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ちびっこ錬金術師は愛される  作者: あろえ
第二章

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55話:優しさの塊

 朝食の後片付けが終わると、ジルはアーニャとエリスに挟まれ、錬金術ギルドへ向かう。


 エリスとジルは手を繋いで歩くものの、さすがにアーニャは手を繋ぐことが恥ずかしいので、一人だけ腕を組んで歩いている。ジルに手を出されても、絶対に手を繋がないわよ、と、頑なに拒否をしていた。


 その光景を見た街の住人は、戦々恐々としている。


 街中でアーニャが腕を組んで歩くなど、不機嫌な私が通りますよー、と言っているようなもの。下手に刺激をしたら、命の保証はないと感じるほどビビってしまう。威圧されたわけでもないけれど、住人たちは存在感を消すように身を潜め、アーニャを避け始めた。


 【破壊神】の二つ名を持つアーニャによる、威嚇行動と勘違いされている。


 そのことにまったく気づかないアーニャは、今日はいつにも増して道が空いてるわね、と呑気なことを思いつつ、エリスに相談を持ち掛ける。


「エリス。ちょっとお願いごとがあるんだけど、大丈夫かしら?」


「どうしたんですか?」


「月光草の在庫がなくなったから、近々家を空けるわ。いつもと同じように、ルーナの世話をしてほしいの」


「あれ? 先月取りに行ったばかりですよね」


 ルーナの治療薬に使う月光草は、三か月に一回のペースでアーニャが一人で取りに行っていた。しかし、昨晩ジルに素材の選別をしてもらったとき、使えそうな月光草は残らなかったのだ。


「素材の品質がイマイチだったみたいで、良いポーションが作れそうにないの。月光草の良質な素材を選ぶのは、私だと力不足みたいで。それでね、エリスの弟も一緒に採取へ連れて行きたいんだけど……」


 無茶な願いであることを自覚するアーニャは、だんだんと声が小さくなっていく。


 ウヨウヨと魔物がいるこの世界では、街の外は予想以上に危険を伴う。街の被害を減らすために外壁が建てられ、常に門兵が街の安全を確保し、冒険者が街道の魔物を掃討する。それでも、冒険者ギルドには護衛依頼が多く寄せられ、魔物の被害がなくならないのだ。


 特に、ジルはエリスにとって唯一残された家族になる。大事な弟を危険な街の外へ連れ出すと言い出せば、普通だったら激怒するだろう。……そう、普通であれば。


「大丈夫ですよ。ルーナちゃんと一緒にお留守番をしてますから、連れてってください」


「無茶なことを言ってるのはわかってるわ。でも、そこをなんとか……、ええっ!? いいの?」


 予想外の答えが返ってきたアーニャは、混乱した。もうちょっと深く考えなさいよ、意味はわかってるの? と、逆に心配な気持ちが溢れてくる。


「ルーナちゃんの治療薬を作るのに、ジルが必要なんですよね? それなら大丈夫ですよ。ジルもいいよね?」


「うん。アーニャお姉ちゃんとお出かけするー」


 すーーーっごい軽いノリでジルは即答した。そして、やっぱりそうだよね、とエリスも納得する。


 月光草に含まれる魔力を識別するためには、ジルの力が必要になる。それは、アーニャの手伝いができるということであり、エリクサーの恩を返したい二人にとって、これ以上の嬉しいことはない。


 ――だって、僕は助手だからね! ルーナお姉ちゃんのためにも、ちゃんとがんばらないと!


 そんなジルの気持ちが理解できないアーニャは、頭が追いつかない。ほんわかした表情を浮かべながら、手を繋いで歩く姉弟の姿に混乱する。


「本当に大丈夫なの? エリスの弟が危険な目に遭うかもしれないのよ」


「アーニャさんより危険な魔物って、この辺りにいないですよね。何十人の冒険者に護衛してもらうよりも安全じゃないですか」


 魔物よりも遥かに危険な存在、それが【破壊神】アーニャである。


「あんたも大丈夫なの? 外にはいっぱい魔物がいるのよ」


「アーニャお姉ちゃんとピクニックに行けるなんて、ラッキーだよね」


「聞いた私がバカだったわ」


 どんな理由であったとしても、ジルはアーニャとお出かけすることが純粋に嬉しい。おやつの代わりに果物を持って行こうかなー、と考えるほど楽しみにしている。


 全幅の信頼を寄せるエリスと、楽しみでウキウキしているジルを前にして、難しいことを考えていたアーニャは、無意識に力んでいた肩の力がスーッと抜け落ちた。


「いいなー、私もピクニックに行きたいなー」


「じゃあ、エリスお姉ちゃんも一緒に行こ?」


「ダメよ、ルーナちゃんは放っておけないでしょ」


「そっかぁ。じゃあ、ルーナお姉ちゃんが元気になったら、みんなで行こうね」


「錬金術ギルドでお休みが取れたらね」


「えーっ! それは休みが取れないときに使うセリフだよ? 夢の中で父さんがそういうと、絶対に休みが取れないんだもん」


 前世を夢だと思い込むジルは、妙に鋭いところがある。大人の事情を詳しく知っているかのように、エリスの胸に言葉という刃を突き付けた。


 アーニャの担当というだけで優遇してもらっているエリスからすれば、休みたいと気軽に言えることではない。ほとんど午前中だけの勤務で、午後はアーニャの家でホームヘルパーのような状態。毎日半分近くは仕事をサボっているため、給料泥棒の自覚がある。


「そ、そんなことないよ。ちゃんと休みたいって言えば、休みはもらえるの。ルーナちゃんが元気になったら、錬金術ギルドにちゃんと言うから」


「本当? 前日にいきなり仕事が入って、休みがなくなることはない?」


 一番誤魔化しやすい作戦が封じられ、エリスはピクピクッと顔が引きつった。


 ジルに先読みされるなんて……と思いながらも、エリスは次の作戦を考え始める。が、先読みされるなど思ってもいなかったため、早くも手詰まり状態だった。


 そこへ、エリスよりも年上で人生経験が豊富なアーニャが、救いの手を差し伸べる。


 あんたたちはほのぼのとしてていいわね、気が休まるわ、などと、近所に住むおばちゃんのような思いになり、一肌脱ごうと思ったのだ。


「心配しなくても、私が錬金術ギルドへ殴り込みに行って、休みくらいは勝ち取ってあげるわ」


 一肌脱ぐ方向が違った! 職場に迷惑をかけたくなかっただけなのに、一番迷惑がかかる方向へ持っていかれてしまう!


「やったー! アーニャお姉ちゃんがいれば、絶対に大丈夫だね」


「当然よ。文句なんて一切出ることもなく、満場一致で休みを勝ち取る自信があるの」


 でしょうね! 世間では脅しとも言いますけど! と、エリスは心の中で突っ込む。


「大丈夫です、自分で休みくらい取れますから! 絶対に殴り込みに来ないでください!」


 はぁ~、結局迷惑をかけてしまうのか、と思っている間に、三人は錬金術ギルドに到着。アーニャとジルが作業部屋へ向かうところを見送り、受付カウンターの中へ入って、椅子に腰を掛ける。


 どうやって休みたいと言い出せばいいんだろう……と悩むエリスに、二人の同僚がウルウルと涙をこぼしそうな瞳で近寄ってきた。


「エリス、無理しなくてもいいんだよ。一週間くらい休みを取ったらどうかな」


「ほえ?」


 一番迷惑をかけている同僚に休みを進められるという展開に、エリスはチンプンカンプンである。


「みんなで話し合ったの。いくら担当とはいっても、二年もアーニャさんの対応をエリスだけに押しつけていたなんて、酷かったなって。少しくらいなら私たちも頑張るし、たまにはエリスに休んでほしいの」


「そうだよ、エリス。無茶はダメ。せっかく弟くんが元気になったのに、今度はエリスが倒れたらどうするの? もっと自分を大事にして」


 昨日、エリクサー(微小)を確認した際、アーニャとエリスはギルド内で大騒ぎをしたばかり。かつてない恐怖が襲った錬金術ギルドの職員たちは、勇敢にアーニャに立ち向かうエリスを見て、感動と反省の思いでいっぱいなのだ。


 いつもアーニャさんを押さえてくれてありがとう。

 毎日午前中に出社して、アーニャさんの担当をしてくれてありがとう。

 午前中で帰らなければならないほどアーニャさんに毎日心を折られているのに、ギルドを辞めないでくれてありがとう。


 錬金術ギルドの全職員が、エリスを迷惑と感じたことはない。エリスがいなければ、この街の錬金術ギルドは成り立たないと思っている。アーニャの担当であるエリスは、実質ギルドの影の支配者といっても過言ではなかった。


 今まで見て見ぬふりをしていて、ごめんなさい。これ以上、心身に悪影響を及ぼす前に休憩してほしいの、と、職員は満場一致で願っている。


「あ、えーっと。そ、それなら、今度、休みをもらおうかな……」


「今度っていつなの? それは遠慮して取らないときに言うやつよ。何日から休みを取るのか、ちゃんと教えて」


「そうよ、水臭いわ! 取る気がないなら、明日から強制的に休みにするわよ!」


 何が起こっているのか全くわからないエリスは、同僚の圧にグイグイと押し込められた。


 結局、この後アーニャが月光草を取りに行く日にちを確認して、それに合わせてエリスは休みを取ることにした。単純に、ルーナを寂しくさせないための配慮だったのだが……。後日、アーニャがいない日に休みを取ったと同僚が気づき、エリスの株は上昇を続けるのだった。

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