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「おい、アレン、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」


フリッツが心配そうに、アレンを覗き込んだ。


「ごめん、フリッツ。ちょっと…」

(吐き気がする、気持ち悪い…)


「アレン?!」


思わずその場から走り去る。

(さっきのシーンが目に焼き付いて離れない。もう食堂には居たくない。)


気づいたら、学園の小さな屋上にいた。ここなら、誰もいない。少し強い風が吹いて、それがカミーユの心を少しだけ鎮めた。


「やっぱりここか。」


しばらくして、フリッツがやってきた。手には、パンをいくつか持っている。売店で買ってきてくれたようだ。


「食えよ。」


「いらない。」


アレンは、膝を抱えて突っ伏した。


「もうすぐ親父さんに会うんだろ?元気な姿をみせなきゃ、心配するぞ。」


フリッツは無理矢理、アレンにパンの一つを握らせた。


「でもさっきは、さずがに驚いたな。アイリーン嬢のくさい芝居はさておき、何か、乙女ゲームだっけ? お前が、話したまんまのシーンだったなぁ。」


フリッツは、パンを噛りながら空を仰いだ。


「だから、ここはそういう世界なんだって。」


パンを握りしめたまま、アレンは顔を上げた。


「さっきは、そんなにショックだったのか?」


フリッツは、再びカミーユの方をみた。真っ直ぐな、彼の濃紺の瞳をみると、嘘はつけないなと思う。


「うん。ショックだった。正確には、アレンじゃなくて、カミーユが…。」


「何だそれ?」


フリッツが、キョトンとした顔になる。


「変なことを言ってると思うかもしれないけど、私の中に、前世の田宮美羽と、今世のカミーユ・オッセン、二人が同居してるみたいな感覚なの。田宮美羽は、そのままアレンの考えに近くて、今世では、父と念願のカフェを開いて平穏に暮らしたいと思ってる。でも、カミーユは…。」


(カミーユは、ルイス王子の側を離れたがらない。)

口にしてしまうと、また感情が溢れ出してきそうで、アレンは言葉に詰まった。

(あれほど、ルイス殿下への想いが強かったなんて…アイリーンに抱いた尋常じゃない嫉妬心は何だか、自分のものじゃないみたいで怖かった。)


しばらくの沈黙の後、フリッツが口を開く。


「…アレン、あのさ。」


フリッツの低い声に、少しの緊張が走る。


「なに?」


再びうつむいたまま、アレンが応える。


「あくまで、一つの案として聞いてもらいたんだが、修学旅行のルイーザ島で、親父さんと会う予定だろ? 俺が、その時、2人をイバロアに逃がしてやろうか?」


「えっ?! そのまま、国外逃亡するってこと?」


「そうだ。お前の話を聞く限り、ルイス殿下が、今すぐ、カミーユと婚約を解消をするとは思えない。シナリオ上だって、婚約破棄は、あと2年以上も先だろ? 転移魔法を使えば、すぐに王都を離れられる。」


「で、でも転移魔法って、相当高度な魔法なんでしょ?! 遠距離は魔力の消耗も激しいし、フリッツの身体が―――」


慌てて身を乗り出したアレンを、フリッツが制した。


「何のために、魔法研究部に入ったと思ってる? 転移魔法くらいとっくに習得してるよ。それに、今日みたいに辛そうな顔のお前を、これから先、毎日みなきゃならないとオレの気持ちも考えろ。」


「フリッツ…でも…」


(殿下を欺いて、国外逃亡なんて…万が一失敗したら、フリッツの身だって危ない。)


「隠れ攻略対象キャラの、フリッツ・オーベル様を舐めるなよ。」


アレンの好きなフルーツ牛乳を手渡しながら、フリッツは不適に笑った。


「プッ、自分から言わないでよ。」


「やっと笑ったな。」


そう言って目を細めた、フリッツの笑顔が眩しい。


「…ありがとう、フリッツ。」


(フリッツが側にいてくれて、本当によかった。)


「礼はいいから、早く食え。」


「う、うん。」


アレンは、ようやく手元のメロンパンに口をつけた。


「でも、よく考えてから決めろよ。今世では、カミーユ・オッセンも間違いなくお前自身なんだ。カミーユの感情も、無理矢理押し込める必要はないんじゃないか? 腹の底から納得して、後悔のないようにしろよ。俺は、お前がどんな選択をしても、必ず助けてやるからさ。」


「フリッツ…」


(あぁ、きっと、フリッツがいれば、バッドエンドは回避できる。わたしは一人じゃない。)

アレンの目から、自然と涙が溢れた。


「お、おい、泣くなよ。」


焦ったフリッツは、ポケットからグシャグシャに丸まったハンカチを、カミーユに渡した。


「プッ、何コレ、汚いっ。」


「ふっ、贅沢いうな。殿下みたいに、完璧な紳士じゃなくて悪かったな。」


その内、アレンとフリッツは声を上げて笑い出す。

向かいの別棟から、ルイス殿下が、その様子を眺めていたことを、二人は知る由もなかった。


同じ日の夜、アレンは早々に決心を固めた。

(修学旅行と同時に、王都を去って、父とイバロアに行こう。このまま学園にいれば、いつかシナリオ通り、アイリーンを虐げてしまいそうな自分が怖かった。悪役令嬢として生きるなんてまっぴらだ。今世は、父さんと念願のカフェを開いて幸せに生きるんだ。)

アレンは、昼間、フリッツに借りた青いハンカチを、ぎゅっと握りしめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] しわくちゃのハンカチ萌える! これぞ幼なじみという詰めすぎず開きすぎない絶妙な距離感と、ザ学園モノの雰囲気が最高です。 王子が見てる!怖いよ!何する気だろう。。。 [一言] もう最高。
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