……それ、涙?
今日の学校行事は説明のみだったらしく、昼前には下校時間となった。
俺は、今後の行動パターンをいくつか考えたのだが……結局、まっすぐ帰ることにした。
恋愛重要視制度についてあれこれ考えるのも良いが、今のこの冷静とは言い難い心理状態で何を考えたところで、いい案など出ないだろうという判断だ。
俺は間もなく靴箱に到着し、自分の靴を取って帰路に着こうとした。
しかし―――
「ウミ」
何となく聞き覚えのあるフレーズを耳にし、足を止めざるを得なかった。
……なんか今日は、よく呼び止められる日だなぁ。
「……どうかしたのか?山崎」
「待ってた。ずっと」
「……もしかして、俺をか?」
「うん、ウミを」
山崎乃愛。今作品の不思議枠だ。
……今作品って何だ?
ま、まあともかく、何を考えているのかよく分からない人物だということは抑えておいて貰いたい。
「……で?待ってたのには、ちゃんと理由があるんだろ?」
「……うん。レンアイオモシロミセイド???……ってやつのことで」
「……恋愛重要視制度な」
……相変わらず適当なところは変わらないな。
しかし、山崎がその事について俺に相談してくることについては、早い段階で視野に入っていた。
というのも、コイツは基本的なことなら何でもある程度は出来るのだが、ちょっと頭をひねらないといけないようなこと……もとい応用的なことに関しては、臨機応用に対応する能力が圧倒的に欠如しているのだ。
これは勉学においてもよく表れていて、定期テストのような範囲が決められたテストは程々の点数を取れるのだが、模擬試験などにはめっぽう弱い。
だから、その度に俺が世話をしてやっていたのは、まだ記憶に新しい。
つまり今回の件に関しても、山崎が俺を頼ってくるのは明白だった。
「乃愛、難しいことはよく分かんないけど……ウミがいれば、バンジカイケツだと思った」
「……うん、取り敢えずそのウミって呼び方、読者からしたら違和感しかないからそろそろ止めような?」
「……嫌。癖が付いたから、今更止められない」
……割とその呼び方、本気で嫌なんだけどなぁ。
説明が遅れたが、「ウミ」というのは乃愛が俺に付けた愛称だ。
……といっても、元々は乃愛が海人という名前の人の部分を面倒臭がって視野に入れなかったのが原因なので、愛称と言うよりはただの間違いなのだが。
「……まあ、もう今更どうでも良いんだけどな。―――それで恋愛重要視制度について、俺に助けて欲しいって事だったっけか」
「うん。ウミなら、何でも出来るから」
「ああ、俺もなんとかしないといけないなとは考えてる。だがな……」
「……?」
俺の様子がいつもとは違う様子に気が付いたのか、無表情のまま首を傾げた。
……いや。立花同様、ずっと近くにいた俺だからこそ、分かっている。
その無表情の裏側に、不安という感情が隠れているのは、ちゃんと分かっているのだ。
だがしかし、それでも俺は、ちゃんと伝えなければならないと感じていた。
「……いいか山崎。今回の件で俺がお前を助けることはないと思ってくれ」
「……どうして?」
「項目が恋愛だからだ。……正確には、助けることが出来ないといった方がいいかもしれない」
「だからどうして!どうして恋愛だったら乃愛を助けられないの!!」
珍しく声を荒げる山崎。
今まで共に時間を過ごしてきた中でも、今回のはかなり感情の起伏が激しい気がする。
しかし、山崎なら分からなくはないのだ。
端から見れば、助けて貰えないだけでこんなにキレて、意味か分からないと思うかもしれないが……いや実際そうなんだが。
でも、そうじゃないんだ。
「……乃愛、一人じゃ難しいことは出来ない」
「知ってるよ。お前は一人じゃ何にも出来ないから、出来れば助けたかったんだけどな。……でも、今回ばかりは諦めてくれ」
「いや」
この期に及んでもまだ子供のようにごねる山崎。
……これは、説得するのに相当時間が掛かりそうだ。
山崎の俺に対する執着心が、思ったよりも強かった。
どうして俺に、ここまでこだわる……。
そんなに素早さ1.5倍が魅力的か?
……いや、コイツの場合は攻撃力1.5倍な気がする。
……まあそれはそうと、そもそも山崎だって、正確はあれだけど元はいいんだ。正確はあれだけど。
恋愛面で苦労することは、無さそうなんだが……。
「……山崎、あのなぁ―――」
「ウミと乃愛が結婚すればいい話だと思う」
「…………はい?」
何言ってんの?この子……。
現実が受け入れられなくて、遂に気でも狂ったんじゃないだろうか……。
「頭の悪そうな人が言ってた。恋愛っていうのは、結婚がゴールなんだって。だからウミと乃愛が結婚すれば全て解決する」
……どこの誰だか分かりませんけど、あなた今こんな子に頭の悪そうな人扱いされてますよー。
本当にどこの誰だか分からないのだが、哀れに思いつつ……俺は山崎の発言を整理する。
……山崎といい如月といい、よくもまあ色んなおもしろアイデアがぽんぽんと浮かんでくるよな。
まあ山崎に関しては、誰かの悪知恵なのだろうが。
「……あのなあ山崎。結婚っていっても、俺らはまだ学生な訳だし―――」
「じゃあ恋人同士でもいい。そこからの方が安全だって聞いた」
「いやそういう問題でもなくてだな……」
……どうも山崎は、常識が欠如している節があるからな。
そもそもコイツは、恋愛感情というものを理解していないんだ。
これを機に、それを学ぶってのも―――
「……ウミは、乃愛のことが嫌いなの?」
「……え?」
この時、山崎は何を思ったのかとても不思議な表情をしていた。
「……山崎、それ涙?」
「え?」
山崎は、相変わらずの無表情のまま、涙を流していたのだ。
いや、無表情過ぎて涙なのかどうか……目から水が出た、という表現の方が正しいような気がしてきた。
しかし、山崎は自身の涙を拭うと……
「う……うあぁぁぁん…………っ!!」
まるで今自分の感情に気付いたと言わんばかりに、時間差で声を上げた。
「いや、ちょっ……ええ?」
俺はこの状況でどう動いていいのかいまいち分からず……ただ慌てふためくしかなかった。
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