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(ほぼルイス王子視点・2)
宣言通り、30分で王立学園に戻った。
(交渉の最後の方は、多少強引だったが、いたしかたない。我が国にとって、内容は完璧以上だったから、誰にも文句は言わせない。)
校舎の離れにあるイバロア同好会の狭い小屋の扉を開ける。
(やっと、ゆっくりカミーユの顔が見れ―――)
「きゃぁぁっ、殿下っ! 本当にいらしたわっ!」
「本当っ! こんなに近くでお姿が拝見できるなんて…!」
「素敵…!」
「わたくし絶対入会しますわっ!」
「あぁ…なんて麗しい…!!」
(何だ?! この女子生徒の多さは…。確か入会希望者は一人と言っていなかったか…?)
「さぁ、殿下! こちらのお席へ!」
「いいえ、ぜひこちらにっ!!」
みなに急かされるように、腕を引っぱられ、半ば、強引に狭いテーブルの中央に座らされる。部屋の隅の壁には、ラディス・マロウが、胡散臭い笑みを浮かべながら、寄りかかっていた。
「いやぁ、殿下が同好会の顧問になったという噂が広まってしまったようで、こんなにたくさん入会希望のご令嬢たちが集まって下さいました!」
「何だと…?!」
同好会というより、ただのお茶会がはじまってしまった。
狭い室内で、女子生徒たちに囲まれて全く身動きが取れない。甘えるようなやけに甲高い声と、化粧とキツい香水の匂いが気持ち悪い…。でも、ここで私が不機嫌な態度をとるわけにはいかない。新しい会員を楽しみにしていたカミーユのためにも、我慢しなければ。
それにしても、同じ香水でも、カミーユの匂いはいつまでも嗅いでいたいくらいなのに、人によってこうも感じ方が違うとは不思議だ。
「ラディス、これはわざとか?」
(この状況、ほぼ逆セクハラだぞ…。)
氷の王子の異名通り、鋭い目線で訴える。
「ふっ…殿下に比べたら大したことないですよ。先日の文化祭の舞台は実にひどかった。演技とはいえ、カミーユに、際どいセリフやボディタッチでご自身を誘惑させて…とてもみていられませんでしたよ。」
耳元でラディスが、皮肉たっぷりに囁く。
「何を言う。あれは、究極の純愛を描いた崇高な舞台に必要な演出だった。」
(多少、脚本に手を加えさせてもらったがな…)
「ところで、カミーユはどこだ?」
「今、隣で紅茶を淹れています。狭い調理場なので、殿下はここでお待ち下さい。」
そう言って、ラディスはちゃっかり自分だけ隣の部屋へ消える。
「っ…」
(ラディス・マロウ…即刻、イバロアへ強制送還してやろうか…)
待つこと5分…紅茶の良い香りが室内に広がった。そして、現れたカミーユは…なんと、エプロン姿!
(何だコレは! 無理だ、無理無理! 可愛すぎる…!! 君は、どれだけ私を虜にすれば気が済むのか…)
「どうぞ、お召し上がり下さい。」
「カミーユ、ありがとう。」
(高なる胸の鼓動が抑えきれない…)
「いいえ。」
(ん? なぜか、カミーユはうつむいたまま、目を合わせようとしない。)
「どうぞ、ごゆっくり。」
そう言うと、カミーユは一礼して、くるりと背を向けた。
(まさか、このまま調理場に下がるつもりか…?)
「ちょっと、待て! カミーユ、わたしの隣に―――」
「いえ、私は結構です。」
(何だ、その冷たい物言いは…? それにしても両隣の令嬢たちは何故カミーユに席を譲ろうとしない。他ならぬ王太子の婚約者だぞ。)
狭い室内に不穏な空気が流れはじめる。最初に口を開いたのは、調理場から戻ったラディスだった。
「カミーユ! ちょうど畑のハーブ菜が収穫時だから、摘みにいこう。みなさん、それでハーブティーを淹れるから、楽しみにしててね!」
「「「 まぁ、ありがとうございます、ラディス様! 」」」
「なっ…」
(手伝うこともしないで、カミーユに侍女のようなことばかりさせるとは、何て図々しい女たちだ…。それにしても、これ以上、カミーユとラディスを二人きりにするなんて我慢ならん…!)
「待てカミーユ! 私も―――っ」
立ち上がったそばから、隣の令嬢たちに両腕を掴まれ、バランスを崩す。
「ルイス殿下ぁ、今度はわたくしのお話を聞いて下さいませぇ。」
「まぁ、わたくしが先ですわよ~。」
「いいえ、お二人の話なんて殿下は退屈ですわっ。次はわたくしですっ!」
(何なんだ、この過剰なアピール合戦は…。先日の文化祭で、わたしはカミーユへの熱い想いと、二人の仲を高らかに宣言したはずなのに、この者たちは全く聞いていなかったのか…?!)
「行きましょう、ラディ。殿下とみなさんはどうかそのまま。今日は、ゆっくりと紅茶を味わっていただきたいので。」
棒読みのセリフに、カミーユの顔からは表情が消えている。
「っ…カミーユ!」
黒い笑顔のラディスに促されて、カミーユは早々に部屋を出ていってしまった。
結局カミーユは、それから畑から戻っても、ひたすらお茶やお菓子を給仕すること専念して、わたしと同じテーブルには、全くついてくれなかった。




