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「最後まで申し訳ありません。」


フリッツが、カミーユに頭を下げる。


「どうしてあなたが謝るの? それに敬語はやめてっていったでしょ。今さら気持ち悪いわ、フリッツ。」


カミーユは、お皿を洗う手を止めて、軽くフリッツを睨む。


「ですが…」


「これは命令よ。あなたとは、ずっと気心の知れた友達でいたいもの。」


それはカミーユの本心だった。イバロア国でカフェをしていたころ、常連客の大人はたくさんいたが、店以外では人との交流を避けていたため、同世代の友達と呼べたのはフリッツだけだった。

カミーユが、懇願するような瞳を向けると、フリッツは観念したかのように息を吐く。


「わかったよ。カミーユお嬢様。」


「その呼び方もやめて。私はもう、侯爵令嬢なんかじゃないわ。6年前に、普通の平民の娘として、生きていくと決めたんだから。」


「男じゃなくて?」


フリッツの表情が緩み、少しからかうような口調になった。何が言いたいかは、すぐ分かった。選んだ使用人の服は男性用のもので、今は足を肩幅より広げて家事をしている。


「これでも幼い頃は、立派な淑女としての教育を受けてきたのよ。」


手を動かしながら、口を尖らせると、いよいよフリッツは苦笑した。


「冗談だよ。」


「でもまぁ、しばらくは男の子のフリをしないとね。」


王都から離れるとはいっても、これから住むのは、エヴァグリーン国内だ。念のため、黒髪のショートカットに加えて、瞳の色まで黒くしてあるから、外見からカミーユだと分かる要素はないに等しい。左手からどうやっても離れないルビーの指輪以外は…。


「女に戻る気はあるのか?」


フリッツは、カミーユの隣でお皿を拭きはじめた。


「…う~ん、そうねぇ。いずれはね。」


隣のフリッツをチラリとみる。9歳の頃はあまり変わらなかった身長も、今や大分差がついて、見上げる角度が年々急になってきている。腕は太く、指も骨ばって男らしい。

今はまだよくても、やっぱりいつまでも男性として生きるのには無理があるのではないかと、カミーユは感じはじめていた。


「…じゃあ、カミーユが女性として生活しようと決めたら―――」


ピカッ!!


「きゃぁっ」


その時、雲一つない晴天に、稲妻が走った。雷が苦手なカミーユは、咄嗟にフリッツにしがみついていた。これがはじめてではないので、フリッツは宥めるようにカミーユの背中を撫でた。


「珍しいな。こんな晴れた日に。何だ? ハナリンダの森の方角だけ、すごい黒雲が掛かっているぞ。」


「…フリッツ、今ハナリンダの森って言った?」


「え? あぁ。」


(『ハナリンダの森』と言えば、乙女ゲームの主人公アイリーンと、ルイス王子の出逢いイベントが発生する場所だ。

鷹狩りでケガをして、道に迷ってしまったルイス王子が、突然の嵐にあい、偶然通りかかった、主人公アイリーンと出逢い、彼女に案内された洞窟で二人は雨宿りをする。

そこで、優れた治癒魔法の能力を持ったアイリーンは、ルイス王子のケガの手当てをする。

その時、ルイス王子は、自らの身分を明かさないまま別れるが、後に、王子からの王立学園の入学許可証が、アイリーンの元に届き、入学式で二人は再会を果たすのだった。)


「フリッツ、アイリーン様は、今、16歳だっけ?」


「あぁ。お前と同じ歳だ。」


「ちなみに、王立学園に入学はいつ?」


「王立学園? 二週間後だが、一体何の関係が…」


「っ!!」


(それなら今日は、イベントが発生している日の可能性が限りなく高いわ。まさか連れてくる友人て…いえ、まさかそんなはずないわ…でも万が一…)


「どうした? そんなに震えて…」


「ごめん、フリッツ! 私、ちょっと外出してくるわ! アイリーン様には謝っておいて!」


「あっ、おい待てよ!」


フリッツの制止もふりきり、アレンは、フローリア邸の玄関まで走り出す。


「ぎゃっ」


扉を開けると、目の前が真っ暗になって顔面に衝撃が走り、アレンはそのまま床に尻もちをついてしまった。


「イタタ…」


「大丈夫か?! アレン!」


アレンが、玄関の床に滴った水滴の元を辿り、おそるおそる顔を上げると、2次元の世界ではよく知った二人のツーショットが、目に飛び込んでくる。


「あ…」


今や立派な青年に成長した、金髪碧眼の完璧な王子様と、ピンクブロンドの髪に大きな瞳が愛らしい絶対的なヒロイン。


「あら、ちょうど良かったわ。突然の雨嵐に降られてしまったの。この方のお着替えを用意してくれる? アレン(・・・)。」


アイリーンは、勝ち誇ったようにルイス王子に腕を絡めて、未だ衝撃で立ち上がれない、アレンを見下ろしながらニッコリと微笑んだ。


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