表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/55

51

「フリッツ…!」


(さっきのは…夢…)


思わず、大きな声が出たカミーユの口をフリッツが手で塞ぐ。そして、フリッツの背後からは、フローリア邸に捕られているはずのリードン執事がいた。


(と、父さん…!)


「美羽…!」


思わず手を取り合って二人は涙する。


「父さん…無事でよかった…!でも、一体どうしてここに?」


(フローリア邸の魔法使いで、フリッツの父である、ロイドに捕らえられていたはずなのに。)


「あっ…」


フリッツの背後には、縄で縛られたロイドの姿がある。そしてその横には、ラディもいた。


「フリッツから詳しい事情は聞いたよ。カミーユ、これで君は自由だ。」


「ラディ、どうして…」


「僕は、君の涙には弱いんだ。君の憂いを取り除くためなら、どんなことだってできる。」


ラディは、カミーユの髪を撫でて優しく微笑む。


「おいおい、実際に親父を捕らえたのは俺だぞ。」


フリッツが、カミーユとラディの間に割り込む。


「まぁ、俺は、ルイーザ島の留学中に、晴れて親父を凌ぐほどの魔法使いになったってわけだ。」


フリッツは得意そうに笑った。自信に満ちた表情が、以前より大人っぽくみえた。


「…カミーユ、殿下は前世の『乙女ゲーム』のことも既にご存じだよ。」


「えっ?!」


「前々から、アイリーンに定期的に会っていたのも、おそらく、その情報を探るためだろう。もちろん、俺もルイーザ島で捕らえられた時には、殿下の世にも恐ろしい拷問で大分吐かされたけど…あぁ…アレは、今、思い出しただけでもチビりそうだ…」


(そんな、まさか…だって殿下がゲームのことを知っていたなら…)


「殿下は、全てを知った上で、お前との未来を選ぼうとしていたんだよ。」


「う…そ…」


その時、舞台の開演10分前を知らせる鐘が鳴った。


「カミーユ、もうお前は、何に縛られることはない。演じたい役を、演じたいようにやって来いよ!」


フリッツがニッと笑った。


「フリッツ…でも…」


(今さら、もう…殿下は、すっかりアイリーンに陶酔していて、今夜にも、私と婚約破棄するというのに…)


「カミーユ、この世界の主役は、他でもない君だ。全ては君の願った通りになる。本当の望みを思い出してごらん。きっと叶う。」


「ラディ…」


「さぁ、カミーユ…! 大丈夫、僕がここで、ずっと君を見守ってる。」


「ほら、行ってこいよ! いざとなったら、俺が魔法で、今度こそイバロアにかっさらってやるから。」


フリッツとラディスに背中を押されて、カミーユはルイス王子の待つ舞台へと上がった。


◇◇◇


演じるのは、王子様に一目惚れした庶民の娘。


「なんて美しいお方…」


魔女にそそのかされて、『真の運命の乙女』に成り代わって、あの手この手で王子様を誘惑する。


「殿下…どうか、私をずっと、ずっと殿下のお側にいさせて下さい。」


ルイス王子の手を握り、その胸に身を寄せる。台本のセリフは、不思議と、どれも本当に言いたかったものばかりで、自然と胸が熱くなった。


「…あぁ。」


しかし、カミーユの気持ちとは対象的に、ルイス王子の態度は冷たいものだった。

それでも、カミーユは、セリフの一つ一つに心を込めて、ルイス王子への愛をささやいた。


「あなたを、愛しています。たとえニセ者でも、この気持ちに、寸分の偽りもありません。」


最終幕にさしかかった、二人の婚礼を祝うシーンで、自責の念にかられた娘は、自らの正体を明かそうとする。

そのセリフを口にした、カミーユのルビーの瞳から大粒の涙が流れた。


(ルイス殿下…幼い頃からずっと、あなただけを想っていました…自分が悪役令嬢と知ってからも、あなたへの恋心は、ついぞ消えることはなかった。)


「カミ…」


その瞬間、どこか虚ろだったルイス王子の碧い瞳が見開かれ、スラリとした手がカミーユの頬に伸ばされた。


「でん――――」


「騙されてはなりません! その乙女はニセ者です!」


舞台に現れたのは、豪華な花嫁の衣装を身に纏った、『真の運命の乙女』のアイリーンだった。


「どきなさい!」


あっという間に、カミーユは衛兵に取り押さえられ、ルイス王子の隣にはアイリーンが並んでいる。


「殿下! 嫌です。あなたの側を離れたくありません…! もう二度と…」


演技とは思えないカミーユの悲痛な叫びに、ルイス王子の表情が歪んだ。


「っ…」


頭痛がするのか、ルイス王子はこめかみを押さえた。


「殿下?! っ…何をしているの! 早くそのニセ者を連れて行きなさいっ!」


なにかを察知して焦ったアイリーンが、必死の形相で叫ぶ。


「嫌です! ルイス様!!」


思わず、ルイス殿下の名前を口にしたカミーユに、会場はざわざわとなった。


「カミーユ様っ!!」


アイリーンの表情が、ヒロインとは思えないほどの険しいものになった。


「ごめんなさい、加奈倉さん。私やっぱり、殿下が…ルイス様だけは諦められない…!」


「なっ…」


「ルイス様…私は、あなたを愛しています。たとえ『運命の乙女』でなくても、この気持ちは誰にも負けません。幼い頃からずっと、あなただけを想っていました。」


カミーユは真っ直ぐにルイス王子をみつめた。その時、ルイス王子の頭上で、何かが、バンッと弾けるような音がした。


「カミーユ…」


ルイス王子は、まるで夢から冷めたようにハッとした表情で、カミーユだけをみつめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ