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「…っ!」


アレンは、ロイドの転移魔法の衝撃に、床に倒れ込んだ。

恐る恐る顔を上げると、ルイーザ島のセルマ女王と、帰国の支度を整えたルイス王子が向かい合っていた。


「そなたは…!」


セリマ女王が驚いて、手元のセンスで口を覆う。


「…。」


無言でこちらを見下ろす、ルイス王子の碧い瞳は、ゾッとするほど、冷たいものだった。それでも、アレンは、土下座の体勢で、震える声を絞り出した。


「殿下…! フリッツは何の罪もありません! どうか、罰をお与えになるなら私に…!」


しばらくの沈黙の間、周囲の賑やかな声が遠くに聞こえて、ここが、打ち上げパーティーの会場のすぐ近くだとわかった。


「罰か…いいだろう。」


「…っ!」


ルイス殿下に、乱暴に腕を掴まれて、アレンは強制的に立たされた。


「セリマ女王陛下、この素晴らしいルイーザの島を離れる前に、少々この場をお借りしてよろしいでしょうか? 貴国に悪いようにはしません。」


柔らかな王子の物言いの中にも、ただならぬ空気を察した女王は、二つ返事で頷いた。


「来るんだ、カミーユ。」


腕を引っ張られて、ルイス殿下に連れて来られたのは、打ち上げパーティーの大広間の階段上の舞台だった。深夜にも関わらず、まだ、ほとんどの生徒がその場に残っていた。


「きゃぁぁっ、ルイス殿下がまたいらっしゃたわ!」


「こんなにお近くで何度も拝見できるなんて、なんて光栄なのかしら!」


「あぁ、あのお方と一度でもダンスを踊ることができたら、死んでもいいわっ。」


「ちょっと! 抜け駆けはダメよ! ちゃんと順番に並んで…」


急に、色めき立った会場の女子生徒たちに、アレンの存在はみえていないかのようだった。壇上まで、押し寄せる勢いの女子生徒たちを制するように、ルイス王子が口を開く。


「エヴァグリーン国民に先駆けて、みなに、喜ばしい知らせがある。」


そう言ってルイス王子は、アレンの肩を強く抱いた。


「殿下…一体何を…ん…っ!」


そのまま身体ごと引き寄せて、ルイス王子はアレンに口づけを落とした。


(嘘…! まさかこんな…!!)


「きゃぁぁぁぁっ!!」


「いやぁぁぁぁぁっ!!」


女子生徒たちの悲鳴に近い叫び声と、同時に、男子生徒も驚愕の声を挙げる。


「あっ、あれは、アレン・バーデンかっ?!」


「な、なんで、あいつがルイス殿下と…!」


「まさか、殿下が男色だったなんて…ん? あれは…」


みるみる内に、アレンの黒髪のショートカットが、鮮やかな紅色の波打つロングヘアへと変貌する。

少しつり上がった、意思の強そうな瞳がルビー色に変わると同時に、ルイス王子の魔法で、男物の制服は、美しいアクアマリンのドレスへと様変わりした。


「何が起こったんだ?!」


「あの、見事な紅色の髪は…」


「まさか…」


会場は混乱しざわめきは、最高潮に達したが、構わずルイス王子は、数多の女性を虜にした麗しの王子様フェイスで、堂々と微笑む。


「私の婚約者であり、未来のエヴァグリーン国の王妃、カミーユ・オッセンが、無事に戻ったことを、国内外に宣言する。」


「あ…」


王子はそう言って、もう一度カミーユの頬に口づけた。しかしそれは、王子の、にこやかな表面上の様子からは想像できないような、まるで石に触れているかのような、冷たいキスだった。


(もう…逃げられない…)


カミーユは、ルイス王子の発光するような、恐ろしいくらい、美しい碧い瞳と目が合った瞬間、本能で悟った。


歓喜と悲鳴が入り混じる会場で、カミーユは、ただ、ゲームのシナリオ通りに生きるしかない自分の運命を呪った。


◇◇◇


ルイーザ島への修学旅行から、三ヶ月が経った。


カミーユは、王妃教育に専念するためという理由で、学園を一時休学し、ルイス王子の命で、王城に軟禁状態にされた。


フリッツは、まもなく牢獄からは解放され、そのままルイーザに島に、留学生という形で残った。ただし、三年間は島から出ることを禁じられている。


アイリーンからは、早く王立学園に戻るようにと、矢のような催促の手紙が届いたけれど、そもそも、その決定権を持つ、ルイス王子とは修学旅行以来、会えていないので、どうしようもなかった。


「カミーユお嬢様、お疲れでしょう、中庭にお茶の用意をしてありますから。」


「マリー、ありがとう。」


ほとんど室内に籠りきりで、王妃教育を受けているカミーユにとって、王城の中庭は、外の空気を吸うことのできる唯一の場所だった。


「ルイス殿下から、お嬢様のお好きなバラの花束が届いておりますよ!」


「そう…」


マリーが抱える大きな花束を、カミーユは受け取らずに、ぼんやりと横目で見た。


「お嬢様、殿下はお忙しいようですが、常にお嬢様のご様子を気にかけられておいでですし…」


三ヶ月間、カミーユの前にいっこうに姿を見せないルイス王子に、マリーもさすがに気を揉んでいた。


「マリー、分かっているわ。いいのよ。」


一目でもお会いしたいなんて、思ってはいけない。そんな資格は自分にはないことは、よく分かっている。


(私は、殿下を、深く傷つけてしまった…。あの、フリッツの魔方陣の中で、『行かせて下さい』とルイス王子に言った時の、傷ついた顔が今でも頭から離れない。)


プロポーズを受けて、数日と経たない内に、国外へ逃げ出そうとしたのだ。何らかの刑に処されても不思議ではない。でも、ルイス殿下はそうはしなかった。

ただ、感情のこもらない声で、しばらく休学して、王妃教育を受けるようにとだけ、命じて去っていった。


(まるで、氷の王子様…)


最後にみたルイス王子の表情は、前世の乙女ゲームでよく知った、それに酷似していた。いっそ怒りを露にしてくれた方が、どれほど気が楽だったことだろう。

それとも、ゲームの強制力で、やっとスタートラインに戻って、アイリーンが、これから、王子様の氷の心を溶かすんだろううか…。


「カミーユ」


「ルイス殿下…!」


中庭の薔薇のアーチから現れたのは、アイリーン邸の魔法使い、ロイド・オーベルを伴った、ルイス王太子殿下だった。

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