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(カミーユ視点)


(ルイス王子のキス魔っぷりを、甘くみていた…。二人きりで過ごすのは最後と思って気を許した途端に、まさかこんなに迫ってくるとは…。)


残念ながら、前世の田宮美羽は男性経験がなかった。高校生の頃、2ヵ月だけ付き合った彼と、キスくらいはしたことがあったけれど、あんな…いわゆるディープなキスは初めてだった。


(あのルイス殿下が…さっきは完璧に狼の目をしていた。それは、前世のゲームキャラ設定でも考えられないような表情だった。ゲームでは、氷の王子様の異名通り、基本的にクールな表情を崩さない。ヒロインのアイリーンと想いが通じあった後も、それは同じで、その中でもたまに見せるデレとのギャップが堪らなかった。ただ、ルイス様の甘い笑みも、優しいエスコートも、それはあくまでも、紳士的な王子様の域を超えなかったはずなのに…。

とにかくこのままではヤバイ…文字通り、心身共に…。今日くらいは、カミーユのルイス王子への恋心に素直に過ごそうと思っていたけれど、一時中断することが賢明だと判断した。)

という訳で、ルイス王子とは、馬車の中では、30センチ以上の距離を置いて座ることにした。


「カミーユ。」


「ひっ、は、はい…。」


(しまった…あからさまに警戒したような固い声になってしまった。)


「着いたよ。」


王子様の声はあくまで柔らかく、優しい雰囲気に戻っていた。


「わぁ…」


開かれた馬車のドアから覗いた風景には、見覚えがあった。ここは、カミーユが9歳頃、小さなルイス王子にプロポーズされた場所だった。

王都の街が見渡せる高台の丘には、満開の花々が咲き誇っている。


「どうぞ、僕のお姫様。」


馬車のステップを降りるカミーユに、ルイス王子は優雅に手を差し出した。振るまいや仕草が、紳士的な王子様に戻っている気がしたので、カミーユは、おずおずと手をのせる。


「カミーユ、こっちに来て。」


「あっ」


そのまま、ぎゅっ、と手を握られて花畑の小道を歩く。急くような足取りは、少し強引だったけれど、ふと、振り返ったルイス王子の笑顔が甘く、とても嬉しそうだったので、カミーユは何も言えなくなってしまう。

立ち止まったのは、丘の中央の見晴らしの良い場所だった。可愛らしいアンティークベンチも当時のままだ。

淡いパステル色の蝶が飛び交い、花々の香りはほんのりと甘い。高台のせいか、青い空がいつもより近くに感じ、小鳥の声も鈴を転がしたように瑞々しい。まるで時を止めた天国のような情景は、当時と何も変わっていなかった。


「座って、カミーユ。」


王子は、魔法でベンチに銀の敷布を敷いてくれた。


「僕は、ここで君と過ごす時間が好きだった。」


「ええ…」


(私もです…とカミーユが心の中で呟く)


「ここでは、色々なことを話したね。政治や思想ことから、家族や側仕えの人たちこと…日常のたわいのない話までね。」


「えぇ…好きな小説や、街で流行りの歌、美味しかったお菓子に…」


幼い頃のカミーユの記憶が、どんどん蘇る。あの頃はルイス王子の傍にいられることが、何よりの幸せだった。難しい話も多かったが、何とか王子の話す内容を理解しようと必死で勉強していた。


「ここで、カミーユに指輪を贈ってプロポーズした時、君は宝石のルビーを見てゼリーみたいっていってたね。」


ルイス王子は、からかうような口調でくすくすと笑った。


「まぁ、覚えてませんわ。」


(本当は覚えているのだけど…あまりに子供だった自分が恥ずかしい。)


「本当にかわいかった。」


そう言って、王子は愛おしげな瞳で、紅色の髪をそっと撫でるから、何だかこそばゆい。


「そう、ルイス様の苦手な演説の練習も、ここでしましたね。」


王子に見つめられ、優しく触れられて、カミーユは胸がドキドキしてきたので、ちょっと意地悪のつもりで、完璧な王子様の過去の弱点を突いてみた。

もともと表情が固く、大袈裟に何かを演じることが苦手な王子は、表舞台に立つことを極力避けたがった。しかし、いずれは国王になる立場のものが、優れた言動で人心を掌握するのは避けて通れない道だった。


「…まだ自信がない。カミーユが特訓してくれるだろう?」


王子は甘えるようにカミーユの肩にもたれかかった。

(うっ、ルイス王子の甘えバージョンのデレはダメッ! 上目遣いに、萌え死にしそう…)


「またまた…王立学園の入学式のスピーチは完璧、いえ、完璧以上だったではないですか。」


実際、ルイス王子が壇上に立った時点で、その場の空気が一変して、全校生徒の目が釘付けになった。洗練された流麗な言葉と動作には思わず見惚れてしまった。

(無理もないわ、ルイス王子は、王立学園どころか、世界中の国々を、自らの外交の力で動かすほどの実力があるんだから…)


「ルイス様に、わたくしは…もう必要ありません。」


もちろん、演説に関してのことを言ったつもりだけれど、口に出してしまってから、どうしようもない虚無感に襲われた。

それも束の間、次の瞬間、ぎゅ、とルイス殿下の腕に閉じ込められる。


「冗談でもそんなこと言わないで。カミーユ、僕はね、君がいるから…僕でいられる。カミーユの前では、何のフィルターもない真実の自分に戻れるんだ。君がいるなら…カミーユが傍にいるなら、僕は、大国の有能な王太子でも、歴史に名を残す偉大な賢王でも、何だって演じてやる。だから、改めて言わせてくれ、僕と、結婚して欲しい。」


ルイス王子は、カミーユの手を取って跪く。


(ルイス様…!)


カミーユのルビーの瞳から、大粒の涙がこぼれ出す。


「…カミーユ?」


ルイス王子は、碧い瞳を瞬かせた。


「す、すみません。驚いてしまって…」


(嬉しい…それがカミーユの素直な気持ちだった。 嬉しい、けれど…いずれ国王になるルイス様の隣にいるのは、アイリーンが相応しい。いや、アイリーンでなければならない。)


それは、今後のシナリオの展開からしても明らかだった。


「…紅茶をお淹れしてもよろしいですか?」


カミーユはプロポーズの返事はしないまま、涙を拭いながらルイス王子に背を向けた。

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