56話:採取の準備1
錬金術ギルドの作業部屋へジルと一緒にやって来たアーニャは、机の上に素材を並べ始めた。主に、青々としたニラのような薬草と、くるみに似た木の実の二種類に分けられる。
「今日は時間がないから、教えながらポーション作りはできないわ。見てる分には構わないけど、話しかけるのはやめてちょうだい。細かい作業でイライラして、八つ当たりすると思うの。中級ポーションを作るのは、けっこう面倒なのよ」
元々冒険者であるアーニャは、繊細な作業を嫌う。もっと大雑把に作りたいけれど、錬金術でそれをやってしまえば、品質が低下する原因になる。絶対にイライラする自信があるため、予め自分の邪魔をしないように注意をしておいたのだ。
自分を押さえつけられるほど、アーニャは大人ではないから。
――夢の中の父さんもそんな感じだったなぁ。集中しているところを邪魔されたくないんだと思う。
立派な理由に脳内変換したジルがコクコクと頷くと、アーニャは薬草を手に取り、流し台で洗い始める。
「綺麗に見えて、意外に汚れているのよ。葉の部分を傷めないように、優しく洗う必要があるんだけどね」
猫でも撫でてあげるような手つきで、アーニャは薬草を手で洗っていた。
なんだかんだでジルに軽く説明してあげて、優しい表情を浮かべるアーニャは、イライラしているようには見えない。料理であれば、おいしくなーれ、おいしくなーれ、とおまじないをかけそうなくらい、母性が滲み出ていた。
心の中で薬草と対話し、素材の良さを引き出す。これが錬金術師に求められる才能だと、ジルに教えているようで……。
「ああー、ギタギタに引きちぎりたいわ」
アーニャほどの錬金術師になれば、そんな対話など無意味である。気持ちの問題など、技術でカバーすればいいだけの話。
パッと見ただけなら、聖母のような温かみのある雰囲気を持つアーニャは、心の中で早くもイライラしていた。
その姿を見たジルは、普通にニラを洗ってるだけだなーと思い、踏み台を持って来る。そして、アーニャの隣に立って、同じように薬草を洗い始めた。
料理に精通しているジルは、素材が傷まないように優しく擦る。アーニャよりも優しく、洗い残しがないように、丁寧にして。
――おいしくなーれ。おいしくなーれ。
もし心の声が漏れていたら、食べないわよ、とアーニャに突っ込まれることは間違いない。新米錬金術師のジルは、薬草と対話を試みていた。
隣で手伝うように薬草を洗い始めたジルに、アーニャは少しばかり見入ってしまう。
錬金術をイライラして二年もやり続けてきたアーニャと、前世で六年も料理を続けてきたジル。素材を洗うという工程だけを見れば、二人にあまり差は生まれない。
「あんた、なかなかできる助手ね。洗うのは全部任せるわ」
その結果、丸投げである。面倒くさい作業は、助手に押し付けるに限る。
「うん。じゃあ、洗ったら机の上に置くね」
仕事を与えられたジルは、嬉しそうだったが。
ジルが薬草を洗っている間、アーニャは木の実を机の上に置き、トンカチでコンコンッと叩いて割っていく。力を入れすぎると中身が潰れてしまうけれど、冒険者をしていたアーニャにとっては、お手のもの。軽快な音を響かせ、次々に木の実を取り出していった。
アーニャとジルはタイプが違うため、うまいこと役割分担ができ、作業効率が向上。予想よりも遥かに早いペースで作業を終えると、次の工程に取り掛かる。
近くにあった棚から、アーニャはメスシリンダーと真水が入ったボトルを手に取り、机に置いた。そして、片目をつぶってジーッと見つめ、百ミリリットルのメモリを注視しながら真水を注ぐ。絶対に誤差が出ないように、注意深く計測していた。
少し多かったのか、アーニャはスポイトを使って真水を取り出し、微調整。一滴入れるか入れないかを悩むくらい慎重に作業する。
「中級ポーション程度なら、ここまでシビアにならなくてもいいんだけどね。自分で使うなら、ちょっと拘るタイプなのよ」
プロ意識が足りないアーニャである。
普段からちゃんとやらなきゃだめだよー、と思っていても、話しかけるなと言われているジルは突っ込まない。その代わり、やっぱり踏み台を隣に持ち運び、アーニャと同じように真水の計測を始める。
計量カップで材料を測ることも多いジルは、意外に手慣れていた。
「あんた、なかなかできる助手ね。真水の計測は全部任せるわ」
その結果、またまた丸投げである。面倒くさい作業は、助手に押し付けるに限るのだ。
「うん。測ったものはどうしたらいいの?」
「そのままポーション瓶に入れて、瓶立てに置いといてちょうだい」
「はーい」
仕事を与えられたジルも、やっぱり嬉しそうであった。この二人、意外に相性がいいのかもしれない。
面倒な作業から解放されたアーニャは、ちょっぴり上機嫌になり、薬草をすり鉢に入れる。力任せにゴリゴリとすり潰すのは、アーニャの得意分野。次々にポイポイッとすり鉢に薬草を入れ、軽快な音を鳴らしていた。
そんなこんなで十分ほどで作業が終わると、アーニャはポーション瓶の中に砕いた木の実を入れる。すり潰した薬草を少しずつ手に取り、何度か木の実とにらめっこした後、ポーション瓶の中へ薬草を入れた。
一見、適当に薬草を取り分けているようにも見えるが……、作業をこなすアーニャを見たジルは、一つの共通点に気づく。
「アーニャお姉ちゃん、魔力の量で分けてるの?」
「よく気づいたわね。薬草と木の実の魔力を同じくらいになるように、ポーション瓶に入れてるのよ」
話しかけないように注意していたアーニャは、もういない。面倒な作業を全てジルに任せた結果、ポーション作りってなかなか楽しいわね、と思うくらいには、上機嫌だった。
「僕もやっていい?」
「いいわよ、あんたなら簡単にやりそうね」
アーニャの許可が下りて喜ぶジルは、薬草を手でつまみ、木の実の魔力に意識を向ける。
――うーん、薬草の方が魔力が多いかなぁ。ちょっと減らした方がよさそう。
手に持っていた薬草を少し減らして、もう一度木の実の魔力を確認すると……。
――あれ? 今度は薬草の魔力が少ない? 減らし過ぎちゃったかも。
薬草の魔力を手で感じ、多くも少なくもない分量に調整する。この作業は慣れないことには、難しい。
メスシリンダーのようにメモリを読み取るのとは違い、常に二つの魔力を認識して、感覚だけでバランスを見なければならない。しかし、ジルは二つのことを同時にできないタイプ。薬草の魔力を見るときは、薬草だけを。木の実の魔力を見るときは、木の実だけしか見ていない。
そのため、自分の感覚にズレが生まれ、微妙に間違えてしまう原因になっていた。
ようやく魔力が均等になったと思い、ポーション瓶に薬草を入れると、アーニャが全てのポーション瓶に薬草を入れ終えたところだった。
「どうしてそんなに早くできるの? 僕、まだ一個しかできてなかったのに」
「見てるこっちの方が驚いたわよ。ジェム作りは簡単そうにやってたじゃない。調子でも悪いの?」
「ううん。薬草と木の実の魔力を比べてると、行ったり来たりしちゃって、どうだったかわからなくなるの」
「ふーん、なるほどね。まあ、あんたはまだまだ新米錬金術師なんだから、焦る必要はないわ。私のポーション作りを見て、しっかり勉強しなさい」
「うん! いっぱい見てる!」
難しいことがわからないジルには、作業を直接見せるべきだとアーニャは思う。知識は大人になってから学べばいい。でも、今はジルの長所であるマナの認識能力を伸ばしたい。それがルーナを助けることに繋がるだろうし、数年後のジルの才能を大きく開花させるはず。
そのためには、中級ポーションの作成は良い試練になるかもしれない。
「これで下準備は終わりよ。今からが本番だから、気合いをいれなさい」




