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ルイーザ島の歴史は古く、元々エヴァグリーン国のウェヌス王家の始祖も、この島の出生と言われている。
古代魔法の研究が盛んで、優れた術者を多く輩出しており、世界中の魔法使いの聖地のような場所になっている。
ちなみに、この世界では魔力の効きやすい土地というものがあり、ルイーザ島は、その点では世界一とも言われている。
だから、フリッツは、アレンを逃がすための転移魔法を発動させる場所として、この地を選んだ。
修学旅行では、ルイーザ島の遺跡や名所をひととおり観光することに加えて、魔法の講義や課外授業などもあり、毎日がなかなか忙しかった。
そして、明日は、いよいよこの国から逃亡する日だ。
「アレン、明日は夜12:00にイデア神殿の裏に来てくれ。」
晩餐の席に向かう廊下で、すれ違いざまに、フリッツはアレンに小声で囁いて行った。ルイーザ島に来てから、フリッツに会うのは、実は初めてだった。
必要以上の接触を避けていたことに加えて、成績優秀なフリッツは、別棟で魔法の特別授業を受けていたからだ。
久しぶりにみるフリッツは、いつもの制服姿ではなく、いかにも魔法使いらしい銀色のローブを身に纏っていた。まだ幼さがわずかに残っていた顔が、心なしか男らしく精悍になったような気がする。彼の真剣な濃紺の瞳からは、決意のような気迫すら感じられた。
(フリッツ…)
これからカミーユたちが行おうとしていることは、ルイス殿下はじめ王家への反逆、国家を冒涜する大罪だ。
(わたしも、改めて覚悟を決めなくちゃ…)
アレンは、ローブ姿のフリッツの背中を見送りながら、大きく深呼吸した。
◇◇◇
今日の晩餐では、王立学園の生徒たちが、ルイーザ島でお世話になった人たちに感謝の意をあらわす催しがある。
参加するのは一部の選ばれた生徒たちだけで、具体的には、学んだ魔法でイリュージョンを披露したり、エヴァグリーン国のお菓子を振る舞ったり、音楽を演奏したりする。アイリーンが、悪役令嬢のカミーユに無茶振りされて、美しい歌声を披露するのも、ゲームでは、ここでのはずなのだが…。
「アレ~ン!」
後ろから、上機嫌のアイリーンがやってくる。アイリーンは、例のヴォルテ様のエスコートを受けている。
「先に会場に行っていて下さい、ヴォルテ様。」
「けど…」
「大丈夫です。少し彼に話があるんです。」
「…わかった、アイリーン。」
ヴォルテ様は、アイリーンの腰にまわしていた手を、しぶしぶ離す。彼の熱に浮かされたような瞳は、完全にアイリーンに向けられている。
(加奈倉さん…もうヴォルテ様を攻略してしまうなんて…)
「アイリーン様、あの…」
「言いたいことは分かります。大丈夫、ヴォルテ様はただの当て馬ですから。私は、あくまでルイス殿下との、スペシャル・リアル・ラブエンドしか考えていません。これから、ゲーム通り…いえ、先輩の見たことのないそれ以上のシナリオが見られますよ。その証拠に、ほら…!」
アイリーンは、嬉々として会場の一角を指差す。
「えっ」
―――――――ルイス殿下!!
そこには、ルイーザ島の来賓と和やかに挨拶を交わす、ルイス王子の姿があった。
(どうして…ここにルイス王子が…?!)
「ふふっ、本来ルイーザ島では、攻略対象の中でも、ヴォルテ様かイーリス様しか登場しないはずですけど、スペシャル・リアル・ラブエンドでは、晩餐の席からルイス王子が現れるんです。あぁ、わかっていても嬉しすぎますっ。やっぱりルイス様は一番かっこいいわぁ!」
(そんな…明日国外逃亡する計画なのに…ルイス王子がここに現れるなんて…)
ふと、会場にいたルイス王子がこちらを見つけて、眦を細めた。
「きゃっ、ルイス様がわたしを見て微笑んで下さったわ。あのクールな面立ちからの、甘い表情がたまらないのよねぇ。アレンも、最後に生で見れてよかったわね。好感度MAXまで進めた私に感謝して下さいよ? それにしても、こんなに離れていても見つけて下さるなんて感激だわ。」
「加奈倉さん…ん?」
ふと、左胸のポケットに違和感を感じて手を当てると小さな封書が入っていた。
(魔法かしら…?)
アレンは会場に背を向けて、手紙を開いた。
『愛する私の姫君へ
明日、夜12:00に、別邸のアテナの温室に来てくれ。君に見せたいものがある。青い蝶のブローチで中に入れる。 ルイス』
(ルイス様…これは…青い蝶のブローチって…)
「あっ」
背後に殺気にも似た気配を感じると同時に、アイリーンに瞬時に手紙を奪われた。
「まぁ、ルイス様ってば、アイリーンに宛てた手紙を間違ってアレンに贈ったのね。」
「え?」
「だってそうでしょ? 青いブローチは私が持っているんだもの。ルイス殿下もそのことは承知してるんだから。それに、殿下は今、アイリーンに対して好感度MAXですから。ルイーザ島でのイベントがアテナの温室であるんですよ。」
「あ…」
カミーユの胸がズキリと痛む。
(やっぱり、ルイス様はアイリーンのことが…。だったら何故あんな情熱的なプロポーズをしたというの?この期に及んでアイリーンへの恋心を自覚していないとでも言うの? それにしても、アレンを前にして、アイリーンにこんな手紙を堂々と贈るなんてヒドすぎる…!)
カミーユは、呼吸を乱すほどの嫉妬心に飲み込まれそうになった。
(いけない…! このままでは、本当にシナリオ通りアイリーンに辛く当たってしまう…!)
「そうよね。それじゃあね。」
アイリーンを見ないようにして、アレンはさっさと会場へ入ろうとする。
「待って下さい、先輩! 明日はアテナの温室でルイス王子とアイリーンは初キスする予定なんです。一年に一度しか咲かないマゼンタ色のバラに囲まれながら…。本当にロマンチックですよねぇ。『王宮ロマンス』ファンの先輩にも見せたかったな~。あ、よかったら最後に見ていったらどうですか?」
「…残念だけど、明日は同じ時刻に、フリッツへ国外へ転送してもらう予定なの。じゃあね。」
これ以上、アイリーンと会話したくない。アレンは、ズキズキと痛む心臓を押さえて、やっとのことで晩餐の席についた。




