53話:アーニャのポーション6
しばらくして、ルーナは泣き止んだのだが……、アーニャから離れることはなく、姉妹でベタベタと体を寄せ合っていた。
「今日くらいは一緒に過ごそうよ。姉さんも、たまにはゆっくりしたいでしょ?」
「そんな暇はないわ。いい加減に離れなさいよ」
「嬉しいくせに~。姉さんは照れ屋さんなんだから」
「ぜ、全然照れてないわよ!」
照れちゃって可愛いんだから、とルーナは心の中で呟く。こんなに姉とベタベタ過ごしたのは久しぶりなので、もう少し一緒にいたい。いや、逃がさない、と。
ただ、現状をしっかり把握しているアーニャは、そうもいかなかった。大きすぎる壁を乗り越えたとはいえ、まだまだ解決策は出ていない。むしろ、初めて治療薬が作れた今日からが、本当のスタートなのだ。
「さっきのエリクサーは、偶然できたものなのよ。私もどうやって作ればいいか、わからないんだから」
「一度作れたんだもの。姉さんなら、作ろうと思えば作れるよ」
「簡単に言わないでちょうだい。昨日は十個作ったのに、たった一個だけエリクサーになったの。しかも、エリクサー(微小)で、完全なものじゃないわ」
「じゃあ、次はエリクサー(中)とかになってるかもしれないね」
「なんでグレードアップしてるのよ! 今日のエリクサーを再現できないと、その上はできないわ。何が原因か調べないといけないんだし……、ちょっと、いい加減に離しなさい!」
ガッチリとホールドしているルーナから、アーニャが逃れる術はない。冒険者としてパートナーを勤めてきたルーナは、力が強い。暴走するアーニャを止め続けてきたルーナは、意外にパワフルなのだ! 破壊神と呼ばれるアーニャが、完全に押さえ込まれてしまうほどに。
絶対に抜けられない罠にハマって、必死にもがくアーニャを見たジルとエリスは……。
「エリスお姉ちゃん。アーニャお姉ちゃんは、照れてるだけなの?」
「そうよ。アーニャさんはね、ルーナちゃんに遊んでもらってるの。邪魔しちゃ悪いから、錬金術ギルドに行こっか」
「うん。二人とも、楽しそうだもんね」
「ちょっと、あんたたち! 何わけのわかんないこと言ってるの! どう見たってその解釈はおかしいでしょ!」
「今のは、このまま二人にしてほしいって意味だから、早く行こう」
「エリスお姉ちゃん、すごーい! アーニャお姉ちゃんの考えること、何でもわかるんだね!」
「待ちなさいよ! 私はこの後、月光草の採取の準備が……!」
アーニャの訴えは虚しく、ジルとエリスは部屋を後にした。ポツーンッと残されたアーニャは、暴れることをやめ、ルーナと目線を合わせる。
「観念して、今日は私に付き合って、姉さん」
「わ、わかったわよ。でも、本当に今日だけよ。数日分のポーションしか作れてないし、手元に素材もないんだから」
「うんうん、わかってるから。それに、こうでもしないと、姉さんは休まないでしょ?」
落ち着きを取り戻したアーニャの頭を、ルーナは撫で始める。
ツンデレで子供っぽい姉のアーニャと、しっかり者で大人っぽい妹のルーナは、立場が逆転することが多い。ルーナが子供好きな一面を持つのは、姉のアーニャが一番子供っぽいからであり、こうするとアーニャは、妙に大人しくなる癖がある。
甘えることが苦手で弱音の吐けないアーニャを支えてきたのは、本来、妹のルーナなのだから。
その証拠にベッドに腰を下ろしたアーニャは、甘えるようにコテッとルーナに体を預け始める。
「エリスみたいなことを言わないでよ。ちゃんと睡眠は取ってるし、最近は随分と楽になったもの。無茶はしていないわ」
「本当かなー。そういうときの姉さんは、だいたい無茶をしてることが多いし」
「決めつけないでよ。我慢できなくなったら……、ちゃんと甘えに来るから。だから、人前で甘やかそうとするのはやめて」
「今度、姉さんが自分から来てくれれば、信じようかな。いつも口だけで、甘えに来たことはないもの」
「なんとなく、そういうオーラは出してるでしょ。ちゃんと気づいてくれなきゃ、ダメよ。私なりの精一杯がそれなんだから」
ルーナには素直になりがちなアーニャは、目がトローンとして、ボーッとし始める。眠気覚ましにポーションを飲んだとはいえ、昨日は徹夜をしたばかり。久しぶりに最愛の妹に甘やかされれば、フニャッとだらけてしまう。
「ルーナ。私はどこにもいかないよ。だから、ルーナもどこにも行かないでね」
スッカリと子供のように甘えん坊になった姉妹の和やかな雰囲気を、窓からコソコソと見守る二人の姿があった。
「ほらっ、アーニャさん、嬉しそうでしょ。だから、今日は邪魔をしちゃダメよ」
「は~い」
二人にバレないように、小声で会話をしながらその場を離れたエリスとジルは、一緒に錬金術ギルドへ向かって歩いていく。
いつも堂々としているアーニャの甘えん坊な姿を見たジルは、不意にエリスのことが心配になる。
長年ジルに面倒を見てきたエリスも、アーニャと同じように甘えたいのかもしれない。エリクサーで目覚めた当初のエリスは、泣き崩れるほど心が不安定だったのに、今はジルの方が甘えてばかり。無理をしているようには見えないけれど、無理をしてくれているのかなと、エリスの顔をジロジロ見ながら考えていた。
「ねえねえ、エリスお姉ちゃんは甘えん坊にならなくても大丈夫?」
意を決して聞いてみたジルに対して、エリスは戸惑いを隠せない。エリスにとっては予想外の質問だった。元々ジルは優しい子ではあったものの、エリスにこういうことを聞いたのは、これが初めてになる。
「ジルが甘えさせてくれるの?」
「うーん、ちょっとだけならいいよ。本当に、ちょっとだけね」
親指と人差し指を限りなく近づけ、本当にちょっとだよ、とジルはアピールする。恥ずかしがりながらも背伸びをするジルに、エリスはちょっぴりからかいたくなってしまった。
おませさんだなーと思いつつ、ゴホンッと咳払いをして喉の調子を整えた後、声をワントーン上げてジルに囁く。
「じゃあ、買い物デートでも行く?」
「ふえええっ!?」
反射的にバッとエリスと距離を取ったジルは、早くも顔が赤い。なんといっても、いまだに前世の記憶が影響して、エリスのことを純粋な姉として見れないのだ。頭ではわかっていても、胸が高鳴ってしまう。
「ジルもそういうことに敏感な年頃なんだねー。もう少し心に余裕がないと、私を甘やかすことはできないよ」
勝ち誇ったかのように目を細めて見下ろしてくるエリスに、ジルは悔しさを覚えた。
「そんなことないもん。ちゃんとできるんだから」
一度だけでもルーナを慰めたという大きな実績を引っさげるジルは、凛とした表情でエリスに立ち向かう。
「デートって聞いただけで驚くなら、まだまだ頼れないかなー。きっとルーナちゃんも同じだと思うよ」
「大丈夫だよ。ルーナお姉ちゃんとは仲良しだから」
石化の呪いが解けたら、ルーナと一緒に料理を作る約束をしているジルは、デートだってできるもん、と根拠のない自信で満ち溢れている。
しかし、今まで一言もルーナとの関係を聞いてこなかったエリスにとっては、やっぱりルーナちゃんのことが好きなんだねー、と、恋する弟の応援団長に就任。青春は眩しいよ! などと、オッサンみたいなことを思っていた。
「なーに? ルーナちゃんとはデートに行けるほど仲良しなの? いつからルーナちゃんのことが気になってたのかな。もしデートに誘う勇気がないなら、三人で一緒に出かける約束をしてあげよっか」
ルーナちゃんの気持ちは置いといて、一肌も二肌も脱いじゃいますよー、と、ジルの若い恋心を煽る。ルーナの笑顔が頭にチラつき始めたジルは、顔が真っ赤になっていた。
「エリスお姉ちゃん! ルーナお姉ちゃんはまだ治ってないんだから、そういうのは不謹慎って言うんだよ。言って良いことと悪いことがあってね、まだお出かけとかそういうのは、ダメ!」
ルーナちゃんとデートに行きたいことは否定しないんだ、なーんてからかいすぎると後が大変なことになるため、さすがにエリスもブレーキをかける。
「ごめんごめん。でも、ルーナちゃんの状態が初めて改善したことだし、細やかなお祝いをしようか。結局、私と買い物デートになるけどね」
「一緒に買い物するだけでしょ、もう!」
「でも、デートの練習をしておきたいんじゃない? 今日の夕方、錬金術ギルドの入り口で待ち合わせにしよっか」
「待ち合わせないもん!」
結局、錬金術ギルドへ到着するまで、エリスにからかわれ続けるのであった。




