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「クスリの効果が解けたな。さすがはカミーユだ。」


舞台の袖に控えていたラディスは、口の片端を上げた。


「これも必要なかったかな。まぁ、まだ試作段階だし、使わずに済んでよかった。」


フリッツは、自作の惚れ薬の効果を弱めるカプセルをポケットにしまった。


「さて、そろそろかなぁ。」


フリッツは、大きく伸びをして肩をまわした。



「カミーユ…!」


ルイス王子は、アイリーンの腕を振り払い、カミーユに一直線に走り寄った。


「ルイス様…! 申し訳ありません…わたくしは…」


「わかってる。もう何も言わなくてもいい…」


涙で崩れ落ちそうになるカミーユを、ルイス王子はきつく抱き締めた。せつなげに細められた碧い瞳は、愛おしいカミーユだけを映している。

お互いの気持ちを確認し合うように、いつまでも抱き合う王子とその婚約者に、どこからともなく、客席から拍手が湧き起こった。


「っ、こんな…こんなの認められないわっ!!」


その場の空気を切り裂くように、アイリーンが叫んだ。


「この世界(ゲーム)主人公(ヒロイン)はわたしよっ! 今後、エヴァグリーンを襲う飢饉や、疫病の危機から、この国を救うのは、他でもないアイリーンの『聖なる癒しの魔力』なんだからっ!!」


アイリーンは、カミーユを思いっきり睨んだ。


「あ…」


(そうだった…この国の繁栄ためには、アイリーンの癒しの魔力は欠かせない…)


「…アイリーン嬢、何か勘違いしていないか?」


カミーユを庇うように、ルイス殿下は一歩前に出る。


「ここは、確かに、『乙女ゲーム』と似た世界かもしれないが、主人公を中心に、全てがまわっている訳ではない。起こりうる天災や流行り病に関しては、その実態も大体の見当は付いていて、既に対策済みだ。もっとも、君の話を大いに参考にさせてもらったがね。」


今や、正気に戻ったルイス王子のアイリーンに向けられた視線は、氷のように冷たかった。


「何ですって…?! で、では、ミナ王女の治療はどうなさるおつもりですか? 彼女の病は、わたしにしか治せないのよ!!」


「殿下…!」


カミーユがアイリーンの言葉に動揺して、ルイス王子を不安げに見上げると、王子は安心させるように、カミーユの肩を抱いて微笑む。


「それが、俺にも治せちゃうんだようなぁ。」


遅れながら、桟敷席に座って観劇していたミナ王女を、フリッツが舞台上までエスコートした。


「アイリーン様、あんたの『奇跡の癒し魔法』だっけ? マスターするのにそう時間はかからなかったよ。」


フリッツが、ミナ王女の額に手を翳すと、温かな光が王女を包んだ。


「ご気分はいかがですか?」


フリッツは、王女にひざまづいた。


「まぁ…気分がとても良いです。失礼ながら、さきほどのアイリーン様の治療の時よりも身体が軽いわ。」


「なっ…」


驚愕してアイリーンが一歩後ずさる。


「ロ…ロイド…」


自らの魔法使いに助けを求めたものの、次の瞬間、フローリア邸にいるはずのリードン執事と、縄で捕縛されたロイドの姿を目の当たりにして、アイリーンは、ついに膝から崩れ落ちた。

ルイス王子は、金刺繍の白い靴をカツンと鳴らして、すかさず一歩前に出た。


「アイリーン嬢。君には、リードン執事を人質にカミーユを脅迫した罪に、フローリア邸の魔法使いロイドを使って度々人心を操り、不正に金品を得た疑いが挙がっている。至急、取り調べる。連れていけ!!」


「嘘だわっ!! こんなのあり得ないっ!! この世界はわたしの思い通りになるはずだったのに…!!」


半狂乱で叫ぶアイリーンを、衛兵は容赦なく牢へ引きずって行った。


「加奈倉さん…」


(まさか、ヒロインがこんなことになるなんて…)


「彼女はゲームの通り、優れた魔法使いになる可能性があるが、真の『癒しの魔法』の力を発揮できるかどうかは、今後の彼女の心がけ次第だろう。それだけ魔法とは、それを使う術者の内面を映すものなんだよ。」


そう言って、ルイス王子はカミーユの背中を撫でた。


「それより、カミーユ…。君の情熱的な愛の告白が、幾度も聞けて、私は身体が震えるほどに感動したよ。」


婚礼の衣装のルイス王子は、正面に向き直って、ぐいっとカミーユの腰を引き寄せた。


「あれは…その…つまり…」


(どうしよう…演技とはいえこんなに大勢の前で、言葉やボディタッチを駆使して、何度も王子に大胆に迫ってしまった…急に恥ずかしさが込み上げてくる…)


思い出して真っ赤になるカミーユの頬に、ルイス王子はそのまま、ちゅ、と口づけた。客席からは、興奮気味の歓声が上がった。


「っう…」


「さて、最終幕の続きだよ。さぁ、誓いの言葉を…カミーユ。」


ルイス王子が耳元で甘く囁く。


「はい、えっと…」


口をぱくぱくさせて、固まったままのカミーユに苦笑して、ルイス王子はそのまま、抱き上げた。


「愛してる、カミーユ。」


ルイス王子の碧い瞳は、穏やかな海のように静かで、向けられた笑顔は、包み込むように優しかった。こんなにも柔らかなルイス王子の表情を見たのは、子供の頃以来かもしれない。


「私も愛しています、ルイス様。」


(ようやく…ちゃんと、言えた。)


ゆっくりと誓いの唇が重ねられ、天井からは、色とりどりのフラワーシャワーが降り注ぐ。

客席からは、悲鳴にも近い歓声に、割れんばかりの拍手が沸き起こった。


「皆に、ここで宣言しよう。私の生涯の伴侶は、カミーユ・オッセンただ一人だ!」


「殿下…」


(私は、悪役令嬢なんかじゃなかった。こんなにも愛されて…ルイス様がそれを教えてくれた。)


「ありがとうございます。ルイス様…!」


涙で濡れたルビーの瞳に、ルイス王子は何度も口づけを落とした。


「今度こそ、もう離さない、カミーユ。」


「えぇ、ずっと、ずっとルイス様のお側にいさせて下さい。」


愛を確かめ合うように抱き合う二人に、いつまでも鳴りやまない祝福の鐘は、王都から、やがて国中に響き渡った。

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