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視界が一面光で覆われて、カミーユは眩しさに思わず目を閉じる。

足元から吹いた強い風は、すぐに止んで、そうっと目を開けると、見知らぬ部屋の中にいた。


「ようこそ、カミーユ様。」


オフホワイトのドアが、ゆっくりと開く。


「あっ、あなたは!」

   

アイリーン・フローリア!! 


前世でプレイしていた乙女ゲームの主人公!!


ピンクブロンドの艶やかなストレートヘアに、髪と同じ色の光彩が混じる大きな瞳、さくら色の愛らしい唇…その超絶な可愛さに、女であるカミーユですら、目が釘付けになった。


「ふふ。」


カミーユの視線に気付いたアイリーンは、満足そうに微笑んだ。


「ひとまずお掛けになってください、カミーユ様。ロイドとフリッツもご苦労だったわ。」


カミーユの傍らにいた二人は、アイリーンに跪いて礼をとった。


(これは一体…なぜここで主人公のアイリーンが登場するの…?)


「大丈夫か? アレン。」


突然のことに、目眩がしてふらつくカミーユを、フリッツが支える。アイリーンは、それを冷めた目で見やった。


「カミーユ様と、二人きりで話がしたいの。ロイドとフリッツはもういいから、執事のリードンを探しに行きなさい。まだ死なれては困るわ。」


そう言って、アイリーンが指示を出す口調は、鈴の音のようなその美しい声質とは裏腹に、事務的で冷たい。


「そうだわ、父さんっ。私も探しに…!」


慌てて立ち上がるカミーユをフリッツが制する。


「大丈夫。マスターはきっと俺たちが見つけるから。お前はここで待ってろ。」


「でも…」


「二人なら大丈夫です。それに失礼ですが、カミーユ様が一緒ですと足手まといになります。」


アイリーンは優雅な仕草で、運ばれてきた紅茶を手に取った。


「…フリッツ、ごめんなさい。気をつけて。」


フリッツは、カミーユを安心させるように微笑むと、再びロイドと共に魔方陣へ消えた。


「さぁ、お座りになって下さい。カミーユ様。…いえ、田宮美羽様とお呼びした方がよろしいかしら?」


「え?」


アイリーンは満面の笑顔で、真っ直ぐにカミーユを見つめた。


「あなた、今何て…」


(前世の私の名前をどうして…)


「前世ではお世話になりました。特に職場では。田宮先輩。」


この媚びるような上目づかい…見覚えがある。


「加…奈倉…さん?」


「そうですっ! 覚えていてくれたんですね先輩っ、嬉しい!!」


アイリーンは、両手を顔の前で組んで身体をくねらせ、おおげさに喜んだ。


「どうして…」


(アイリーンが…加奈倉さん?!)


「前世で、私もこのゲームプレイしていたんですよねぇ。『王宮ロマンス・アイリーン』。特に、ルイス王子は女性の憧れそのものだわ。だから主人公アイリーンに転生したと分かった時は、本当に嬉しかった。でもまさか、悪役令嬢のカミーユ・オッセンが田宮先輩だったなんて。前世では、お仕事にも真面目に生きてこられたのにのに、本当におかわいそう。」


アイリーンは、わざとらしく同情的な表情をカミーユに向けた。


「加奈倉さん…どうして私だと分かったの?」

 

背筋に湧いた、わずかな嫌悪感を隠して、カミーユは真っ直ぐにアイリーンを見返した。


「オッセン侯爵家の執事、リードン…つまりあなたのお父様ね。あの方は、ここがゲームの世界だと早くに気付いていた。そして、娘であるあなた、カミーユを守るために、裏で手を回して、あろうことか主人公アイリーンの私を拐おうとしたのよ。」


「そんな…父さんが…」


「仕方ないわ。アイリーンがルイス王子に出逢って、シナリオ通りに話が進めば、あなたは婚約者である彼に殺されてしまう運命だもの。」


アイリーンは、あくまで芝居がかった同情的な表情を崩さなかった。


「結局、リードンの計画は失敗に終わったわ。フローリア男爵家には、代々優秀なお抱え魔法使いがいるのよ。ロイドが、リードン執事を魔術に掛けたら、あなたのお父様は前世のこともあなたのことも、全て白状してくれたわ。」


(ロイドおじさんがフローリア家の魔法使いだったなんて…ゲームではそんな人は登場しなかったわ。ではフリッツは…)


「ちなみに、フリッツも強い魔力を持っているの。実は、フリッツはゲームの隠しキャラの一人なのよ。あの通りイケメンでしょ。」


アイリーンは楽しそうに笑った。


「知らなかったわ…」


まさか、攻略対象の一人と今まで過ごしていたなんて。


「それで、あなたのお父様が泣いて頼むから、わたしがあなた達を匿ってあげようとしたのよ。6年前、あなたが乗る馬車を襲ったのはロイドよ。あの日、隣国パテアに逃亡させてあげる予定だったの。少し強引だったけどね。」


やっぱり、あの黒いマントは幼い頃にみたものに間違いなかったんだ。


「…迷惑をかけたわ、加奈倉さん。」


カミーユは、うつむいて頭を下げた。


「いいんですよ。先輩には、前世でたくさんお世話になったんですもの。ぜひ、今生では幸せになっていただきたいわ。『お父様と小さなカフェをやっていく』でしたっけ? そのささやかな夢を、これからもアイリーンとして全力で応援します。」


アイリーンは、カミーユの手をとった。


「そうだ! よかったら、フリッツも差し上げますよ? 攻略対象だけあって、あの通りイケメンだし。田宮先輩は、前世で彼氏もいなかったようだし、今世では、ぜひそちらも楽しんで下さいね。」


満面の笑みで、顔を近づけてきたアイリーンに、カミーユは一歩後退る。


「差し上げるだなんて、そんなこと…。でも意外だわ、加奈倉さんは、前世でも可愛くてモテモテだったでしょう? とても2次元のゲームにはまるようにはみえないわ。」


(私も、かなりこの『王宮ロマンス・アイリーン』をやり込んだ自負はあったんだけど、ついぞ隠しキャラまではたどり着けなかった。加奈倉さんは、このゲームにどれだけ時間を費やしたんだろう。)


「雑魚にどれだけ好かれても意味ないじゃないですか。その点ゲームの世界は、完璧な理想の男性が描かれて、時間も忘れて本当に夢中になりました。特にルイス様は最高だわ。あの完璧な王子様の外見に、頭脳明晰で…統治者として冷徹な面がある一方で、ヒロインにだけ見せる、あの優しくて甘ったるい微笑み…。」


アイリーンは、うっとりと宙をみつめている。まだ出逢う前なのに、既にルイス王子に恋をしてしまっているようだ。


「加奈倉さん…」


カミーユが声を掛けると、アイリーンの大きな瞳が、はっきりとした決意を宿した。


「私は、必ずヒロインのアイリーンとして、ルイス殿下を落としてみせます。応援して下さいね、田宮先輩!」


前世から知っている、見慣れた上目遣いにカミーユはただ圧倒されるばかりだ。わずかに胸がチクッとしたのは、決してルイス王子を忘れられないからではなく、前世からの因縁に心が痛んだせいだと思い込もうとした。


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