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通されたのは、王城のルイス王子の部屋だった。赤い薔薇で飾られた中央のテーブルには、既にグラスが並び、食事が始められる用意がしてある。


「ここでお待ちください。」


執事のシェーンが、隣の部屋の扉をノックすると、ルイス殿下が現れた。

(懐かしい…幼い頃は、ルイス王子が隣の書斎で、家庭教師とお勉強されている間、よくこの部屋で何時間も待っていたわ。)


「カミーユ。来たね、僕の天使。」


あの頃と同じ優しいルイス王子の笑顔に、カミーユの胸は、嬉しさでいっぱいになった。

(何だか…自分の中に、前世の田宮美羽と、今世のカミーユ・オッセン、二人の感情が入り交じっているみたい。)

アレンは、思わず、ルイス殿下につられて笑顔になってしまった後に、ふっとうつむいた。

(情を移しちゃいけない…今世では、長生きして、父さんと幸せになるんだから。)

呼び起こされそうになる、カミーユの幼い恋心に、前世の田宮美優が、慌ててストップをかける。


「あ…」


目の前まで来たルイス王子は、下を向いたままのアレンの顎を掬いとって、羽のようにフワリと優しいキスと落とす。すると、紅色の髪が伸びて、アレンはカミーユの姿になったことが分かった。


(よかった…ルイス殿下は、昨日の約束を忘れてしまったこと、怒ってないみたい。)


「あの、殿下、昨日は申し訳ありませんでした。」


カミーユは小さい声でそう言って頭を下げる。


「いいや、王都の街まで行っていたようだね。楽しかった?」


(何で、私が昨日、街にいたことを知っているのかしら…)

王子は、頭なんて下げないで、とでも言うように、カミーユの頬に手を添えて顔を上げさせた。柔らかな王子の物腰に、カミーユの緊張がふっと溶けた。


「はい。久しぶりの賑やかな街で、とても楽しかったです。クラスメイトのパドン君と、畑に蒔く種を買いに行って、それからフリッツと、最近流行りのお店でお茶を―――っ」


次の瞬間、カミーユの喉元にチリッとした痛みが走った。


「ひぅっ…あっ」


次は鎖骨に同じ感覚が走り、目線を左下にずらすと、金糸のように煌めく王子の髪が見えた。

(う、嘘…これって…)

引き寄せられた腰に回る、ルイス殿下の大きな手と、肩に掛かる吐息が熱い…

(いや…何コレ…)


「お離しください…!」


今は、前世の田宮美羽の意思が強く

出たようで、いくらか大きな声が出た。ほどなくしてルイス王子の拘束が解かれる。


「すまない。久しぶりの君があまりに魅力的でね。さぁ、食事にしよう。支度をしておいで、カミーユ。」


ルイス王子は、平然と笑顔でそう言うと、懲りずに、ちゅ、と頬にキスを落としてきた。そして側に控えていたマリーに何やら耳打ちしている。


「ぅあ…」


(そうだ、この部屋には、侍女のマリーに執事のシェーンもいたのに…信じられない、恥ずかしすぎる…!)


羞恥で真っ赤になるカミーユをよそに、マリーは隙のない動作で、彼女をドレスルームまで連れていった。


◇◇◇


「マ、マリー! このドレスは…」


カミーユが選ぶ暇もなく、着替えさせられたドレスは、銀の刺繍に紺色の、襟元が肩口までザックリと開いた、大人っぽいドレスだった。

カミーユは大きな鏡に映った、自分の姿を見て驚愕する。首筋と鎖骨の辺りに赤い鬱血痕…。つまりこのドレスだと、さきほどルイス王子につけられた、キスマークが丸見えなのだ。


「大変お似合いでございます。お嬢様。」


マリーは悪びれもせず、むしろ、うっすら微笑みすら浮かべている。


「な、何言ってるの?! 別のドレスを――――」


「いえ、お嬢様には是非このドレスをと、殿下がご所望でございます。」


「なっ…無理よ、こんな…」


髪もアップにセットされてしまったから、どう頑張っても、キスマークの痕は隠しようがない。カミーユは、慌てて山ほどある、クローゼットのドレスを漁りだす。


「いけません、お嬢様! お嬢様は昨日、恐れ多くも王太子殿下とのお約束をすっぽかされたのですよ。お仕置きがこれくらいで済めば、安いものです。」


マリーは、必死の形相のカミーユを押し止めた。


「お仕置き…」


(まさか、ルイス王子は、わざとこんな襟の開いたドレスを…)


振り返ったカミーユの顔から、サァァァーッと血の気が引く。


「さっ、あまり殿下をお待たせすると失礼ですよ!」


「待って、せめてスカーフを…いやぁぁぁ~~!!」


抵抗虚しく、あれよという間に、マリーは、完璧にドレスアップしたカミーユを引き摺っていった。


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