60話:アーニャの隠し事1
翌日の早朝。街の西門にいる兵士がビシッと敬礼するなか、アーニャとジルはエリスに見送られていた。
「じゃあ、月光草の採取に行ってくるわ。三日くらいは留守にすると思うけど、ルーナをお願いね」
「はい。しばらくは私も休みをもらいましたし、この機会にルーナちゃんと一緒に羽を伸ばします。私としては、ジルが我が儘を言わないか心配ですけど」
街も一人で歩けないジルが、家族以外の人間と二人で旅に出るのだ。魔物の危険よりも、寂しくてジルが泣いてしまわないか、エリスは心配していた。
昨日はアーニャと買い物に行っていたし、午前中は一緒に錬金術をするほど、打ち解けている。しかし、いつでもエリスに会えるという環境では大丈夫だった、というだけ。
外で大泣きでもしたら、魔物を引き寄せることになるかもしれない。破壊神と呼ばれるアーニャがいるとはいえ、迷惑をかけることには違いない。
「大丈夫だもん。アーニャお姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞くもん」
「いつも返事はいいのよね。本当にアーニャさんの言うことは、ちゃんと聞かないとダメだよ? しばらくは私に会えないんだからね」
「うん、大丈夫。アーニャお姉ちゃんと一緒なら、全然寂しくないもん」
心配そうに見送るエリスを安心させるためか、ジルはアーニャの手をつかんで、嬉しそうに微笑んでいた。
「本当に大丈夫かなー。今まで家族で遠出をしたこともないのに……」
「気にしても仕方ないわ。エリスの弟の力が必要なんだもの。何かあったら、まあ……なんとかするわよ」
ちょっぴり頼りない言葉を送るアーニャである。
子供好きのルーナを見てきた自分なら、なんとかなる気が……しない。全然しないわ。問題を起こすのは簡単なのに。けど、ジルと喧嘩をしたことは一度もない。だから、多分大丈夫。うん、きっと……。自信はない。と、実はアーニャも不安だった。
「ねえねえ、早く行こうよー。昼ごはんは、サンドウィッチだからね」
本人は呑気なものである。朝早く起きて作った昼食を、アーニャと一緒に食べることで頭がいっぱいだった。
ちなみに、ジルの荷物はアーニャのマジックポーチにすべて入っているため、手ぶらである。
「わかったわよ。それより、出発前にこれを付けなさい」
そう言ってアーニャが取り出したのは、小さなお守りのようなもの。この世界の旅には必需品とも呼ばれる、魔除けのポプリである。魔物の嫌いな香りを出して戦闘を回避するアイテムで、昨晩のうちにアーニャが作っておいたものだ。
受け取ったジルが腰に付けると、アーニャも同じようにマジックポーチに魔除けのポプリをぶら下げる。その光景を見たエリスは、違和感を覚えた。
(あれ? 護衛依頼でもないのに、魔除けのポプリを使うんだ。ジルのことを思って使うにしても、用意周到すぎないかな。アーニャさんほど強ければ、必要ないと思うんだけど)
魔除けのポプリが落ちないように強く結ぶ姿は、魔物と遭遇しないことを祈る商人に似ている。仮に魔物が大繁殖したとしても、アーニャなら一人で沈静化させてもおかしくはない。それなのに、ジルがつけた魔除けのポプリの心配をするほど、アーニャは熱心だった。
(私に気を遣ってくれてるのかな。まあ、アーニャさんがやることなら間違いないから、気にしなくてもいっか)
冒険者として優秀なアーニャに、エリスは意見をしようとは思わない。不思議だなーと疑問に思うだけで、決して口にはしなかった。
「じゃあ、行ってくるわ」
「えっ、あっ、はい。いってらっしゃい。ジルも気を付けてね」
「はーい! いってきまぁーす!」
仲良く手を繋いで歩き始める二人が見えなくなるまで、エリスは見送った。しばらく弟と会えない寂しさに、もどかしい気持ちを覚えながら。




