49話:アーニャのポーション2
「まだ朝の五時ですよ、アーニャさん。いつもと同じ時間にギルドへ行って、確認したらいいじゃないですか。ふぁ~~」
ルーナの部屋で寝ていたエリスは、ルーナを起こさないようにコッソリと起こされ、アーニャに連れ出されていた。目は半分開いておらず、何度もアクビばかりしている。
「バカ言わないでよ、気になって仕方ないじゃないの。ちょっとくらい付き合いなさいよ」
「気持ちはわかりますけど、昨日はルーナちゃんが寝かせてくれなくて、眠ったばかりだったんですよ。初めてのお泊まり会だったみたいで、興奮しちゃって」
冒険者として活動してきたルーナは、普通の女の子がやりそうなことをやってみたいと、密かに夢を見ていたのだ。その一つが女の子同士で泊まる、女子会。ジルが戻ってこなかったこともあって、二人は明け方まで話し込んでいた。
「私なんて寝てないわよ。ルーナの治療薬を作るときは、いつも徹夜なんだから。まあ、さすがに可哀想だし、良いものをあげるわ」
マジックポーチの中をガサガサと漁ると、綺麗なオレンジ色のするポーションを二つ取り出し、片方をエリスに渡す。
「自己治癒力促進ポーションよ。これは裏技的な使い方があってね、睡眠の効果と類似の働きをするから、徹夜してもなかったことになるの。連続して飲み続けると、効果が薄くなるんだけどね」
そう言ったアーニャは、栄養ドリンクを飲む残業続きのサラリーマンのように、グイッと一気に喉奥へ流し込む。
「なるほど、アーニャさんの徹夜癖のお供ってやつですか? ちょっと前まで、毎日徹夜をされていたそうで」
月光草が夜しか使えないこともあり、アーニャの徹夜は日常茶飯事になる。部屋が離れているとはいえ、ルーナが気づかないわけもなく、愚痴をこぼすようにエリスに話していた。
姉さんが徹夜ばかりして作ってくれてるけど、体は大丈夫かな、と。
「毎日じゃないわよ。一週間に五回程度だったから」
「ほとんど毎日じゃないですか。アーニャさんが体を壊したら、ルーナちゃんにも影響が出るんですよ。もっと自分の体を大切にしてください」
「今はエリスの弟が手伝ってくれてるから、ちゃんと寝てるわ。ルーナもうるさいし、それに……」
「ん? どうしたんですか?」
言葉を詰まらせたアーニャが気になりつつも、エリスはもらったポーションの蓋を開ける。ジッと見つめてくるアーニャの視線を浴びて、なんか変だなーと思いながらも、ポーションを口に入れた。その瞬間、凄まじい衝撃を受ける。
すんごぉぉぉぉぉぉぉい不味いのだ。
「冒険者で何度もポーションを飲んだ経験のある私が、一番不味いと思うポーションがこれなのよ。綺麗な見た目をしてるのに、泥と墨を足したような味じゃない?」
「先に言ってくださいよ。私はポーションを飲み慣れてないんですから」
恐ろしく気分が滅入るほどの後味が襲うなか、二人は錬金術ギルドに到着。そのまま中へ入っていくと、受付カウンターに座る錬金術ギルドの職員と、ギルド内にいた数人の錬金術師が一斉に避難をした。
仕事の時間でもないのに、エリスが早朝に来ることがおかしい。そこに、アーニャが一緒なのはもっとおかしい。
ギルド職員と錬金術師たちは、全員が同じことを思っていた。
今まで破壊神と呼ばれるアーニャを押さえ込んできた、あの優秀なエリスでさえも手に終えない出来事が起こってしまい、早朝に連れてこられたのだと。人の都合など関係なく、わざわざ担当を叩き起こして連れてくるなど、正気の沙汰じゃない。近くいけば、絶対に巻き込まれる!
まあ、ある意味その通りなのだが。
さらに、ポーションが不味くてテンションの下がったエリスは、悲壮感が滲み出すぎているため、事態が悪化。一人のギルド職員が腰を抜かし、這いずり回るように奥へ向かって、ギルドマスターに報告する異例の事態となっている。
あまりの後味の悪さに周りが見えていないエリスは、はぁ~とため息を吐き、アーニャと一緒に錬金術ギルドのカウンターまで足を運ぶ。誰もいないカウンターに疑問を抱くこともなく、鑑定ルーペを手に取った。
「じゃあ、鑑定するポーションを出してください」
「もうちょっとやる気を出しなさいよ。悪かったって謝ったじゃない」
「怒ってないとも言いましたよ。悔しいですけど、アーニャさんが作ったものは効果が高いんですから。味は悪かったですが」
「それを怒ってるって言うのよ」
ブツブツと言いながら、ジルが虹色と言ったポーションを取り出し、エリスに手渡した。ムスッとしたエリスがルーペ越しに覗きこむと……、数秒ほど固まってしまう。
そんな姿を見守っている職員たちは、何を話しているのかわからないほど、遠くにいた。安全確保が最優先である。この場所から逃げ出さないのは、なんとなく見たいという、野次馬みたいな心を持っているからだ。
動かなくなったエリスにアーニャが声をかけようとしたとき、止まった時間が動き出すように、エリスはアタフタと動き始めた。
「ええっ!? ア、アーニャさん!? こ、ここ、これ、どうやって作ったんですか!!」
「いつも通り作っただけよ。エリスの弟に素材は選んでもらったけどね。まあ、自分でも不思議な感覚だったわ。月光草が教えてくれるように、スラスラ~ッと作れたの。錬金術を二年やってるけど、あの感覚は初めてで不思議だったのよね。で、どうなの?」
「ど、どど、どうって、あの、こ、これ、これは、あの、えっと、その……」
何度もルーペでチェックしても、エリスは信じられないような驚きの表情しか浮かべない。
「ハッキリ言いなさいよ。何のためにここへ来たと思ってるの。エリスの弟が変なことを言うから、わざわざこのポーションを確かめに来たのよ。姉弟の連帯責任みたいなもんだし、早く言いなさい」
自分が気になるだけなのに、アーニャは無理やり罪をエリスになすりつける。
「あ、あ、あ、アーニャさん。お、おち、落ち着いてくださいね」
「落ち着いてないのは、エリスの方でしょ。しっかりしてちょうだい」
「だ、だだ、だって、エリクサー(微小)って……」
「……はぇ?」
エリスの言葉を聞いて、今度はアーニャの時間が止まる。
なんて言ったのか理解できるけど、理解できないような不思議な感覚。アーニャの頭の中で、エリクサーという言葉が山彦のように何度もこだまする。それでもアーニャは、理解できなかった。
(ヤバイわね、ド忘れしちゃったわ。エリクサーってなんだっけ? 全回復するやつだけど、なんだっけ? すべての状態異常を解除するやつだけど、なんだっけ? エリスの弟の呪いを解除したアイテムだけど、なんだっけ? ああ、ヤバイわね。思い出せないわ)
などと、なぜか現実逃避してしまう現象が起こり、目を背け始めたのだ。しかし、少しずつ頭で理解が追い付いてくると、それはもう、体が震え始めるくらいには、アーニャが動揺してしまう!
「ちょ、ちょちょ、ちょっと本当なの!? エ、エリス、嘘を言ってるんじゃないでしょうね!」
「ほ、本当です! 人工的にエリクサーを作ったのって、確か歴史上で一人しかいないって」
「そ、そ、そうよ! そんなスーパー激レアアイテムができるわけないじゃない!」
「本当ですって! み、見てくださいよ。これ」
「ま、待ちなさい。鑑定ルーペは、錬金術ギルドの人間しか使っちゃダメなはずよ」
「そんなのどうでもいいですよ! この際、ギルド規約なんてあってないようなものです。アーニャさんには適応されません」
「なによそれ、理不尽だわ。せめて、心の準備をさせて」
「無理です、無理です! 早く持ってください」
「ちょっと待って! も、もし落としたらどうするの!」
「そんなの、いま持ってる私がずっと思ってますよ! 責任重大なんですから、早くしてください!」
「わ、わかったわよ、絶対に急かさないでよ。まだ離しちゃダメよ。絶対に離さないで。絶対だからね!」
「持ちました? 持ちましたよね?」
「持ってないわ、手で包み込んだだけよ」
「紛らわしい真似はやめてください! いいですか? 離しますよ!」
「待ちなさい! こ、心の準備がまだなの」
「無理です、もう離れます、五秒後に離します。五、四、ゼロ」
「はぁ~~~! エ、エリス! こんな大事なものでフェイント入れるんじゃないわよ!」
「いえ、急に時空が歪んだだけですから」
「それは仕方ないわ。よくあるわね、時空が歪むこと」
パニック状態の二人は、会話がめちゃくちゃである。時空が歪むなんてあり得ないことを、なぜか素直に受け入れてしまうほど、混乱していた。
そして、意を決して、アーニャが鑑定ルーペを覗きこむ。
「はぁぁぁぁーーー! どうなってるの? 石化回復ポーションを作ってただけよ」
「聞きたいのはこっちですよ。作った本人は責任を持ってください!」
「は、はひぃぃぃ……」
かつてないほど、アーニャは素直に受け入れるのだった。




