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(あれ…? ここは…あぁそう…ここは勤めている会社…)


「すみません! 田宮先輩、今日代わりに残業お願いできますか?」


(え? ここのところ残業続きだったから、今日だけは早めに帰ろうと思ってたのに…)


「加奈倉さん、急にどうしたの?」


「母親が高熱を出してしまって、実家に帰らなければいけなくなりました。申し訳ありません!」


(加奈倉さん…お母さんの高熱ってこれで何回目かしら…でも本当に身体が弱いのかも…疑ったらいけないわ。)


「わかったわ。お母様、お大事にね。」


(あぁ…早く家に帰ってゆっくり乙女ゲームをやり込もうと思っていたけど、今日はお預けね。)


いつの間にかオフィスの灯りが自分の机だけを照らしている。高層ビルの窓から望む夜景がキレイだ。


「いけないっ。そろそろ帰らないと最終電車に間に合わないや。」


時計の針は11時半をまわっている。慌ててフロアの鍵を閉めて会社を後にする。


(父さんが心配して待っているわ。あとルイス様も…)


「寝る前に15分だけゲームをやろう。」


(もうすぐ、メインヒーローにして最難関の攻略対象、ルイス王子と相思相愛になれそうなのだ。それくらいいいわよね、がんばった自分へのご褒美―――)


キキィィィィィ――――――――――!!!


あ…ヘッドライト眩しい…


◇◇◇


「…ユ…カミーユ…」


(あれ…彼はエヴァン・ルイス様…これは幼少期の回想シーンか何かかしら…ふふ…かわいい)


「か…った…」


(子供とはいえ何て美形なのかしら…それにしても長い睫毛のたっぷりとした質感や、心なしか息づかいまで聞こえてくるような…)


「カミーユ…! よかった…目を覚ましたんだね!!」


端正なお顔が液晶画面ではあり得ないほど近づいて、金色の美しい髪が鼻を掠めた。


(…ん?)


「あぁ、カミーユを僕の元に帰して下さった神に感謝しなければ。」


そう言って王子は祈るように私の手を強く握って甲に口づけた。


(何この感触…?!)


思わずガバッと身を起こす。


「…っ」


左肩に軽い痛みが走った。


「まだ動いてはいけないよ。君はケガをしているんだから。」


小さなルイス様が心配そうに身体を支えてくれる。


(な、何コレ…)


なんと、小さなルイス様が包み込んでしまうほど自分の身体の方が小さい。


「こんなに身を固くして…声もでないほど怖い思いをしたんだね。これも私がわずかな時間でも目を離したせいだ…すまない、カミーユ。」


(…カミーユ?)


―――――――――――!!


抱き締められた王子の肩ごしに見えた大きな化粧鏡には、真紅の髪と瞳を持つ幼女が映っていた。


「あ…」


彼女は…カミーユ・オッセン! 乙女ゲーム『王宮ロマンス・アイリーン』の悪役令嬢!! 

幼い頃の姿だけれど間違いないわ…この波打つ赤毛に、子供ながらにしっかりとキツくつり上がった瞳…!!


「震えているね、カミーユ。怖がらなくても大丈夫、これからはずっと僕が側にいるから。しばらくこうして抱いていようか。」


まるで宝物に触れるかのような王子の手が、宥めるように背中をさする。


(ヤバイ…これ夢じゃない…思い出した…わたし前世はOLで…残業帰りに…)


「あの、もう大丈夫です。大丈夫ですから、ちょっと一人にしていただけますか?」


(よりによって、悪役令嬢のカミーユに転生してしまったなんて…)


王子の胸を押し返して頭を抱えると、ルイス王子は驚いたようにその美しい瞳を見開いた。


「…カミーユ?」


「もっ、申し訳ありません、ちょっと頭が混乱して…」


(どうしよう…こんなことって…)


「…わかった。明日また迎えに来るよ。これからしばらく君は王宮で預かることになったから。」


王子はさらりと言った。


「えっ」


「王宮の方が警備も厳重だし、何より僕が安心なんだ。」


慈しむような視線を向けた後、王子が優しく髪を撫でた。


「あ、あの…」


「それじゃあ、ゆっくりおやすみ。僕のお姫さま。」


そう言うと王子は、おでこ口づけて名残惜しそうに部屋を後にした。


(さすがルイス様…子供ながらに、しっかり王子様だわ…)


「…お嬢様。」


控えていた、ロマンスグレーの執事の咳払いが聞こえる。


(はっ! 感心してときめいている場合じゃなかった!! わたしはあの完璧な王子様に、いずれ処刑台に送られる身だった。)


「どうしたらいいの…」


呟いた瞬間、執事が静かに歩み寄ってきた。


「美羽…」


「え?」


「田宮美羽…わたしの娘。」


両肩に手を添えて、少し涙ぐんだ上品な紳士の瞳の奥に、懐かしいものを感じた。


「まさか…父さん?!」


「やっぱり思い出したんだね。会いたかった、美羽…」


いつもは表情の乏しい執事がボロボロと涙を流す。思わずつられて涙が流れた。


「ごめんなさいっ。ごめんなさい、父さん、私…先に亡くなってしまって…父さんを一人に…」


「いいんだ。あの日は、遅くまで仕事を頑張ってたんだろう? 父さんこそ悪かった。母さんが亡くなってからお前に負担ばかりかけて…」


「っう…そんな…」


思いがけない再会に、手を取り合ってひとしきり泣き合った後、決心したかのように父さんが口を開く。


「逃げよう美羽…! ここにいたらお前は、いずれあの王子に殺されてしまう!」


「え、何で父さんが、それを知ってるの?!」


「…覗き見するつもりはなかったんだが、お前が夜中によくゲームをプレイするのを見かけてね。あんまりにも美羽が楽しそうだったから、つい…」


「なっ、父さんのばかっ!」


思わず傍らのクッションを投げつけた。ゲームしながら身悶えている様子を見られるのは、自分の恥部を見られるより恥ずかしい。


「すまない、すまないっ。だが美羽、怒っている場合じゃないぞっ。主人公のアイリーン嬢のすばらしい恋のストーリは幾通りも見てきたが…いつ何時みても…どうやったって、カミーユ嬢は毎回毎回、処刑台行きだったじゃないか。」


「…。」


そうだった。婚約者のルイス様と親密になっていく主人公のアイリーン嬢に嫉妬して、犯罪レベルまで嫌がらせを重ねた公爵令嬢カミーユは、結局18の歳に王立学園の卒業と同時に処刑されてしまう…。


「でも、逃げるってどうやって?」


「オッセン公爵もルイス殿下も、今や完全に私を信頼しきっている。

昨日美羽が拐われそうになってからは、私以外、この部屋の行き来を禁止しているくらいだ。いつも側にいた乳母のマリーでさえ、今王宮で取り調べを受けているから、疑いが晴れるまではお前には近づけない。」


「そんな…マリーは実際に襲われているのに…」


「マリーだけじゃない。少しでも容疑の可能性があるものは、みんな城に捕らえられている。この屋敷の人間も含めて、人数はゆうに100人を越えているようだ。」


「えっ」


(そんなに大ごとになっているなんて…)


「でも、ルイス様が、明日迎えにくるとおっしゃっていたけど…」


「逃げるのは、今夜だ。」


「今夜?!」


突然のことに心臓が大きく跳ねた。


「うん。こんなチャンス二度とないかもしれない。国境を越えてすぐの田舎町に、小さな住まいを購入してあるんだ。改装してお店も開けるようになっている。前世では、お金が貯まったら、二人で喫茶店を開こうって言ってただろう?」


「父さん…」


確かに、こんな好機はもう巡ってこないかも知れない。


『ずっとわたしの側にいておくれ。一生大切にする。』


(あれ…? どうして今、ルイス様の顔が思い浮かんだのだろう…)


「美羽、今世ではお前を幸せにしてやりたい。もうお前に先立たれるなんて…あんな思いはたくさんだ。」


父さんは両肩を掴んでうなだれた。震える肩に、ベットの白い羽布団には、ポタポタと滴が落ちて透明な染みをつくる。


「わかった。」


(今世では、父さんと幸せに暮らしたい。憧れだった喫茶店も開いて、親孝行ももっとしたい。)


「美羽、ありがとう。必ず父さんがお前を守ってやる。」


「うん。今世では幸せになろうね。」


静かに頷いたと同時に、昨日ルイス様からもらった、ルビーの指輪がキラリと光った気がした。

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