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放課後、アレンは、3日前にフリッツといた屋上にアイリーンを呼び出した。


「話って何ですか? 先輩。」


アイリーンこと加奈倉さんの、ピンクブロンドの髪が、風に揺れてキラキラと光る。


「今度、修学旅行があるでしょ? その時に、もう、この国を出ようと思うの。」


「えっ?!」


アイリーンは大きな瞳を見開いた。


「父さんのことも心配だし、それに、ほら、この前食堂でみたわ。アイリーンもルイス王子と順調なんでしょ? もともとアイリーンをこの学園に入学させるために、成り行きでアレンも一緒に入学しちゃったけど、もう私がいる必要もないから。」


少しの間、アイリーンは、何か考えているようだった。


「どうやって、国外へ逃げるんですか?」


「フリッツが、高度な転送魔法をマスターしてくれたらしいの。もう、詳細な計画も立ててあるわ。」


「先輩…」


決意したアレンの瞳に、アイリーンも、少し気圧されたようだ。


「それでね。これ、余計なお世話かもしれないけど…」


アレンは、小さな一冊のノートを、アイリーンに手渡す。


「これは…」


それは、ルイス王子の情報がびっしりと記されたノートだった。

(殿下は、実は寝起きが悪いこと、シナモンが苦手で、カリフラワーのスープが好きなこと、アップテンポなダンスが得意なこと、白馬ではなく、気性の荒い、雌の黒馬が愛馬なこと、本当は人前に立つのが嫌いで、中でも演説は、子供の頃、何度もカミーユが練習に付き合わされたこと…前世の乙女ゲームでは描かれていない、幼い頃から一緒に育った、カミーユにしか分からないこともたくさん書いておいた。ささいな事だけれど、これから、ずっと王子を側で支えるアイリーンにも知っておいて欲しかった。大好きだった…いや、本当は今も大好きな彼のことを…。)


「…くっ…ふふふっ」


アイリーンは、パラパラとノートを捲りながら、笑う。


「加奈倉さん、何かおかしかった?」


「いえ、まるで仕事の引き継ぎみたい。やっぱり、相変わらず真面目ですね、田宮先輩は。」


アイリーンの笑顔が、一瞬、黒いものに見えたのは、気のせいだろうか。


「先輩が心配しなくても、ルイス王子との仲は至って順調です。殿下は最近、多忙だった政務を宰相以下に引き継いで、わたしと会う時間を設けてくれているんですよ。」


自信たっぷりにそう言う、アイリーンの胸にはいつかの『青い蝶のブローチ』が光っていた。王宮への通行証でもあるこのブローチを、ルイス王子は、もともとカミーユに渡すつもりだったらしいけど、結局、アレンは、ヒロインである加奈倉さんに譲った。

ルイス王子もそのことに関して、一切、何も言ってくることはなかったから、きっとそれを良しとして、王宮でアイリーンと逢瀬を重ねているに違いない。


(わたくしとは…月に一度、学園の休日にしか会ってくださらないのに…)


予想していたことなのに、実際アイリーンの口から直接聞くと、カミーユの胸はチリリと痛んだ。


「そう…じゃあ、用はこれだけだから。この国を離れたら、もう会うこともないだろうけど、加奈倉さんも元気でね。」


「ええ、わたしは、必ずルイス殿下と、スペシャルリアルラブ・エンドに辿り着いてみせます。先輩も今世では幸せになって下さいね。あぁ、そう、あのいつもクラスで一緒にいる冴えない男はやめといた方がいいですよぉ。カミーユは、腐っても元ルイス王太子殿下の婚約者なんですから、わたしが恥ずかしいです。フリッツなら、いつでも譲りますからね。」


にっこりと笑顔になるアイリーンに、両手を握られる。

ちなみに、スペシャルリアルラブ・エンドとは、好感度MAXの状態で見られるエンドで、通常なら、学園の卒業パーティーで二人が結ばれるところまででゲームは終わりだが、スペシャルリアルラブ・エンドでは、二人のラブラブな結婚式のシーンまで見られる。前世では、これに辿り着くあと一歩手前までで、田宮美羽の生涯は終わってしまったのだ。


「加奈倉さん…」


(呆れて次の言葉も出ない感じ…前世と同じだわ。でもどうしようもない。神様は彼女を主人公(ヒロイン)に選んだ。)


「さよなら、アイリーン。」


前世の二次元で、彼女(アイリーン)だった自分にも、別れを告げるつもりで、アレンも精一杯の笑顔をつくった。


◇◇◇


いつものように、寮の自室にはマリーがいた。


「おかえりなさいませ、お嬢様。

ただいま、お着替えとお茶を…」


マリーとも、もうすぐお別れだ。二度も黙って姿を消すことになってしまって、心苦しさで胸がいっぱいなる。


「待って、マリー。今日はわたしにお茶を淹れさせて。」


「お嬢様、お疲れなのに…」


「イバロア同好会で、新しいお茶を考えたの。ぜひ試しに飲んで感想を聞かせて。」


アレンは、マリーの背を押して、強引に椅子に座らせた。

マリーは、カミーユが生まれてから今まで、ずっと彼女のことを一番に考えて、大切にしてくれた。マリーが思い描いているこの国の妃としての未来は叶えられないけれど、きっとアレンとして、この世界で幸せになろう。感謝の気持ちを込めて、丁寧に、彼女のためにブレンドしたお茶を淹れた。


「よい香り…とっても美味しいです。お嬢様。」


「よかったわ。いつもありがとう、マリー。」


あらたまるカミーユに、マリーは少しはにかんだ。


「私のようなものに、もったいないお言葉です。それより、お嬢様、今日はお食事の後、マッサージエステのフルコースですよっ。明日は殿下にお会いになる日ですから、マリーがピカピカに磨いて差し上げます!」


マリーは、楽しそうにニコニコと腕まくりをしている。


「そう…だったわね。」


明日は、ルイス王子と二人きりで過ごす、最後の休日だった。

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