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(アイリーン視点)
ついに王立学園の入学式がやってきた。
前世で加奈倉愛里だった頃から、ずっと憧れていた王子様、彼との恋物語が、いよいよ今日から本格的に始まる。昨日は、嬉しすぎて、興奮しすぎてなかなか寝付けなかった。
前世では、このゲームを何度もやり込んだから、シナリオもばっちり頭に入っている。彼の好感度をあげる最良の言動が、私にはとることができる。つまり、この恋は成就するしかあり得ないのだ。
(この聖堂の柱の角を曲がると、巣から落ちて傷ついている、小鳥の雛がいるはず…って、アレ?)
「殿下!」
何もない地面に、影がかかって、ふと顔を上げると、そこには麗しのルイス王子が、木に登り聖堂の軒下の小鳥の巣に手を伸ばしていた。
(うっ、眩しい…!)
きらびやかな金髪の前髪をアップに撫で付けて、正装した完璧な王子様スタイルのルイス様は、前世でも最萌えのお姿だったが、やっぱり、3次元バージョンの破壊力はハンパない。
「おや、君はアイリーン嬢か。」
「どうなさったのですか?!」
「いや、ただ巣から落ちた雛を、元に戻しただけだ。」
そう言うと、ルイス様はマントを優雅に翻して、ストンッ、と木から飛び降りた。
(嘘っ。まさか、こんなに早くこの場所に来ていたなんて。)
「まぁ、何とお優しい。…それより、まだ式典までかなりお時間がありますが、殿下は、なぜこんなに早くいらしたのですか?」
「あぁ、カミーユのことが心配でね。無事に教室に入ったのを見届けてから、こちらに来たんだがまだ早すぎたようだ。」
(何ソレ…まるで保護者みたい。いくら婚約者だからって、悪役令嬢のカミーユをそこまで想っているなんて。)
「カミーユは、あなたとフリッツ君と一緒に学園に入学したいと望むほど、君たちを慕っているようだ。よろしく頼む。」
「…。」
「…アイリーン嬢?」
「もちろんですわ。ルイス殿下。お任せ下さい。」
(多少のシナリオの誤差なんて関係ない。目の前の、この唯一無二の美しい王子様を、必ず手に入れたい。)
アイリーンは、とびきりのヒロインスマイルを、張り付けて応えた。
◇◇◇
新入生のクラスは全部で3つ。ゲーム通り、カミーユとアイリーンは同じクラスだが、フリッツとは別のクラスになってしまった。
「まぁ、隣のクラスだし、何かあればすぐ俺を呼べよ。くれぐれも女だってバレるなよ。」
フリッツは小声でそう言って、別れ際にアレンの頭を、少し乱暴にガシガシと撫でていった。
「わっ、大丈夫だよ! フリッツってば…」
そういえば、フリッツにカミーユの赤い髪を、黒く染めてもらっていた時に、フィリッツは、たまにこうして染め残しがないか確認してたっけ。
今は、ルイス王子に魔法で髪と瞳の色を黒く変えてもらっているが、フリッツなりに心配してくれているようだ。
フリッツと廊下で別れてから、ゲームとよく似た、幾何学模様が描かれた明るい教室に入ると、アレンの机の前には、男爵令嬢・アイリーン・フローリアが立っていた。
この世界の絶対的ヒロイン、こぼれ落ちそうなチェリーブラウンの瞳にピンクブロンドの艶やかなストレートヘア。その愛らしい姿だけで、すでに一部の男子生徒の視線を集めている。
「アイリーン…様」
「お久しぶりです。田宮先輩!」
「…ここでは、アレンと呼んで。敬語も使わなくていいから。」
ふと、キラリと光ったアイリーンの左胸の飾りに、カミーユの目が引き付けられる。
(青い蝶のブローチ…無事にルイス王子との入学式のイベントが終わったのね。)
分かっていた事なのに、カミーユの胸がチクリと痛む。
「ふふ。せんぱ…いえ、アレンならこのブローチの意味は当然知ってるわね。」
「え、ええ…。」
このブローチは、王宮への通行証のようなもの。これで、いつでもアイリーンはルイス王子に会いに行くことができる。
「実を言うと、このブローチをアレンに渡して欲しいと、ルイス殿下から言われたの。ふふっ、驚きですよね。」
「え?!」
(一体どういう事…)
「あえて、先輩にはその事もお伝えした上でお願いします。アレン、このブローチ、私にちょうだい?」
(『田宮先輩、残業、私と変わってくれますよね?』
アレ…何でここで…前世のデジャヴ…)
「あの…」
戸惑うカミーユに、アイリーンは続けた。
「だって、これ悪役令嬢が持っていても、仕方ないですよね。結局、王子様と結ばれるヒロインは、アイリーンなんだから。アレンもこれ以上ルイス殿下と親しくなっても、お辛いだけでしょうから、私がもらってあげます!」
そう言って、ニッコリと笑うアイリーンの笑顔は、きっと男なら誰でも目を奪われるほど、可愛らしい。
(加奈倉さん…何て自信なのかしら。やり方は強引だけど…でも彼女の言うことも一理あるわ。これ以上、殿下と親しくなったって、自分が余計辛くなるだけだわ。)
「そうね、分かったわ。それは、元々あなたが持つべきものだもの。」
「きゃあっ、ありがとうございます! せんぱ…アレンなら、そう言ってくれると思ったわ!!」
両手を目の前で組んで、全身で喜ぶ天真爛漫なアイリーンが、心から羨ましい。
(そう、この物語の主人公はわたしじゃない…。)
アレンはため息を吐いて、暗くうつむいた。




