39話:アーニャ、ホッとする
「あんたに聞きたいことがあるの」
ジルがCランクの魔石でジェムを作り終えると、アーニャは真剣な顔をして言った。純粋無垢な表情を浮かべるジルは、首を傾げてアーニャを見つめている。
「どうしたの?」
ゴクリッと喉を鳴らしたアーニャは、マジックポーチから二つの魔石を取り出す。一つは三角錐の炎の魔石で、もう一つは五角錐の風の魔石。違うのは、Cランクよりも上の、Bランクの魔石ということ。
値段は一つあたり、金貨百枚、日本円で百万円にまで跳ね上がる。
「この魔石を使って、同じ物を作れる?」
アーニャから手渡されたジルは、先ほどのように二つ返事をすることなく、少し考えていた。
「うーん。やってみないとわからないけど、これは難しそう」
「そう、それなら仕方ないわね。一応、一つだけ渡しておくわ。作れると思ったら、挑戦してみなさい」
「うん、ありがとう」
そう言ってジルは、三角錐の炎の魔石を受け取った。これにはアーニャも……、ホッとした。
(なによ、もう。できないんじゃないのー、まったく。焦らせるんじゃないわよ。これでできるなんて言われたら、私は一人でやっていけないわ。恥を忍んで弟子入りしようと思ったくらいだもの)
そう、アーニャにもできないのだ。これでジルが、作れるよー! などと言った際には、ショックで寝込んでしまうかもしれないと、内心はヒヤヒヤしていた。だから、アーニャはちょっと嬉しそう。
(よかったわー! 私よりマナの扱いが上手いけど、まだ私の方が優勢よ。錬金術の知識がある分、確実に私の方が上ね。この差は大きいわよ。例えるなら、そう! オムライスとチャーハンくらいの差があるわ!)
完全に好みの問題ではあるが、オムライス好きのアーニャにとって、その差は大きい。
(あっ、そうだ。今日はあんかけチャーハンが食べたかったのよ)
ちょっとばかり、チャーハンが優勢になったかもしれない。
「ねえ、あんた。今日の昼ごはんに、あんかけチャーハンは作れる?」
前日から楽しみにしていたこともあり、アーニャは今日一番明るい声を出した。どことなく表情も明るい……いや、もう完全に嬉しそうだと言わんばかりに、笑顔を見せている。
「今日はブランクお兄ちゃんにミルクパンをもらったから、フワフワ卵にチーズを乗せて焼こうかと思ってたんだけど」
しかし、ジルはアッサリと断ってしまう。これには、楽しみにしていたアーニャもご立腹……になるかと思いきや、フワフワ卵というワードに釣られて、悩み始める。
「うーん、それはそれでアリね。じゃあ、明日の昼ごはんはあんかけチャーハンでお願いするわ」
「うん」
「そうと決まれば、もうすぐお昼だし、今日は終わるわ! 早く片付けて、エリスを呼びに行くわよ!」
部屋へ入ってきた人と同一人物とは思えないようなアーニャに、さすがのジルも少し違和感を……。
――アーニャお姉ちゃんって、子供っぽい味が好きなんだよねー。肉あんかけチャーハンにした方がいいかな。
違和感などなかった! 子供のジルに子供扱いされているが、肉あんかけチャーハンが出てこれば、アーニャは喜ぶだろう。
これは卑怯よ、こんなの絶対においしいに決まってるじゃない! と、見ただけで言うに違いない。そんなアーニャの姿を想像しただけ、ジルは嬉しくなってしまう。
そのため、二人はルンルン気分で後片づけをしていく。
「あっ、そうだわ。あんた、明日から時間をかけてでも構わないから、Cランクの魔石でジェムを作りなさい。失敗だけは確実に避けてくれれば、ゆっくりでいいわよ」
「うん、わかったー。どのくらい作ればいいの?」
「そうね。一週間以上作り続けたとして……、百個程度かしら」
「えっ!? そんなに?」
「急いでないから、ゆっくりでいいのよ。実際に私が使うものだし、ジェム作りを任せられるなら、本当に助かるわ。核を傷つけないように集中して削るの、苦手なのよね」
つい十分前まで、ジルの才能に嫉妬していた人間とは思えない。だが、元々は手伝ってもらう予定で教えていたため、助かるのは本当だった。核を傷つけないように削ってもらおう、程度に思っていたので、任せられるのは嬉しい誤算である。
「アーニャお姉ちゃんも、苦手なものがあったんだぁ。何でもできちゃうから、全然そんな風に見えないのに」
「私は器用なだけで、苦手なものなんて山ほどあるわよ。そもそも、細かい作業が続く錬金術なんて、イライラするから嫌いね。私の性格には全然合わないわ」
こんなことを言ってはいるが、アーニャの錬金術師として才能はズバ抜けている。
たった二年勉強しただけで、多くのアイテムを作って依頼をこなしていたし、簡単なものであれば、一目見ただけで作ってしまう。さらに、それと同時にルーナの治療薬を研究しているのである。
【破壊神】という不名誉な二つ名が付いていなければ、紛れもなく次世代を引っ張ると期待される、優秀な逸材だったのだ。
そして、その逸材を超える存在が出てきたのだが……、こともあろうか、破壊神の傘下に入っていた。まだ錬金術ギルドはジルの才能に気づいていないけれど、アーニャのお気に入りという烙印は、良くも悪くも消えることはないだろう。
ましてや、アーニャの助手になれたことを、本人は誇りに思っているのだから。
「えーっ! 錬金術が苦手なのに、そんなに上手なの? アーニャお姉ちゃん、すごーい!」
「それほどでもないわよ。才能があったっていうだけかしら」
特におだてる気などないのだけれど、ジルはアーニャの機嫌を取るのが日に日にうまくなるのであった。




