見がいいわけでもない。一見、子供扱いをしないツンツンとした態度を取りながらも、迷子にならないように手を繋ぐアーニャは、クールビューティーなお姉さんオーラがムンムン。その結果、破壊神の慈愛に満ちた行動に、盛大なギャップ萌えが街を包み込み始めているのだ。
ヤンキーがゴミを拾っただけで、実は良い人だったと噂が広がるような話と同じ。この街ではいま、ツンデレが急速に普及しつつあった。
「なんでそうなったのよ、気持ち悪いわね。怯えることが好きな変態でもいるのかしら」
なお、本人は血の気が引くほど、嫌がっている。
「アーニャお姉ちゃんは優しいからじゃないかなぁ」
「そんなことを思うのは、ジルだけよ」
二人が交際中だと思うエリスは、私にはジルだけしかいないよ、という甘々な言葉に聞こえ、胸やけを起こした。
街の人の評価よりもジルの評価だけが気になるのは、ラブラブな証拠。手を繋いで歩く姿を見れば、恥ずかしがり屋さんのアーニャがデレデレになっていると、見ただけでわかる。
錬金術ギルドの作業部屋で二人の愛を作っているんですか? と問いただしたくなるほど、二人は甘い。この部屋だけ室温が高いですねー、と煽ってみたい気持ちに駆られるが、職務中ということもあって、エリスは心の中に留めておいた。
ちなみに、勝手に二人の交際を過剰妄想して、体が火照り始めたエリスの体温だけが上昇している。
「ゴホンッ。話を戻しますけど、ギルドマスターが直接アーニャさんを呼び出した以上、断ることはできません。普段は私を経由してアーニャさんに話を通しますから、何か言いにくいお願いがあるんだと思いますよ」
「そんなの聞いたら、余計に行く気がしないじゃない。どうにかして誤魔化せないの?」
「ギルド内にいなかったら、家まで呼びに行くように言われてるんですよね。多分、逃げ道はないんじゃないかなって思います」
諦めるようにため息を吐いたアーニャは、すぐに不機嫌だとわかるくらい、不貞腐れていた。
昔はずっとこういう顔で街を歩いていたなーと、エリスは懐かしく感じてしまう。それを考えれば、いいことを思い付いた、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる姿が可愛く……。
「エリスは私の担当よね。それなら、ギルドマスターとの話し合いにも参加する義務があるわ」
「何でそうなるんですか。道案内はしますので、アーニャさん一人で行ってください」
「同席しないと私は行かないわ。エリスが言うことを聞いてくれないから行かないって、駄々をこねてもいいのよ」
「子供じゃないんですから、やめてください。ルーナちゃんに言いつけますよ」
「残念ながら、私は今まで話し合いに同行してたけど、ルーナに全部丸投げしていたの。実質、私が偉い人と話し合うのはこれが初めてよ。ルーナに言いつけたとしても、同席するようにお願いされるだけね。だから、一緒に行くわよ」
「えーっ!! ちょっと待ってください。私、まだ受付の仕事が残ってるんです」
「心配しなくてもいいわ。他の連中に任せなさい」
テクテクとエリスに近づいたアーニャは、逃がさないように腰に手を回す。
「私にも拒否権があると思います! ジルも何とか言ってよ、アーニャさんを止めてほしいの!」
「いってらっしゃーい!」
「見送らないでよーーー!」
この日、せっかく急上昇したアーニャの好感度は、受付嬢や錬金術師たちがエリスの絶叫を聞いてしまったことにより、大きく低下するのだった。ツンデレが普及されるのは、まだまだ先の話かもしれない。




