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「なんて美しい声かしら…」


会場の人々は、うっとりとアイリーンの美声に酔いしれる。


悪役令嬢のカミーユが不在でも、本来、カミーユの取り巻きの一人だったイリアーナ嬢が、アイリーンにことあるごとに辛く当たっているようだ。今回の、無茶振りからのヒロイン歌声披露のイベントも滞りなく発生した。

ステージ上には、輝くピンクブロンドに、涙で潤むこぼれ落ちそうなチェリーブラウンの瞳を持つ絶対的主人公(ヒロイン)。リップを付けていなくても艶めく桜色の唇を震わせて響く、澄んだ歌声はこの世のものとは思えないほど清廉で美しい。

今は、後ろ姿しかみえないが、ルイス王子も、きっとアイリーンに釘付けなっているに違いない。


(あぁ…加奈倉さん(アイリーン)が羨ましくてたまらない。王子様の隣に並ぶのに相応しい、生まれながらの主人公…。カミーユは、幼い頃から、きっと出逢った時からルイス王子が好きだった。ゲーム補正であれ何であれ、ルイス様が大好きだった。正直、たとえ悪役だっととしても、ずっと傍にいたかった。最悪、処刑されたとしても、最後まで彼の隣でこの生を全うしたい…我ながら信じられないが、そんな暗く危うい情動さえも熾火のように心の奥底くすぶっているのも事実だった。)


「アレン、顔色が少し悪いけど、どうかした?」


パドン君が心配して、小さく声を掛けてくれた。


「パドン君、大丈夫。…アイリーン様は本当にすごいね。歌声にも、特別な癒しの魔法がこもってる。僕は、魔力も低いし、あんまり取り柄がないから羨ましいな。」


アレンが悲しげにそう言うと、パドン君は驚いて目を見張った。


「アレン…本気で言ってるの? 僕は、彼女の歌声より、君の紅茶の方が何十倍も癒されるよ。」


彼には珍しく、少し怒ったような口調で言った。


「あは…ありがとう。お世辞でも嬉しいよ。」


「アレン…」


無理に笑顔を作ったアレンをじっと見た後、パドン君は、しばらく黙ったままだった。


アイリーンの歌が終わり、間もなく会場は、大きな拍手に包まれる。

興奮冷めやらぬ中、ルイーザ島のセリマ女王陛下が、ゆっくりと口を開いた。


「本当に美しい歌声でしたわ。他の生徒のみなさんもたくさんのギフトをありがとう。お陰で、かけがえのない素晴らしい時間を過ごすことができました。もうそろそろ晩餐の宴もおしまいの時間ですが―――」


「お待ちください!」


会場に響いた、気持ちの良いくらいクリアな青年の声の主はパドン君だった。


「最後に、紅茶をお淹れいたしましょう。」


「パ、パドン君?!」


思わずアレンが声を上げる。


「少しお時間をいただきますが、お許しいただけますでしょうか? 女王陛下。」


パドン君は、セリマ女王の近くまで歩みより、胸に手を当てて、優雅に跪く。


「…もちろんよ。楽しみだわ。」


女王は優しく微笑んだ。


「ありがとうございます! 行こう、アレン!」


「えっ」


パドン君に手を引かれて、会場の裏に強制的に連れて行かれる。慌てて席を立って追ってくるフリッツの靴音が聞こえた。貴賓席の方から、背中に強い視線を感じたのは、気のせいだったろうか。


◇◇◇


会場の近くの広い厨房の一角に、イバロア同好会の三人がいた。


「ちょっとパドン君、どういうつもり?!」


「ごめん、アレン…みんなに君の素晴らしさを知ってほしくて、気づいたら口が勝手に動いていたんだ。って、あれ? フリッツ君、珍しいですね。」


「あぁ、俺も同好会の会員だからな。で、どうするんだアレン?」


「…言ってしまったからには、もちろんやるよ。」


ため息を吐きながら、無意識にアレンは腕まくりした。


「でもどうしよう…会場には、100人以上いるから、茶葉はともかく…とても人手が足りないよ。」


「えっ? 全員に淹れるつもりだったの? 僕は貴賓席の人たちだけのつもりだったけど。」


パドン君が驚いて声を上げる。


「え? そんなこと考えもしなかった…」


「ハハッ、お前らしいな。」


フリッツが声を上げて笑った。


「どうする? できることは魔法でサポートしてやる。」


(新しいお店のために持ってきた分で、茶葉は十分足りるが…以前の店でもこんな大人数相手にしたことがない。)


「…。」


(でも、やっぱり淹れるからには、全員に味わってもらいたい。同じ空間で同じ時間を過ごすということは、奇跡にも近い特別なことだから。)


「話は聞かせてもらいました。茶器を借りてきましたよ。」


「イーリス先生!」


「僕も手伝わせもらおう。」


「ヴォルテ様!」


「ぜひ、わたくし達も~。」


「み、みんな…」


妖艶な美貌のイーリス先生と、爽やかイケメンのヴォルテ様についてきたファンの女子生徒たちも大勢集まってくる。そのなかには、引きつった笑顔のアイリーンまでいた。


「では、よろしくお願いします! フリッツ、ティーカップを魔法で温められる? パドン君は沢の水でお湯を沸かして。ヴォルテ様と女子生徒の皆さんは、各テーブルに注文を取って下さい、メニューは三種類にします。アレルギーや苦手なものがないか確認も忘れないようにして下さい。」


(最後だもの…もう二度と会うことのない人たちに、感謝を込めて紅茶を淹れよう。もちろん…ルイス様にも…)

にわかに慌ただしくなる厨房に、アレンは思いの外、静かな心でティーポットを手にした。

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