47話:二つの魔力2
作業台から持ってきたビーカーを机に置いたアーニャは、薬品の入った瓶の蓋を開けて、トポトポトポッと透明な液体を注いでいく。
「何をしてるの? 部屋が暗くて見えにくいよ?」
「悪いけど、部屋の明かりはつけられないわ。地面から抜いた月光草はね、真っ暗なところか、月の明かりがないと魔力が消えちゃうの。わかる?」
今からやることをジルにも理解してもらおうと思い、アーニャは子供でもわかる簡単な言葉を選んで話していた。
仮にジルの言うことがすべて本当だとしたら、アーニャだけでルーナの治療薬を作れないだろう。まったく感じないもう一つ魔力を無視した状態では、できることに限度あるし、今までの研究データを大幅に修正する必要がある。
「そうなんだ。じゃあ、アーニャお姉ちゃんはいつも暗い場所で作業してるんだね。それなら、もうちょっと部屋を片付けよう? 実験中に転んじゃうよ」
「今度、エリスにお願いしておくわ。錬金術の作業台を綺麗にするだけでも、私としては頑張ってる方なのよ」
アーニャが一人で作業する分には現状維持でも構わないが、ジルと協力して作る場合、作業スペースをもっと広く取る必要があるだろう。複雑な工程はアーニャが担当したとしても、魔力を見ながらジルが作業する必要もあるかもしれない。
今後のことを真剣に考え始めるアーニャを前にして、ジルは難しい顔をしていた。
――エリスお姉ちゃんも忙しいと思うし、僕が代わりにしてあげようかな。でも、女の子の部屋の掃除はやめた方がいい……よね。見ちゃいけないものもあると思うし。
暗闇で気づかれにくいが、ジルの頬が赤く染まると同時に、話を仕切り直すためにアーニャは咳払いをした。
「今からやるのは、魔力色の確認って言ってね、素材の特性を見る実験なのよ。こうでもしない限り、普通は魔力の色を目で見ることはできないから」
特殊な溶剤を入れたビーカーへアーニャが月光草を入れていくと、シューッと音を立てながら溶解し、液体が白色に変わっていく。月光草の特色も反映されている影響だろう、月明かりに反応して、白色の液体が僅かに発光していた。
「素材やポーションを見ただけで、魔力の色はわからないの。私はこの実験をやっていたから、月光草の魔力が白色だと知っているわ。でも、あんたは違うわよね?」
絶対に踏み外してはならない橋を渡っている気がしたアーニャは、安全な足場を確認するように、慎重にジルへ問う。
「……僕の体、おかしい?」
ただ、普段と違うアーニャの圧を受けたジルは、怖かった。部屋が暗いこともあり、余計に怖い。
「言い方が悪かったわ。責めるつもりはないし、おかしいことじゃないの。それは才能であって……、ごめん。口下手だから、うまく言えなくて」
錬金術師としての才能があれば、色々なことが優位に働く反面、危険なことにも巡り合う可能性がある。欲望や貴族の権力に振り回され、優秀な錬金術師が悪に染まるケースは多い。自分を守る術を持たない小さな子供であれば、なおさらのこと。
今まで強引に物事を進めることが多かったアーニャは、子供のジルにうまく伝える言葉が見つからない。大事なことを説明しようと思えば思うほど、追いつめられるような感覚に襲われた。
でも、破壊神と呼ばれる自分を怖がらないジルは、わかってくれるはず。ルーナを助けたいと思う自分たちは、絶対にわかり合えると、アーニャは強く願っていた。
不安そうに見つめてくるジルから目線を外したアーニャは、次々に廃棄用の月光草をビーカーへ溶かしていく。シューッ、シューッ、と何度も何度も……。
すると、白色に発光した液体に変化が現れる。何度も溶かしたことで月光草の成分が増え続け、薄っすらと白色が二層になっているのだ。白色と乳白色の二層に。
「あんたが言ってた二つの白色って、このことよね?」
「うん。この草、魔力が二種類あったから。両方綺麗に残ってるやつを良い方に分けたけど、大丈夫だよね?」
「そうよ、それがしてほしかったの。私にはね、発光した白色の魔力しかわからないから。こっちの少しこもった白色は、こうやって目で見えるようになっても、魔力と判断できないの」
液体に溶けた魔力を意識しても、アーニャは乳白色の魔力が、目視以外では認識できなかった。どれだけ意識しても、月光草の白い魔力しかわからない。あくまで、今は薬品で色がついているから、見えているだけにすぎない。
つまり、採集する時点で良質な素材を厳選できていない、ということになる。
それは、良質なポーションが作れない原因となり、今のアーニャではルーナの治療薬を絶対に作れない、という確かな証拠にもなった。月光草に二つの魔力が含まれていることを、証明してしまったのだから。
現実を突きつけられたアーニャが焦りを覚えるなか、ジルは首を傾げていた。
「アーニャお姉ちゃんは、これがわからないの? こんなにも、魔力が濃いのに?」
「そうよ。だから、一緒に錬金術をやってほしいの。ルーナの治療薬を作るために、一緒にポーションを作ってほしいのよ。も、もちろん、難しい作業は私がやるわ。失敗したって、怒ったりもしない。夜遅くまで付き合わせたりもしない。だから、だから……!」
治療薬を作る可能性は、まだ残されている。不安にさせたジルを説得できれば、手伝ってくれれば、ルーナの治療薬は作れるかもしれない。
でも、さっきみたいに怯えさせてしまったら、口調が厳しい自分が嫌われたら、断られたらどうすればいいのか。誰かに頼り慣れていないアーニャは、受け入れてもらえるか怖かった。ルーナが死へ向かっていくような気がして、ただひたすら、怖かった。
しかし、そんなアーニャの気持ちを払拭するように、ジルは微笑む。
「アーニャお姉ちゃん、知らないの? 助手って、お手伝いする人のことを言うんだよ。もう一緒にジェムも作ったのに、おかしいね」
ケタケタと笑い始めるジルを見て、アーニャは自然と頬が緩んだ。
ルーナの治療薬を作るために錬金術を手伝いたいと、最初に手を差し伸べてくれたのは、ジルだった。成り行きとはいえ、自分でその手をつかみ、最初から同じ道を一緒に歩んでいるというのに。……なんか、バカみたい。
(柄にもないことをやってたわね。エリスと一緒にいる時もそうだけど、この子と二人でいると、私のペースが乱れるのよ。楽しそうに錬金術をやってる姿を見ると、私も錬金術を楽しく感じるし、妙に気が緩むのよね。ダメだわ、もっとしっかりしないと)
緊迫していたアーニャの表情が緩んだ影響もあり、月明かりに照らされた部屋は、ちょっぴり大人のムードが漂っていた。
ビーカーに溶解した月光草の魔力が白く輝き、少しずつ霧散するように、大気へと消えていく。まるで、ホタルが舞い踊り、治療薬を作る二人を応援してくれているみたいで……。
ふぁぁ~、と大きな欠伸をするジルには、子供を寝かし付ける絵本みたいな効果が生まれてしまったみたいだが。
「眠そうな顔をしてる、あんたに言われたくないわ。月明かりがないと、月光草を使ったポーションは作れないのよ。だから、作業は夜にやるの。ちゃんと助手として、私のポーション作りを支えなさいよ」
「う、うん。大丈夫だよ。僕、全然眠たくないもん」
肩の荷が下りたように笑みを浮かべるアーニャは、この日、今までにないほど心を落ち着かせて、ポーション作りに励むことができた。普段は静かな作業部屋も、今日だけは可愛らしいBGMが聞こえてくる。
「言ったそばから寝ててどうすんのよ、まったく。……ありがとうね、ジル」
スピー、スピーという音色は、ポーション作りが終わるまで、ずっと続いていた。




