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校舎裏の小さな畑に、午後の柔らかな日差しが降り注ぐ。


「ごめん…許すも許さないも、僕も、おあいこなんだ。」


「え?」


パドン君が、おもむろに眼鏡を外すと、シルバーホワイトのくせ毛はそのままに、涼しげな目元の、知的な美少年に様変わりした。

顔中のそばかすは消えて、手足はスラリと長く、背丈はカミーユの頭2つ分も高い。


「あ、あなたは…!」


(ラディス・クロウ…! 現宰相の息子で、攻略対象の一人! 確か、正妻の子ではないという理由で、他国で冷遇されているという設定だったような…。うろ覚えなのは、彼が、この乙女ゲームの、続編に登場するはずのキャラクターだったからだ。前世では、その発売を今か今かと楽しみにしていたところで、交通事故に遭ってしまった。)


「僕の本当の名は、ラディス・クロウ。父は、この国の宰相の、ヘイデル・クロウなんだ。」


(やっぱり…! でも、訳が分からない。彼が登場するのは、アイリーンが、王立学園を卒業して、魔法大学へ入学してからのはずなのに…。)


「正妻の子でなかった僕は、幼い頃、イバロアに半ば強制的に送られてね。でも、息子に恵まれなかった父は、今になって、急にこの国に僕を呼び戻したんだ。」


パドン君は、感情のこもらない声で、淡々と話した。


「それにしても、どうして、魔法で姿を変えてたの?」


「僕は、無能なフリをして、早めに父に見限ってもらって、イバロアに帰るつもりだったからね。正体がバレたら、後々めんどうだと思ったんだ。でも…」


「でも?」


パドン君の、灰赤色の瞳にじっと見つめられる。


「カミーユ嬢。僕は、君の隣に立つのに、相応しい男になりたいと思ったんだ。」


「え?」


ポカンとするカミーユの前に、ラディス・クロウはひざまづいて、手の甲に口づけた。


「パ、パドン君、いったい何を…?!」


訳が分からず、動揺するカミーユを、ラディス・クロウは、愛おしげに見つめた。


「あ、あの…」


なかなか、握った手を離してくれないパドン君に、カミーユは腰が引けている。


「ふふっ。これからもよろしくね! カミーユ。僕のことは、ラディと呼んで?」


パドン君…改めラディは、カミーユの腰をグイっと引き寄せて、頬に口づけた。


「なっ」


パドン君…いや、ラディは、悪びれもせず無邪気に微笑んでいる。

(何なの、容姿だけでなく、この激しいキャラチェンジは。パドン君の時の、いつも自信なさげにオドオドしてた態度が嘘みたい。何だか人間不信になりそう…。でも、ここでラディス・クロウが登場するなんて、一体、これからどうなるんだろう。加奈倉さんは、続編のゲームを当然やってるよね…。)


頭を抱えて、ぶつぶつと独り言を言っているカミーユを、ラディスは、しばらく興味深そうに眺めていた。


◇◇◇

(パドン、改め、ラディス視点)


イバロアは、平和で居心地の良い国だった。エヴァグリーンのように、世界有数の大国ではないが、人々の性格は穏やかで、当たり前のように、何でも分かち合う文化が根付いていた。僕は、気の優しい養父母の元で、何不自由なくすくすくと育った。


実母は、僕を産んでまもなく亡くなった。継母は、血の繋がらない息子を疎んじて、僕を国外へ連れ去るように命じた。実の父は、行方不明の息子をずっと探してくれていたようだが、僕は、エヴァグリーンに戻りたいなんて思ったことは一度もなかった。むしろ、天国のようなイバロアに送ってくれた継母に感謝したいくらいだった。


当たり前の日常が、突然奪われたのは、この国の王太子、ルイス・ウェヌス・エヴァグリーンが、イバロアを事実上、制圧した頃だった。戦後処理に訪れていた父に、僕は、偶然見つかってしまった。

父は、泣いていたが、幼い頃の記憶もほとんどない僕は、何の感情も湧いてこなかった。

宰相である父は、若くして本格的に政務を執る、有能なルイス殿下の傍に、将来の側近の候補として、何としても僕を送り込みたかったらしい。王立学園への入学が即時に決められてしまった。

僕は、エヴァグリーン国で、爵位を継いで、宮廷の重臣になる気なんて毛頭なかったし、ただただ、早く帰りたかった。あの、穏やかな時間の流れる、すばらしい国に…。


◇◇◇


「…殿下のご婚約者様が、こんなところに何の用です?」


この国ではじめて心を許せた友人であるアレン・バーデンが、まさか行方不明だった王太子殿下の婚約者のカミーユ・オッセンだったなんて誰が想像できただろう。


「正体を黙っていて、本当にごめんなさい


改めて近くで見ると、何て美しい…燃えるような紅色の髪と、純度の高い宝石のルビーの瞳は、男女問わず、見るものを惹き付けて止まないだろう。


「アレン…いや、カミーユ嬢。何で僕と親しくしたの? からかって楽しんでたの? 冴えない留学生だと憐れんでたの?」


正直に認めてしまうと、男であるアレンに、特別な感情を抱いていたのは事実だった。必死に気持ちを抑えようとしていたのに、突然、こんな…女神のような姿で現れるなんて、反則だ。


「違う! パドン君が、イバロアの私のお店を褒めてくれた時は、本当に嬉しかった。それに、パドン君は、この学園で、はじめてできた友達だから、最後にちゃんと話をしたかった。アレンとして…」


「最後?」


彼女は、僕から離れるつもりだろうか、そんなこと、許さない。


「とにかく、今までありがとう。許してくれるとは思ってないけど、それだけ伝えたかったんだ。」


アレン…いや、カミーユ。僕は決めたんだ。この先も、ずっとずっと君の傍にいることを。あの天国のようなイバロアを捨ててだって、この国に残ることを。君がいるなら、(いばら)の道でも構わない。宮廷の重臣にだって、何だってなってやる。だから、どうか、本当の僕を受け入れて欲しい。

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