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(ルイス王子視点)
ドレスルームの、カミーユの美しさに、息を呑む。そして、彼女が身につけた胸元の飾りに、心が歓喜に湧いた。
「あぁ、カミーユ、僕の女神。君が美しすぎて、息が止まりそうだ。」
「殿下…」
彼女に触れたくて、そっと肩を抱く。
(本当は抱き締めたいくらいなのだが…。)
いつもなら、やんわりと手を振り払われるが、今日の彼女はやけに大人しい。
(…? 今日は、カミーユが私から逃げない…のか?)
そのまま、彼女の顔を覗き込むと、頬をピンク色に染めて、微笑すら浮かべている。
(なんだこれは…可愛すぎて…今日はどうしたんだ…)
いつもと違うペースに、いたずらに、こちらの胸まで高鳴って、顔に熱が上るのが分かる。
「あの、このネックレスは、何かの間違いですよね。」
彼女は、大きな鏡越しにこちらをみて、小さな声で呟いた。
「どうして?」
無意識に、声が冷たくなってしまった。
(彼女の言わんとしていることは、すぐ察しがついた。紫は王族の宝飾品の色、それを身に付けることに戸惑っているのだろう。)
「あの、お石の色が違うようなので…ですからこれはお返しを――」
ネックレスを外そうと、首の裏にまわるカミーユの手を止める。
(あえて、私の前で身につけて、王妃になる決心をみせてくれたとも期待したのに…概ね、侍女のマリーの仕業だろうか。)
「いいや、何も間違ってはいない。これは確かに、私が君に贈ったものだ。未来の王妃にね。」
「殿下…」
外れかけた留め金を、丁寧に戻して、彼女の首筋ごと口づけた。
「ひゃっ」
可愛い声と同時に、カミーユの小さな肩が跳ねる。
(何から何まで、いちいち可愛いな…今日はもう少し…触れてもいいだろうか…)
そのまま腰に手を廻して、輝く宝石ごとカミーユの胸元に口づけると、
陶器のように滑らかな白い肌がサァッとピンク色の染まった。
「でん…でん…で…ん…」
誤作動のように、繰り返したカミーユの顔を見上げると、口をパクパクとさせて真っ赤になり、今にも倒れそうになってしまった。
(逃げないのをいいことに、やりすぎたか…。でも、カミーユの異性に免疫がないこんな姿も愛おしい。まぁ、恋人らしい触れ合いにも、だんだんと慣らしていけばいい。今日はひとまず、彼女が嫌がっていないのが、嬉しい。)
「これは、外してはいけないよ。今日はこのままデートしよう。君と行きたいところがあるんだ。」
人目があるため、いつもは室内や、せいぜい王宮の中庭で散歩するくらいだったが、今日は外に彼女を連れ出したかった。
◇◇◇
移動中の馬車でも、カミーユは、自分からピッタリと、私に寄り添って座ってくれた。肩を抱いても嫌がらないどころか、自然とそのまま、軽くもたれかかってくれる。
(本当に…今日はどうしたんだ…嬉しい気持ちと同時に、訳もなく不安が込み上げた。)
「カミーユ…。」
彼女の美しい、真紅の髪をすいて顔を覗くと、カミーユは天使のような笑顔をみせてくれた。
(堪らない…幸せだ…)
「んっ。」
少し腰が引けつつも、彼女はキスをすんなり受け入れてくれた。口づけが、いつもより甘い。
「ルイス、と、呼んでくれないか? 昔のように…お願いだ、カミーユ。」
耳元で囁けば、彼女は陶然とした表情でうわ言のように小さく呟く。
「ルイス…様…」
「…っ」
(無理だ…これはわざとなのか?…馬車の密室も手伝って、どんどん理性が利かなくなる。)
吐息ごとカミーユの唇を吸い、腰を抱き寄せ、執拗に彼女の輪郭を撫でまわす。すると…
(彼女の腕が、躊躇いがちに私の背中にまわって…信じられない…!!)
「…。」
(唾を飲み込み、喉を鳴らした音が、我ながら獣のようだ。)
「殿下?…ふっ」
自身の片方の手袋を外して、カミーユの赤い唇を、親指で愛おしげになぶる。
「殿下じゃないだろう…? カミーユ、ほら、舌を出してごらん? お仕置きだよ。」
「えっ…何を…そんな…」
真っ赤になって、うつむこうとする彼女の小さな顎を、すかざず掬いとる。
「うぁ…でん…じゃなくて…ルイ…ス…様…お許しを…」
至近距離に引き寄せた、カミーユの泣き出しそうな顔に煽られたのは、はち切れそうな恋心と、自制の効かない独占欲とわずかな嗜虐心…。
(こんな表情、他の男には見せられない。もちろん、あのいつも学園でカミーユの隣にいる目障りな男にも…。)
「許さない。」
「ひっ…ふぁっ…」
(屋上で、フリッツと笑っていたカミーユの笑顔は、私の知らないくらい無邪気な表情だった。まるで、幼い頃の彼女のような。あの男は、カミーユがこの国を去ってからの6年間を…私の知らないカミーユを知っている。)
彼女との空白の時間を埋めるように…私こそが君を一番愛しているのだと…言葉では伝わりきれない想いを分かって欲しくて、彼女の小さな口内を丹念に、激しく愛撫していく。
「…っふ…はっ…でんっ…くるし…」
「ふっ…カミーユ…鼻で息をするんだ…ん…カミーユ…」
もはや、しがみつく形になっていた、カミーユの腕の力がどんどん抜けていく。
「…カミーユっ?!」
ぐったりと、酸欠寸前になってしまった愛する姫君を、あわてて介抱する。
(カミーユ相手だと、どうにも自制が利かない。)
ここ数年は、無感情の氷の執政者とか、冷徹な覇王とか言われていたようだが、カミーユといると、結局、自分も一介の思春期の男に過ぎないと思い知らされたようで…自嘲気味の笑みが漏れた。
結局、その後の馬車ではカミーユは、私に一切身体を触れさせてくれなくなってしまった。




