第12話:これだから貴族は嫌いなんですわ
2020/12/13
タイトル実験的に変えました
「ぴぎゅぴぎゅ!」
「ふふふ、ヴェロニカは鶏の串焼きがお気に入りのようね」
「ぴぎゅ!」
金属の串ごと鶏肉を囓るヴェロニカを肩に乗せ、タドラは王都の東区にある王国騎士団の詰め所へとやってきた。
先日起きた【ヴェロニカ廃神殿】での事件について、タドラに改めて聞きたいことがあるから来るようにとエルメが去ったあとに、通達が来たのだ。
「何度も話したことをまた話すのはめんどくさいですわ」
「ぷぎゅー」
タドラの愚痴を理解しているのか、ヴェロニカが同意とばかりにコクコクと頷いた。ここ数日で、ヴェロニカは言語をかなり学習し、こちらの言う事をある程度理解出来ている……ような気がするとタドラは感じていた。
詰め所の入口で、通達が来た旨を下級騎士らしき男に伝えると、すぐに奥へと通された。下級騎士は肩に乗っているヴェロニカに訝しい視線を投げるも、結局何も言わなかった。
応接間へと通されると、そこには一人の細身の中年男性が座って待っていた。長く癖のある黒髪の下には陰気な顔が覗いており、その灰色の瞳は何の感情を映していない。
「これはこれは……お久しぶりですね、タドラお嬢様」
「……お久しぶりです。レーヤン伯」
一瞬、顔をしかめそうになったタドラは気合いで笑顔を作った。そしてタドラを呼びつけた張本人である王国騎士団参謀であり、貴族でもあるデルドア・キギリ・レーヤンの前へと座った。
「おや……その肩の生き物は……ブラックニュートですかな? この辺りでは見掛けない魔物ですが」
「ええ。たまたま見付けまして。幸い、私にはテイマーの適性もあるようで懐かれてしまいました。珍しいからこうして連れているのです。鱗が黒曜石のようで美しいでしょう?」
優雅に微笑むタドラを見て、レーヤンが頷いた。
ブラックニュートは主に大陸南部に生息する爬虫類系の魔物の一種で、弱い割にその鱗には美術的価値があった。その為、冒険者に乱獲されて一時は絶滅したかと噂されるほど、希少な魔物なのだ。
金持ちが道楽で連れ歩くにはぴったりの魔物だと、レーヤンは心の中でせせら笑う。
――とレーヤンは考えるだろうというところまで読んで、タドラは目を細めた。間違いなく、ヴェロニカはそんな魔物ではない事は分かっている。だからこそ、今はブラックニュートであるフリをしないといけない。
タドラは、ヴェロニカが何かの鍵になるという確信があった。決して、可愛いからと連れて帰ってきただけではない。決して。
レーヤンが口を開く。
「よくお似合いですよ。しかし……あの【竜穿ち】を殺せたのはそのテイマーの力のおかげですかな? そのトカゲは強そうには見えませんが」
侮蔑したような目でレーヤンがヴェロニカを見た。
「グルルル……」
唸るヴェロニカを宥めながら、タドラがうんざりとばかりに口を開いた。
「その件については私からも、ルーン王子からも報告が既に上がっていたと思いますが……」
「それなんですけどねえ……」
レーヤンが手に持っていた報告書をタドラの前にあるテーブルの上へと投げた。
「あの【竜穿ち】を……一撃で、ねえ。しかも邪教の魔術で降臨してきたラミアまで、君が一撃で倒したとありますが……」
「ええ。その通りですわ」
「あの、王国一の、【ムーンウルヴス】から役立たずと追放された、君が?」
粘っこい視線と声に辟易しながらも涼しい顔でタドラが言葉を返す。
「【ムーンウルヴス】は馬鹿な事をしましたわ」
「タドラお嬢様。王国騎士団の参謀としての意見を言わせていただくと……こんな報告は聞くに堪えません。君とあの放蕩王子が仕立て上げた悪戯……そう認識せざるを得ない。現に、ルーン王子はこの件について独断で動いたと国王に叱咤され、今は自室に軟禁されているとか」
その言葉を聞き、タドラはクスリと笑ったのだった。あの王子ほど軟禁され、そしてそこから脱出してまた周りの者を困らせる王子は歴代の王族を振り返ってもいないな、と改めて思ったのだった。
そしてその笑みのままタドラが口を開いた。
「貴方がどう思おうと勝手ですが、それが事実です。現に【ムーンウルヴス】所属の冒険者であるガンザ様も証言していらっしゃいますし」
「【ムーンウルヴス】ねえ……あそこもどうやら落ち目ですからねえ」
さっきと言っている事が随分と違うが、タドラはあえてそこにつっこまない。貴族同士の会話で一々そんなことを気にしていたら胃薬がどれだけあっても足りない。
「ざまあみろ、ですわ」
「とにかくタドラお嬢様。遊びはほどほどにしていただきたいんですよ。こういう事を遊び半分でやられると我々騎士団も困るんですよ。【ムーンウルヴス】も近々解体する予定ですよ。黒い噂が色々ありますからなあ」
「それが今日、わざわざ私を呼び出した用件でしょうか?」
「旧交を深めたかっただけですよ、タドラお嬢様」
「であれば、もう十分ですわね。これでも私、ギルドの長ですから色々と忙しいのです」
そう言って、タドラは立ち上がった。さっきから肩の上で殺気を放つヴェロニカをこのまま放置しておくとレーヤン伯に噛み付いてしまいそうですわ……と心配しての行動だった。
「組合庁のビルマス長官も随分と嘆いていましたよ。貴族の遊びの為にギルドはあるのではないと。こうなると、不要なギルドは、騎士団としては潰さざるを得ませんねえ」
そう言って笑うレーヤンに向けて、タドラは今日一番の笑みを浮かべて、こう言い放ったのだった。
「でしたらレーヤン伯、ビルマス長官にも伝えといてくださる? ほざいてろ、と」
☆☆☆
詰め所での会談のあと、数日が過ぎた。
アゼル武具店でタドラがいつものように午後の紅茶を楽しんでいた。その膝の上でヴェロニカが丸まってスヤスヤと寝息を立てている。彼女は慈しむように優しくその頭を撫でる。
「お嬢。そういや大丈夫なのか」
店舗の店番をしているアゼルがそうタドラに問いかけた。本当は【竜皇石】でアレコレ試したいのだが、最近はアイネの宣伝のおかげか、店に来る客が多かった。そのため、中々武器を打てないのだ。タドラは最近、何やら色々と情報を集めており、黙り込んでは色々と物思いにふけっている。
「何がですの」
「実績の件だよ。例のいけ好かない参謀の言い方からすると、お嬢の活躍はなかったことになりそうだろ。しかも不要なギルドは潰すって」
「いくら、騎士団の参謀といえど、そこまでの権限はないはずですわ。気になるのは組合庁のビルマス長官の動きですけど。そもそも私のギルド登録を却下しようとしたのがビルマス長官だとか。まあエルメの差し金でしょうけど」
「組合庁の長官と騎士団を同時に敵に回すのは不味いんじゃねえか?」
「問題ありませんわ。多分。それに元々組合庁と騎士団は仲が悪いですから、組んでこちらに何かするとは思えません」
そう言いきると、タドラは紅茶を啜った。
「多分って……まあ、良いや。よく考えたら、お嬢の実力があれば何が起きろうが問題ないだろうさ」
「ですわ。最近お店もお客さんが増えてきましたし、武具作りに励みなさい」
「……実はマーケットで【竜皇石】と合わせられそうな竜素材をこないだ見付――」
「却下です」
にべもなくそう言うタドラに、アゼルが不満な声を上げていると、店舗の扉が開いた。
「こんにちは……」
「お、アイネじゃねえか」
「いらっしゃい、アイネさん」
それはアイネだった。今日はヘルムを被っていないせいで肩で切り揃えられた暗い茶色の髪が陽光を反射して、上品な光を放っている。
身体には動きを邪魔しない程度の軽鎧を装備しており、腰には一本のロングソードが差してあった。どちらも最近アイネがここで買ったものだ。
「どうした? もうメンテナンスか?」
アゼルがぶっきらぼうにそう聞くも、アイネは首を横に振った。その顔は落ち込んでいて、声も暗い。
「それが……実は……うちのギルドが解体されてしまいそうで……」
わるいやつその3のレーヤン伯
ミンチ候補ですね……