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王立学園に入学して5ヶ月が経った。イバロア同好会の活動(=ほぼ、畑仕事と薬草研究、たまにお茶会)を終えて、寮に戻った時は、夜の8時を超えていた。
「お嬢様ぁ、こんなに遅くまでどうなさったのですか? しかも、今日もこんなに汚れて…」
「ちょっと、パドン君と話し込んじゃって。マリーも、そんなに頻繁に来なくてもいいのに。」
マリーは、手際よく、濡れタオルを用意し、カミーユの好きなお茶を淹れる。責めるような視線が痛い。
「お嬢様、イバロア同好会も、ほどほどになさって下さい。来月から王妃教育も始まるのに、今、お怪我でもされたら大変です。」
「…分かっているわ。」
ルイス王子と約束した、公にカミーユ・オセッンに戻る期限まであと1ヶ月を切った。
(マリーには悪いけど、王妃教育を受ける気なんか毛頭ない。来月、ゲーム上のシナリオで、ルイス王子はアイリーンへの恋心を自覚するはずだから、それに便乗して、婚約破棄をしてもらえばいい。そしたら、前世の父こと、元執事のリードンと再会して、ひっそりと再びお店を開くのだ。お店のコンセプトも、もう考えてある。王立学園で学んでいる、薬草学の知識を活かして、紅茶に限らず、身体に良いお茶をたくさん淹れたい。パドン君やフリッツに、既にいくつかの試作品を飲んでアドバイスももらったりしている。)
「お嬢様、こちらは殿下からの贈り物ですよ。」
マリーは、満面の笑みで、大輪の赤い薔薇の花束と、ジュエリーケースを差し出しだ。
「これは…!」
箱の中身は、バイオレット・サファイヤのネックレスだった。
「ふふ、殿下もお気が早いことです。」
「…。」
(紫の宝石は、王族の女性が身に付ける色だ。さすがに、こんなの、ゲームのアイリーンへの贈り物にだって登場しない。きっと、何かの手違いよね…)
「殿下は、お嬢様にぞっこんでございますね。」
「…まさか。そんなことある訳ないでしょ。」
(でも、万が一、これをルイス王子の意思でカミーユにプレゼントしたのだとしたら…)
「お嬢様ったら、照れちゃってぇ~!」
「…。」
(…この前の休みにも、ルイス王子は、結婚式を早めたいだの、新婚旅行がどうだの、子供は何人欲しいだのと…まるで婚前カップルのような会話を繰り出してきた。キス魔っぷりにも拍車がかかり、甘い雰囲気は、さらに甘く、このままでは、ルイス王子の凄絶な色気に、全身溶かされてしまうのではないかと思ったほどだ。)
「やっぱり一度、確かめた方がいいよね。違うと思うけど、念のため…。」
小さな声で、カミーユが呟く。
「え? 何かおっしゃいましたか?」
「ううん。何でもないの。」
(ルイス王子とアイリーンの仲はどうなっているんだろう…。カミーユの嫉妬心に火を付けるのが怖くて、同じクラスにもかかわらず、今まで、何となくアイリーンを避けてきた。けれど、イタい勘違いをしないためにも、ここで一度、はっきりさせておきたい。)
◇◇◇
翌日の放課後、アイリーンの姿はなかった。
(あれ、さっきまで一緒に授業を受けてたのに、どこに行ったの?)
カミーユが教室の外に出ると、長い廊下を軽やかに歩くアイリーンの後ろ姿があった。話しかけようと後を追うけれど、なかなか追い付けない。
(加奈倉さん…どこまでいくのかしら…?)
結局、聖堂の裏の、屋外の広い庭園まで付いてきてしまった。ふと、アイリーンの足が止まると、咄嗟に庭木の影に隠れてしまった。
(あれ? 何で、私隠れて―――っ!)
奥の薔薇のアーチから現れたのは、ルイス王子だった。
(ルイス殿下…政務でお忙しいはずなのに…)
輝くような笑顔で王子に歩み寄るアイリーンに、王子も親しげな様子で応えている。蕾が綻びはじめた薔薇の庭園を背景に、金髪碧眼の完璧な王子様と、可憐な童顔の絶対的ヒロイン。
(前世では、2人のツーショットなんて何千回と見てるのに…)
初めて遭遇したかのような衝撃で、カミーユの心臓が跳ねた。
「…っ」
ルイス王子の嬉しそうな微笑みが、さらに追い討ちを掛ける。
(他の女を、その美しい碧い瞳に映して、殿下が微笑んでいる…)
その事実だけで、カミーユの胸はズキズキと痛んだ。
二人の笑い声の中、アイリーンの手が、ルイス王子の腕に触れた瞬間、カミーユは、とても見ていられなくなって、思わずその場から、走り去った。
(分かっていたことなのに、実際に目の当たりするのが、こんなに辛いなんて。こんなことなら、アイリーンの口から、直接聞かされる方がまだマシだったかもしれない。
早く、一刻も早く父に会いたい。そうすれば、前世の田宮美羽の人格の方が、強く出てくるはずだ。今世では長生きして幸せになるんだから…!)
その日の夜は、なかなか寝付けず、
アレンは、新しいお店の構想を頭の中で考えることに集中した。




