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暗闇の中、全速力で疾走する馬車はカモフラージュのためとは言え、壊れてしまいそうなほど簡素な造りだった。


「父さん…」


車輪がガタガタと音を立てて、ともすれば外れてしまいそうだ。


「大丈夫、この森を抜けたら国境の町に着く。そこまで行けば、まず追っ手がくることはない。」


カミーユを安心されるように、元執事リードンは、カミーユの小さな手に自身のそれを重ねようとした。


「…これは?」


リードンは、暗闇にうっすらと赤く光る指輪を指した。


「ルイス王子のからの贈り物なの。屋敷に置いていこうかと思ったんだけど、どうしても外れなくて。指がむくんでキツくなったのかしら…」


「どれ、父さんが外してやろう…っ!」


リードンが指輪に触れた瞬間、強い静電気が走る。


「だいじょうぶ?」


「いや、大丈夫だ。それより、早く指輪を外さないと…っつう!!」


バチッという音を立てて、指輪はもう一度触れようとしたリードンを拒む。


「父さん、静電気?」


眉をひそめたリードンは、今度は手元のポケットからハンカチと取り出し、グルグルとカミーユの左手に巻き付けた。


「…うん。とにかく、それは絶対に人目に触れないようにしないと。町に着いたら、信頼できる職人を探して外してもらおう。」


「うん、ごめんね。父さん。」


ただでさえ危ない橋を渡っているのに。指がむくんで指輪が外せないなんて、何だか情けなくなってきた。


馬車が国の最北の、目的の町に着いたのは、ちょうど空が白みはじめた頃だった。


◇◇◇


6年後――――――――


「いらっしゃいませ!」


国境を越えてすぐの、小さな田舎町で、父と開いた小さな喫茶店は、そこそこの繁盛店になった。


「アレン、シナモンの紅茶を二つ。」


「かしこまりましたっ。」


父の強い言い付けによって、この町に来てから、カミーユは男として過ごしていた。偽名は、アレン・バーデン。髪はショートカットで黒く染め、瞳の赤色を隠すために、分厚い眼鏡をかけている。


「アレン、その手はどうしたんだ?」


手の甲まである、カミーユの左手の包帯が長袖から覗く。


「あ、これは幼いころに火傷した跡が残ってしまって。」


結局、いろいろな手段を講じても、ルイス王子にもらった指輪は外れなかった。成長したら指を切り落とさなければならないかもしれないと、毎日恐怖にかられていたが、指輪はカミーユの成長に合わせて、ピッタリとしたサイズに変化していった。


「そうか、隠さなければならないほどひどい跡なのか…かわいそうに。」


常連客の男が、何の疑いもなく同情の視線を向ける。


「でも、日常生活には支障ありませんから。」


袖から覗く包帯を隠しながら、微笑んで返すと、カウンター越しから父がカミーユを呼ぶ声がする。


「アレン、サンドイッチを2つ、隣に届けてくれ。」


「はーい、マスター。」


サンドイッチを受け取りに、一旦厨房に戻ると、父は厳しい表情で言った。


「ダメじゃないか、カミーユ。接客する時は、白手袋をはめるように言っただろう?」


「ごめんなさい、父さん。でも、包帯だってちゃんと巻いてるし、心配しすぎだよ。」


実際、こんな田舎町に、自分たちを知る人物が訪れるなんて、考えられない。前世でプレイしていたゲームにだって、町の名前すら一ミリも登場してなかったし…。正直、窮屈な男装だってもうそろそろ止めたいと思っていたくらいだ。


「何を言ってるんだ。毎日のことなんだから気を抜かずに用心しなさい。さっ、ここはいいから、隣で休憩してきなさい。」


「わかりました。」


カミーユは、納得できない表情のまま、芳ばしい焼き目のついた、できたてのサンドイッチを、バスケットに詰めてすぐ隣の家へ向かった。


「フリッツ、サンドイッチを届けにきたよー!」


フィリッツはカミーユと同い年で、濃紺の髪と瞳を持つ、端正な顔立ちの青年だ。隣のオベール家は、小さな町の唯一の時計屋さん。

今、フリッツは、拡大鏡を片目にはめて、懐中時計の修理をしている。


「あぁ、ありがとうアレン、そこに置いておいてくれ。」


「え~、一旦休憩しようよ。私もお昼にするから。」


カミーユはサンドイッチをテーブルに置いて、紅茶用のお湯を沸かす。


「…アレン、口調が女に戻ってる。」


フリッツはそう言って、無表情のままテーブルに腰を下ろした。フィリッツとその父親のロイドさんにだけは、訳あって身を隠して生活していることを告げてある。

用心深い父には珍しく、人の良いオベール親子を信頼してのことだ。


「ロイドおじさんは?」


「今は、となり町に煙突の修理に行ってる。」


フィリッツは、紅茶に口をつけて、疲れた目をしぱしぱした。長い睫毛と整った顔立ちは、ゲームの攻略対象であっても、何らおかしくないとカミーユは思った。


「それにしても、時計屋なのに、何でも屋さんみたいね。」


オベール家の狭い仕事場には、時計だけでなく、壊れたお鍋やお皿、包丁などの調理器具の他、なぜか傷ついたフクロウや猫までいる。


「ふふ、でも、フィリッツは全部治しちゃうのよね。まるで魔法使いみたい。」


フィリッツは、何も応えずにサンドイッチを黙々と食べている。


「…アレン。生え際が、赤色になってる。食べ終えたら染め直そう。」


「あっ、気が付かなかった。ありがとう、フリッツ。」


詳しい事情は話してはいないが、フリッツは、カミーユが必要以上に外部と接触しないように、常に気を配ってくれていた。


「じゃあ、そこに座って。」


フリッツは部屋の鍵を掛けて、カミーユの髪染め用に、特別に調合した植物の瓶を取り出した。


「いつもありがとう、フリッツ。」


カミーユたちをかくまっても、オベール家には何の得にもならないし、もしかしたら犯罪者の可能性だってある自分たちに、こんなに協力してくれるオベール家には頭が上がらない。

眼鏡を外して、しみじみとフリッツを見上げながら感謝を伝えると、フリッツは、ふいっと目線を逸らしてしまった。


「…いや。お前とはくされ縁だしな。」


フリッツは、素っ気なくそう言って、黙々と作業を始める。元々口数は多くない方だか、最近は無愛想な時が多くなったように感じる。ちょっと寂しい。


「…っ」


「痛いか?」


髪染めは、わりと強力な薬剤も使っているため、たまに頭皮がチクチクする時がある。


「ううん、大丈夫。」


「すまん。別の液体も使おう。」


フリッツは、棚の奥から、綺麗な色ガラスの小瓶を取り出した。


「えっ? いいよ。それすごく高価な薬でしょ?」


「構わない。」


フリッツは、甘い花の香りのするそれを、慎重に優しく、髪に揉み込んでくれた。マッサージを受けているようでとても心地よい。


フリッツと過ごす時間は、男の振りをしなくて済む、素の自分に戻れるカミーユにとって貴重な時間になっていた。

きっと、このまま穏やかで平和な時が過ごせるだろうと、この時のカミーユは信じて疑わなかった。

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