表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/55

44

行方不明だった宰相の実子、ラディス・マロウが戻ったというニュースは、またたく間に学園中に広まった。


「なんで、ラディ様がここに?!」


アイリーンは興奮して、頬がピンク色に上気している。


「加奈倉さん…このノートの計画はどうなるの?」


アイリーンは首を傾けて、少し考えているようだった。


「もちろん、先輩は、このノートのシナリオ通り、悪役令嬢カミーユを演じて下さい。ラディ様は、続編の魔法大学で、アイリーンと同じ研究室に入ってから、恋に落ちるはずなんで…まぁ、今後どうするか考えます。」


アイリーンは、楽しそうに笑う。


「どうするかだなんて…まさか、ゲームみたいに逆ハーレムを目指すなんてことないわよね? ルイス殿下はどうなるの?」


いくら、前世の乙女ゲームの世界だからといって、今ここは、三次元の現実世界だ。王族や、高い爵位の男性たちを、手玉に取るなんて、考えられない。何より、ルイス殿下やラディス様に対してあまりに無礼ではないか。カミーユは、湧き上がるイラ立ちを隠さなかった。


「もちろん、本命はルイス殿下です。あぁ、でも、こうしてみると、ラディ様もステキ…! まぁ、わたしがどちらを選ぼうと、別に先輩には関係ないですよね。イバロアの最北の地で、ささやかなカフェを開くことを、お望みなんですから。さぁ、演じて下さい、悪役令嬢カミーユを。ご自身の夢のために。」


黒い笑みを浮かべたアイリーンは、カミーユの頬に手を滑らせて、片耳のイヤリングをかすめ取った。


「…っ」


「きゃぁぁっ!」


アイリーンは、悲鳴を上げて、自ら廊下の壁に激突する。


「!」


(え? これは…)


「申し訳ありません! カミーユ様!」


(これはまさか…頭の中を、ゲームのカミーユのセリフが駆け巡った…)


アイリーンの大きな声に、辺りの生徒が、ざわざわと二人に注目しだす。その中には、ラディス・マロウもいた。


「…あ、あなたのような下賎なものが、気安く私に話しかけないでちょうだい!」


カミーユはドレスのスカートの裾をつかみながら、シナリオのセリフを口にした。

(いよいよ本番がはじまってしまった…)


「カミーユ様…あの、こちらが落ちていたもので…」


アイリーンが、イヤリングを渡そうと差し出した手を、カミーユは、勢いよく振り払う。


「あなたの手で汚れてしまったから、もう結構よ。そうだわ、よかったら、もう片方のイヤリングも差し上げますわ。ありがたく受け取って?」


そう言って、カミーユは、床にもう片方のイヤリングを落とした。


「まぁ、カミーユ様は、なんてお優しいのかしら。」


「アイリーン様は、金銭的にお困りのようですから。」


「毎日同じドレスだからか、何だか臭いますわね。わたくしが、新しいものをお送りしましょうか?」


カミーユの取り巻きたちが、次々と加勢して、アイリーンを囲む。


「あなたのような、貧乏男爵の娘が王立学園(ここ)にいること自体が間違っているのよ。」


「立場をわきまえなさい。この、カミーユ様のご婚約者のルイス殿下と、度々図書館にいるようですけど、まさか―――」


「イリアーナ様! 殿下は、アイリーン様の魔力の高さに、ご興味をお持ちなだけですわ。誤解を招くような発言は許しませんわよ。」


「申し訳ありません、カミーユ様。」


「けれど、アイリーン様、殿下はお忙しい身ゆえ、あまり時間を拘束しないでいただきたいわ。」


「はい、申し訳ありません。カミーユ様。」


アイリーンは、大きな瞳に涙を滲ませてうなだれた。生徒からは、あちこちで同情の声がささやかれる。


(アイリーンは、やっぱりシナリオ通り、ルイス王子と頻繁に会っているんだ。)

シナリオのセリフを口にしながら、カミーユの胸は痛んだ。


「何をしている?」


「ルイス殿下!」


騒ぎに集まった生徒たちが退いて、自然とできた道から、美しい立ち姿のルイス王子が現れた。


ルイス殿下は、ゆっくりと近づいて来て、カミーユとアイリーンを交互にみた。


「何があった?」


ルイス王子は、アイリーン、ではなくカミーユを見下ろした。


(あれ…次のセリフ…なんだっけ…どうしよう、全然出てこない…え、えーっと…ダメだ…思い出せない…)

助けを求めて、思わずアイリーンをみると、アイリーンは少し口をパクパクさせて何か言っているようだったが、さっぱり分からない。

すると、アイリーンは、舌打ちして、自身の頬を指さした。

(あ、頬をひっぱたけってことかしら…人を叩いたことなんてないけど…よし、ここは、思いきって…)

カミーユは、目をつぶって、手を振り上げた。


ペチッ!


平手打ちにしては、かわいすぎる音が、廊下に響いた。


(い、痛くなかったかしら…加奈倉さん…ていうか、ルイス王子は、こんな近くにいるのに、何でカミーユの手を、止めてくれなかったの…シナリオはどうだったかしら…ダメだ…よく思い出せない…)

ルイス王子は無言のまま、興味深そうにこちらを見つめたままだった。


アイリーンは、一瞬、不満気な表情になったが、すぐに頬に手を当てて大粒の涙を溢した。


「…っ! カミーユ様、申し訳ありませんでしたっ。殿下、カミーユ様は何も悪くありません。全て私が悪いのですっ。」


アイリーンは、震える声でそう言って、泣きながら走り去った。


「…。」


「…殿下。」


「何だ? カミーユ。」


「お、追いかけないのですか?」


「何故?」


「なぜって…」


(やっと、台本を思い出した。『アイリーンは屋上に走り去って、ルイス王子に「もう、二人で会うために図書館には行きません」と告げる。それは許さないと、王子はアイリーンを壁ドンして、「取り消さないと、このままキスしてしまうよ」と、彼女に迫る。ここで、選択肢が登場して、確か、「取り消す」「取り消さない」「無言のまま」だったと思う。結局、どれを選択しても、概ね最後はキスされるという展開だったと思う…。そして、甘いキスで絆されたアイリーンは、殿下への恋心を告白する。とにかく、ここは、最初に、二人がお互いの気持ちを確認する重要な場面だ。)


「殿下! 追いかけて下さい!」


カミーユは、殿下の耳元で必死に訴えた。


「いや、僕は君に話が―――」


「屋上です! 早く!」


カミーユは、強引にルイス王子の背中を押す。

王子は驚いたように目を見開いて、

少し考えるしぐさをしてから、屋上への階段を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ