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王立学園に入学してから、一ヶ月が半経った。
クラスでは、相変わらず友達はパドン君だけだったが、アレンはそれなりに平穏な毎日を送っていた。
「アレン、この種はここに撒けばいい?」
「うん、等間隔で3~5コずつお願い。」
「了解。」
『イバロア同好会』の活動の一環で、アレンとパドンは、校庭の裏庭の空いていた花壇を借りて、イバロア原産の野菜を育てることにした。
「ふぅ、一休みしよう。」
畑作業で、汗と土まみれになってしまったが、どこか窮屈な教室と違って、外で身体を動かずのは楽しい。
キンキンに冷やしたフルーツティーを、アレンはパドン君に渡す。
「ありがとう、アレン。ふっ、すごい顔だよ、これで拭いて。」
パドン君はそう言って、タオルを渡してくれた。このごろ、パドン君は、二人の時は笑顔を見せてくれるようになった。友達として、それが嬉しい。思わずつられて、ふふっ、とアレンも笑う。
「何をしている?」
ベンチに座っていた、アレンとパドンの背から影がかかり、覚えのある澄んだ低い声が聞こえた。
「殿下…!」
振り替えると、ルイス殿下に、学園長や数人の取り巻きと、その中にはイーリス先生もいた。王太子付きの執事シェーンに、何故か、カミーユの侍女マリーまでいる。
「何をしているかと聞いている。」
固まるアレンとパドンを、冷ややかに見下ろして、ルイス王子の声色は、イラ立っているようにも聞こえた。
「同好会の活動です。」
意外にも、先に口を開いたのはパドン君だった。
「部活動だと? お前たちこんな庶民のような真似を…」
「汚ならしい格好だ。」
「殿下のお目汚しだ。今すぐここから退きなさい。」
ルイス王子の、ピリついた空気を察した取り巻き達が、一斉に非難の声を挙げる。
「許可は得ています。」
パドン君は、背筋をシャンとして立ち上がった。
「パ、パドン君。」
「花壇の使用も、ちゃんと申請をして認められていますし、そうですよね? イーリス先生。」
「あぁ、そうだな。『イバロア同好会』だったかな。面白そうだし、私が許可しました。」
イーリス先生は、ふっと笑って頷いた。
「イバロア同好会?」
ルイス王子はそう言って目を見開いた後、パドン君ではなく、アレンの方をジッと見た。
(なっ、何? まるで責められているみたな視線…何だか怖いんだけど…)
次第に、騒ぎに気づいた生徒達が集まりだした。
「校庭の隅で、何の騒ぎ?」
「きゃぁぁ~ルイス殿下よ!」
「嘘?! まさか学園にいらっしゃるなんて!」
「本当だわ!!…ん? あの泥まみれの格好の二人は…まさかパドンとアレンじゃない?」
「やだぁ、汚い! 何してるのあの人たち?」
「全く、学園の恥だな。」
集まってきた生徒の中には、ヒロインの姿もあった。
アイリーンは、ごく自然にルイス王子の隣のポジションに立っている。
「もっ、申し訳ありませんでした!とりあえず、片付けに行こう! パドン君!!」
「ちょっ、アレン!」
パドン君の腕を引いて、ベンチを後にする。とにかくこの場から早く離れたかった。
◇◇◇
寮に戻ると、自室には侍女のマリーがいた。
「マリー! どうしてここに?」
「お嬢様ぁっ!」
まだ、畑作業の汚れが落ちきってないにも関わらず、マリーはガバッと抱きついてきた。
「わたくしは、もうお嬢様が心配で心配で…。ルイス殿下にお願いして、掃除婦として、この学園で働かせていただくことになりました。」
「マ、マリー…」
ひとしきりの抱擁の後、アレンが学園生活の様子を話すと、マリーは次第に落ち着きを取り戻して来たようだ。
「それはそうと、お嬢様! 昨日のお姿はどうされたのですか?」
「昨日? 昨日はお休みだったから、パドン君と畑にまく種を買いに街まで行ってたの。その後はフリッツとお茶したりしたから、遅くなっちゃったけど、ちゃんと門限には戻ったわよ。」
学園に入ってから、初めての休日だったから、久しぶりの王都の街を存分に満喫した。
「お嬢様…ルイス殿下はずっと待ってらしたのですよ。」
マリーは、芝居がかった、大きなため息を吐いた。
「待つって、何を?…あっ!!」
そういえば、学園の休日はルイス殿下と一緒に過ごすように言われてたっけ。
「でも、殿下からは、事前に連絡も何もなかったのよ…」
「一昨日に、花束と一緒に手紙が届きませんでしたか?」
「そんなのもらってないわ。」
(どういうこと? カミーユに花束を? アイリーンに贈ったの間違い何じゃないかしら。)
「本当ですか?! そんな…」
マリーは険しい表情で、首を傾げる。その時、寮の時計の鐘が夜の七時を告げた。
「あぁ、腹減った。おーい、アレン、食堂に行こうぜ! あれ? あんたは…確か侍女の…」
いつものようにアレンを迎えにきたフリッツを、マリーはキッと睨んだ。
「お嬢様はこれから、王宮でルイス殿下とお食事をとります。さぁ、参りましょう、カミーユお嬢様。」
「ちょっ、マリー!」
マリーは、ポカンとするフリッツの横を、さっと通りすぎ、抵抗するアレンを、王宮まで引きずっていった。




