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王立学園に来てから、もうすぐ一か月が過ぎようとしていた。
放課後の図書館での、フリッツの補修は、毎日一時間程度で済んだ。
フリッツの分かりやすい説明のお陰と、数学や音楽、美術など、選択できる授業が、前世と重なる科目が存在したことが大きい。
「アレンの勉強に余裕も出できたことだし、部活にでも入らないか?」
頬杖をつきながら、カミーユの書いた答案に、丸つけを終えたフリッツが口を開いた。
「部活?」
「うん。実は、俺、魔法研究部に入ったんだ。」
「魔法研究部?」
「魔法書の研究はもちろん、魔法アイテムを開発して、実際に売り出したりもしてる。すげー楽しいぞ。アレンも入らないか?」
「すごい、本格的だね。」
(部活なんて、ゲーム上では、出てこなかったな…。アイリーンは、優れた魔力と優秀な成績で、生徒会に入るのがお決まりだったし。確か、その時の生徒会長がルイス王子のはずだったんだけど、王子は、すでに飛び級で学園を卒業しちゃってるし、加奈倉さんは、今ごろどうしてるんだろ。)
アイリーンとは、同じクラスだが、向こうから話掛けてこない限り、極力、会話しないようにしていた。
きっと、青い蝶のブローチ使って王宮に出入りして、ルイス王子との仲を深めているんだと思うと、カミーユの胸は、どうしよもなく騒めいた。
実際、カミーユは、学園の入学式以来、ルイス王子とは会っていない。それどころか、連絡や手紙のやりとりすらない。もう、ルイス王子は、アイリーンに心奪われて、自分は忘れられているのかもしれない。
「おい、アレン、大丈夫か? 別に嫌なら、無理には入らなくていいぞ。」
暗くうつ向くカミーユに、フリッツが声を掛ける。
「えっ?」
「部活だよ。」
「あ、えぇ…そうね。パドン君にも聞いてみていい?」
「あいつか。」
フリッツとは、一度三人でランチをしたことがある。フリッツも、イバロアに長く住んでいたし、パドン君と話も合うかと思っていたのに、その時は、さして会話も盛り上がらず、微妙な空気のまま終わってしまった。
それきりパドン君を、何度ランチに誘っても断られてしまうので、今は仕方なくフリッツと二人で食べている。
「うん。フリッツと勉強の後、パドン君とお茶することも多いから。」
「…お前、俺のいないところで、あんまり別の男と親しくなるなよ? くれぐれも女だってバレないよう―――」
前のめりになるフリッツを、アレンは両手で押し止める。
「パドン君は大丈夫だよ。ちょっと人見知りで無口だから、みんなから気味悪がられてるだけで、実際話してみるといい子なんだから。僕の紅茶をおいしいっていつも褒めてくれるんだよ。」
少し強い口調でそう言うアレンに、フリッツはあからさまに機嫌を悪くしたようだ。
その時、静かな図書館に一人の生徒が走ってくる。
「フリッツ君! この前に造った、黄色いステッキから炎が出ちゃってさ、すぐ来てよ!」
どうやら、魔法研究部の部員らしい。
「わかった、すぐ行く。」
フリッツは、軽い舌打ちと同時に、立ち上がった。
「気を付けてね、フリッツ。」
見上げるアレンの頭を、フリッツはグシャグシャと撫でる。
「わっ、ちょっと!」
「今度、お前の部屋に紅茶飲みに行っていいか? まだこの国に来てから一度も飲んでない。」
「もちろんいいけど…」
乱れた髪を直しながら、アレンが答える。
「フリッツ君、早くー!」
少し離れたところで、部員の生徒が呼ぶ声がする。
「じゃあな!」
鼻の先を軽く摘ままれて、アレンが抵抗する暇もなく、フリッツは図書館を後にした。
◇◇◇
「部活?」
校庭の裏の、木陰の小さなベンチで、パドン君がきょとんとした顔になる。
「うん。僕は迷ってるんだけど、パドン君はやってみたい?」
そう言って、アレンは簡易のティーセットで淹れた紅茶を、パドン君に渡す。パドン君は、それをゆっくりと味わうように飲んでから、口を開いた。
「う~ん。僕はこうやって君とお茶を飲んでいらられば、それでいいかな。」
パドン君がほうっ、と息を吐く。
(やっぱり、パドン君は二人だと、大分リラックスしてくれてるみたい。教室であんなことがあったから心配してたけど。まぁ、魔法の研究なんて、それこそ魔力の高いフリッツにはピッタリだけど、無理に入る必要はないのかな。)
「あ、これイバロア原産の乾燥フルーツだね。」
パクッと口に入れるパドン君の表情は嬉しそうだ。
「そうそう、今日の紅茶に合いそうだったから、用意して…あっ!」
アレンから大きな声が出たので、パドン君は驚く。
(いいこと思い付いた…!)
「急にどうしたの?」
「イバロア同好会を作らない? 同じクラスの人たちが、イバロアのことをあんな風に言ったのも、きっとあの国のことをちゃんと知らないからだよ。二人で改めてイバロアのことを研究して、みんなに、あの国のいいところをたくさん知ってもらおう!」
そう言って、目を輝かせるアレンに、パドン君はふっと顔を逸らした。
「パドン君?」
(ちょっと、強引だったかしら…?)
「…いや、君はすごいな。」
パドン君は、少し困ったように笑いながら、頷いて同意してくれた。
こうして『イバロア同好会』は誕生した。アレンの必死の勧誘も虚しく、部員はアレンとパドンの二人だけだったが、たまに魔法研究部の合間に、フリッツも参加することになった。




