豚に真珠
放送で呼ばれてからほんの数分のうちに、俺は校長室の前まで来ていた。
……一体、何用で俺を呼びつけたというのだろうか。
まあ、もうなんでも良いよ!
唯一と言って良い長所を失った俺は、半ば投げやりな気持ちになっていた。
むしろ、敢えていいように考えるべきだとすら思う。
失うものが無くなった……つまりは、今どんな攻撃を受けようとも、実質無傷ということなのだ!
はっはっはっは……。
……はあ。まあ、あーだこーだ考えてもしょうがないし、取り敢えず入ろう。
俺は恐る恐るといった感じで、扉を開けた。
「失礼します……」
「ん、来たか篠崎くん」
待ち受けていたのは、校長先生だった。
……いや、それ以外に誰がいるんだっていう話なんだが。
「君を呼んだのは他でもないよ。……今年度から導入された、恋愛重要視制度についてだ」
「……いやあの、未だ何が起きているのか理解が出来ていないんですけど」
「知っている。だと思って呼んだんだ」
……もしかして、勉学一筋だった俺だからこそ今の状況に納得がいっていないだろうと思い、カウンセリングの時間を設けてくれたということだろうか。
「……お気遣い感謝します。正直精神的に参っていたものですから、相談に乗っていただけるだけでも嬉しいです」
「……いや?相談なんて面倒臭いから聞かないけど」
「違うのかよ!」
じゃあ一体何のために呼び出したのやら。
……もしかして、冷やかしか?
勉学を失った俺が慌てふためく様を見て、小馬鹿にするつもりだったのか?
「まあ落ち着け。今回は相談教室とかいう子供騙しなことをするために呼んだわけではないが、それよりも遙かに良い話だ」
「その言い方は多方面から怒られると思うんですけど……。それで何なんですか?」
俺が尋ねると、校長先生はここぞとばかりに目を光らせた。
「今回は急な対応出会ったということもあり、そのお詫びということで政府から、学習面における成績優秀者一名に支給品が渡されることになったのだよ」
成績優秀者、か……。
確かに俺は勉学にだけ力を入れていただけはあり、学内では常に一位、模試に関しては、最上位勢の常連だった。
……まあ、その称号が役立つのも、これが最後なのだろう。
今日を持って俺のイメージは、奇跡の天才篠崎君から恋愛弱者の童貞君にランクダウンするのだろう。
……そう呼ばれたことなど一度もないのだが。
「はあ……で、支給品ですって?」
「うん、それがこれ」
校長先生に軽い感じで渡されたそれは……。
一枚のカードだった。
「……なんすか?これ」
「おっと、ただのカードだと思ったら大間違いだよ篠崎くん。それは全国に数名しか所有者のいない、恋愛促進カードというものだ」
「恋愛促進カード?」
聞き慣れないフレーズに、俺は首を傾げた。
……って言う台詞を今日俺は、あと何回吐くことになるだろうか。
「効果は至極単純。商品、サービスの購入が、これ一枚で全て無料になるというものだ」
「……え?やばくね、それ」
つまりこのカードは、クレジットカードのノーリスクバージョンということだろうか。
「勿論、条件はあるぞ。このカードが使えるのは、恋愛に関係する購入であると認められた場合のみ……それさえ達成すれば、経費感覚でいつでも使えるということだ」
「……なるほど。それなら確かに理に叶っている……のか?」
……まあ、別になんでもいいや。
最早、何が正解なのか分からない世の中になってしまったからな。
「しかし校長先生、俺がこのカードを使う日は恐らく来ないと思います」
「ん?それはまた何故」
「だって俺、恋愛しませんから」
「……いやいや、いくら君が今まで勉学一筋だったとはいえ、まだ子供だ。異性に対する興味なんていくらでも――」
「しませんよ、絶対に」
「……それはまた、厄介だなぁ」
……申し訳ないが、このカードはお蔵入りということになる。どうせなら、この状況を楽しんでそうな恋愛強者様に支給すれば良かったのに……。
「……まあ、そのカードは紛れもなく君のものだ。誰かに譲ったりする事は、今のところ認められていない。他の者が、喉から手が出るほど欲しがるであろう圧倒的なハンデをどう使うかは、君次第ということだ」
……本当に世の中は思い通りに事が進まないよな。
俺が持っていたところで、何の意味もないというのに。
「まさに、豚に真珠だな」
◆◇◆◇
「ふう……」
校長室を出た俺は、大きく溜息をついた。
時間にしてみればそんななのだが、何故かどっと疲れがこみ上げて来る感じがする。
「あら」
「……ん?」
声がした方を向くと、そこにはよく見知った顔がいた。
「ふふっ。あなたが校長室から出てくるなんて……一体どんな功績を成し遂げたの?」
「……残念ながら、何の意味もないことだったよ」
立花凛。
俺に次いで成績優秀……であった人物だ。
彼女も俺と同じくして、勉学に相当力を注いでいたタイプだ。
それだからか、俺が唯一この学校で、気が合うと感じた人物でもある。
「それにしても可笑しな話よね。恋愛重要視制度なんて……」
やはり立花も、そこに触れてきたか。
今後しばらくは、その話題で持ちきりになりそうだな。
「あなたはどう思った?今回の取り組みに関して」
「どうって……もう災厄としか言いようがないな」
それは、立花凛という人物も同じ思いなんじゃないか……と思うだろうが、そうではない。
目立ちはしないものの、彼女も相当な逸材だ。
ずっと、一番近くで見ていたからこそ分かる。
「……ねぇ、今まで勉強という項目で接点を持っていた私達がそれを失った今……私達の関係性ってどうなるのかしら?」
立花は、純粋に疑問だといわんばかりに尋ねてきた。
どうもこうもないだろう。
今までは人を近寄らせない雰囲気を醸し出していた立花だが、いざ本気を出せばかなりの人気を得ることになるだろう。
つまり、もう……。
「終わりだな。そもそも今まで関わりがあったこと自体、不思議だったし。きっかけが無くなったんだから、もう無理に関わる必要もないだろう」
「……そう。私達の関係って、その程度のものだったのね。……本当にそれでいいのね?」
……なんか引っかかるような言い方をするな。
まるで、何かを俺に理解して欲しいような……。
しかし、今の俺に立花を気遣ってやれるほどの余裕はなかった。
「いいんじゃないのか?それで。……じゃ、もう行くからな」
「あっ、ちょっと!」
俺は彼女に背を向け、その場から立ち去った。
……本当にもう、二度と会うこともないかもしれないな。
……まあ、それがお互いのためにもなるだろう。
「……行かないでよ」
説明ばかりになってしまってすみません……。次回からはヒロインとの絡みを多めにしていきます!
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