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爽やかな晴天の下、ルイス王子とアイリーンの昼食の席に加わった、ラディスとカミーユに学園中の注目が集まっていた。


「ほら、カミーユ、あ~ん。」


「ちょ、ラディ!」


いつものように、ところかまわず恋人のふりをしようとするラディスに、今回ばかりはカミーユは必死になって抵抗する。


「あら、お気になさらないで。仲が良くて羨ましいですね、ルイス様。」


「…あぁ。そうだね。」


「むぐッ…」


(ラディの押しに負けて、またいつものように食べさせられてしまった…。)


「おいしい? ふふ、口元についてるよ、カミーユ。」


ラディスが、カミーユの唇についたクリームを手で拭って、そのままペロリと舐める。


「なっ…ラディ!」


真っ赤に頬を染めるカミーユに、ルイス王子の下瞼がピクリと動く。


「じゃあ、ルイス様にはわたしが食べさせてあげます! はい、あ~ん。」


(それにしても…このサンドイッチ…まさか…!)


パシッ――――――ンッ!!


カミーユは慌てて立ち上がり、サンドイッチをルイス王子の口に運ぶ、アイリーンの手を思いっきり叩く。勢いの反動で、テーブルのサンドイッチが全て芝生の上に落ちてしまった。


(これ、胡椒だわ。ルイス様は重度のアレルギーなのに。アイリーンはこんな初歩的なことも知らないのかしら。いくら前世のゲームにはない情報だからって、お側に仕える身として、信じられない…!)


「何なさるんですか…カミーユ様…」


アイリーンは、ここぞとばかりに目に涙を溜めて、ルイス王子の胸に身を寄せた。


「カミーユ、一体どうしたんだ?」


アイリーンを優しく抱き止めて、ルイス王子はカミーユを責めるような視線を向けた。


「…っ、あまりにも不味くて不味くて! こんなもの殿下のお口に合いませんわ!! アイリーン様、一体あなた今までどんな粗末なものを食べて生きてこられたのかしら。 こんな低レベルな方と同じ学園にいるのが、わたくしは恥ずかしくて仕方ありませんわ!!」


気づいたら、カミーユは乙女ゲームと同じセリフを吐いていた。


「うっ…ひどい…カミーユ様…」


「私の連れに、なんと無礼な。それに、いくら口に合わないからといって、ここまですることはないだろう?」


いよいよ、蔑むようなルイス王子の視線にカミーユの胸はチクリと痛む。それでも、これでよかったと思う。ルイス様が辛い症状に苦しまずに済むのだから。


「これ以上申し上げることはございません。それでは、わたくしはこれで失礼いたします。」


去り際にカミーユは、側に控えていた執事のショーンに、これからは殿下に分からないように、毒味を徹底するように、密かに告げていった。


◇◇◇


同じ日の放課後―――


「カミーユ、文化祭の喫茶店で出すクッキーの試作品をつくったんだけど、食べてみて。」


ラディスは、慣れた手つきで焼きたてのクッキーを皿に盛り付けた。


「うん。ちょっと待ってラディ。すぐ紅茶を淹れるから、今回はマスカットのフレーバーにしてみたの。」


「へぇ、それは楽しみだ。」


「ふふ、今回は自信作よ。」


楽しげな笑い声が響く、イバロア同好会の部室の扉が、勢いよく開け放たれる。


「殿下!」


現れたのは、いくぶん不機嫌そうなルイス王子だった。


「…。」


「…どうなさったのですか?」 


入り口の扉に、無言で立ったままのルイス王子にカミーユが声を掛けた。


「いや、イバロア同好会の顧問のイーリスが、しばらくここには来られないから、様子を見てきて欲しいと頼まれていたんだ。」


「それはそれは…まさか王太子殿下自らがおいでとは。では、こちらの席へどうぞ。もうすぐカミーユの紅茶が入ります。」


ラディスは、笑顔でルイス殿下を案内した。ある程度片付いてはいるものの、半分、倉庫のような狭い部屋に、王太子殿下とその婚約者、今をときめく宰相の息子が並んで座っているのは、随分、不自然な感じがした。


「ど、どうぞ。」


紅茶の良い香りの中、3人にしばしの沈黙が流れる。最初に口を開いたのは、ルイス王子だった。


「…カミーユ。なぜ舞台の稽古に来ない?」


「えっ?!」


「本番まであと一週間もない。」


「ちょ、ちょっとお待ちください! 文化祭の劇のヒロイン役はアイリーン様ではないのですか?!」


カミーユは驚いて思わず立ち上がった。


「アイリーン嬢? まぁ、できれば、ヒロイン役を君と代わってもらいたかったのは事実だが、あいにく彼女は文化祭当日に、ミナ王女の治療の予定が入っている。」


「え?! そんな…」


(嘘でしょ…こんな状況で、ルイス殿下と恋人役なんて演じられる訳がないじゃない。)


「他に代役の者はいないのですか? カミーユは、イバロア同好会の喫茶店が忙しい。」


ラディスが口を開いた。珍しくその言葉には、多少の刺を感じさせた。


「…いない。衣装もすべてカミーユに合わせて作ってある。それに、文化祭と言えど、この舞台には、国王夫妻と各国の来賓も訪れるんだ。穴を空けてもらっては困る。喫茶店は、カミーユと、いつも親しい令嬢たちに手伝いを打診してあるよ。」


「そんな…無理です…」


動揺するカミーユが握るカップが、カチャカチャと音を立てる。


「悪いが、カミーユに拒否権はない。」


ルイス王子は、ルビー色の紅茶を口に含むと、カミーユを映す碧い双眸が、わずかに正気を取り戻したかのように鈍く光った。


「あ、あの、殿下―――」


「あっ、ルイス様! こんなところにいらしたんですね、探しちゃいました!」


ノックもせずに部屋に入ってきたのは、アイリーンだった。急いできたのか、肩で息をしていた。

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