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王立学園に入学して、3ヶ月を過ぎた。初夏の強い日差しが、ようやく和らいだ図書室で、フリッツとカミーユは、いつものように向かい合わせに座っていた。


「フリッツ、そろそろ父さんに、会えないかな? 一度、顔もみたいし、煎じた薬草を渡したいの。」


フリッツが、無言で採点を終えたアレンの答案用紙を渡す。結果は86点…悪くない成績だ。それでも、フリッツの表情はどこか晴れない。


「…アレン、その左手の指輪だが、殿下からのプレゼントだったよな?」


「え? そうだけど…」


「それ、強い魔法が掛かってる。恐らく、お前がどこにいるか、殿下に筒抜けだ。」


「えっ?!」


(嘘っ?! どこにいるか分かるって…前世でいう、GPSみたいなものだろうか。何で殿下がそんなものを…。しかも渡されたのは子供の頃で…居場所が分かるなら、何故6年間も見つからなかったんだろう。)


「フリッツ、魔法はいつ掛けられたのかな?」


「分からない。魔法研究部で、扱った書を読んで、最近気付いたんだ。ちなみに、今のところ指輪が外れる条件は、婚約の解消以外に見当たらない。」


「そんな…」


(それでは、指輪をしたまま父さんに会うのは危険すぎる。執事のリードンこと前世の父は、今や、この国では侯爵令嬢・カミーユを誘拐した疑いで、指名手配になっている。)


「ただ、魔法が及ぶ地域には、範囲があるようだ。恐らく、指輪の送り主のルイス殿下の、ウェヌス王家の支配が及ぶ土地、エヴァグリーン国内だと思う。だから…」


腕を組んで、フリッツは言い澱んだ。


「だから?」


「3ヶ月後、修学旅行があるだろう?」


「えぇ…確か、行き先はルイーザ島ね。あっ!!」


ルイーザ島といえば、島ごと小さな中立国だ。


「まだ確証はないが、どうする? アレン。」


「…一目だけでも、父さんに会いたい。」


決心したかのように、アレンはフリッツの顔を見据えた。


「分かった。リードンおじさんとも、連絡を取ってみるよ。」


フリッツも、アレンの視線を受け止めて頷く。


「ありがとう、フリッツ。危険に巻き込んでごめんなさい。」


「いいや。お前が困ってるなら、いつだって助けてやる。だから、そろそろ聞かせてくれないか? アレン…いや、カミーユ・オッセンが、どうしてこの国を去らなければならないのか?」


いつになく、真剣なフリッツのダークブルーの瞳に、アレンは、ゆっくりと口を開いた。


◇◇◇


相変わらず、月に一度、学校が休みの日には、ルイス王子と一緒に過ごしている。


「ほら、カミーユ、頼まれていた、イバロア原産の薬草の種だ。」


「ありがとうございます、殿下。」


ルイス王子は、執務が相当忙しいようで、午前中の会議を終えたその足で、自室に戻ってきた。走ってきたのか、前髪が少し乱れている。


「それだけ?」


ルイス王子はそう言って、前襟を少し寛げて、ソファーに座るカミーユの肩にもたれ掛かって、強請るような視線を向けてきた。


「…っ」


(何? この、ルイス王子の甘えんぼタイプのデレのパターンは…。こんなのゲームにはなかった。この瞬間を永遠に留めたい=このスチルぜひいただきたい。)

心の中でキャーキャー言い出した、前世の田宮美羽を、必死に押し止める。


「その薬草は、希少種だから手に入れるのが困難で…」


そう言いながら、ルイス王子の端麗なお顔がどんどん近づいてくる。


「わかりましたっ。わかりましたから…目を閉じて下さい。」


(これ以上、近くで見つめられたら、死んでしまう…)


目を閉じたルイス王子の、長い睫毛…スッと通った高い鼻梁に、少し薄い唇は、精巧な彫刻のように整っていて美しい。体温を感じさせない染み一つない頬に、カミーユが手を添えれば、サラサラと金色の髪が、手の甲をくすぐる。


「ん…」


そっと、触れるだけキスを、カミーユが落とすと、元の姿に戻った彼女を、ルイス王子は嬉しそうにみつめる。


「君からキスしてもらうのが、こんなに良いなんて。でも、少し足りないな。」


「え…」


後ずさるカミーユを、ソファの端に追い詰めたルイス王子は、イタズラっぽく笑った。

(だから、この意地悪キャラは一体…)

まるでカミーユの反応を、いちいち楽しんでいるようだった。


「あ、あの…きゃっ!」


鮮やかな動作で、そのままカミーユを横抱きにしたルイス王子は、予想通り、キス魔に変身する。髪や頬、瞼に手の指、首筋、肩…しつこいくらいに唇が触れる。その間も、スラッと指の長く、形の良い手は、カミーユの輪郭を愛おしげに撫で続けた。まるで、彼女の存在を、丁寧に確かめるかのように。


「殿下…」


「カミーユ…」


耳に響く、低い声が、毒のように甘い。

(どうしよう、何て心地の良い…。この状況に、カミーユの恋心は、信じられないほど喜びに震えている。このままだと、前世の田宮美羽ごと、本当に愛されていると勘違いしてしまいそうだ。ルイス王子の相手は私じゃないのに…。)


「こっ、紅茶をお淹れしますっ! 殿下、お疲れでしょう? そう、最近学園の薬草学で習った、疲労回復のハーブもブレンドしたので、ぜひ、飲んでいただきたいですっ!」


見た目より厚い胸を、必死に押し返して、カミーユは半分叫ぶように声を上げた。ルイス王子は、少しの沈黙の後、ちゅ、としっかり唇にキスしてから、観念したかのように拘束を解いた。


(…ルイス王子に会うのは、月に一回だけだからと、軽く考えていたけど、このままじゃ、心が持ちそうにない…もちろん身体も。とにかく、一度、父に会って、目を覚まさないと…!)


カミーユは、火照る頬を手で扇いで冷ましながら、ゆっくりと、王子のためにブレンドした茶葉に手を伸ばした。

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