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王立学園入学当日――――


王城の扉に前で、カミーユは侍女マリーが用意したトランクを受けとる。


「ありがとう、マリー。行ってくるわ。」


「お嬢さまぁ、まさかこんな男性のお姿で王立学園に入られるなんて…やっぱり、わたくしもお嬢さまとご一緒にっ…!」


マリーは取り乱して、泣き出さんばかりだった。


「ダメよ。私は、あくまで一庶民のアレンとして入学するんだから。」


「カミーユ!」


「殿下。」


廊下の向こうから現れた、ルイス王子の額には、うっすらと汗が浮かび、キラキラと光る、金髪の前髪が珍しく少し乱れている。


(政務の合間を抜け出すなんて、急用だろうか?)


「今日は入学おめでとう。君が婚約者として、僕の隣に並んでくれる日を心待ちにしている。」


(わざわざ、それを言いに?)


王子はカミーユを励ますように、ポンッと、彼女の…いや、彼の両肩に手を置いた。


「はい。行ってまいります。」


「うん。」


「…。」


アレンの両肩にのった、ルイス王子の両手がいつまでも離れない。


「…あの、入学式の時間に遅れてしまいますので。」


「あぁ。気をつけて行っておいで。」


ルイス王子は、どことなく力ない笑顔で微笑むと、ようやくアレンの肩から手を放した。


(何だろう、この感じ…まるでペットの犬を家に置いて出掛ける時みたいな…?)


「っ、すみません、殿下! 失礼します!」


カミーユは、手元の時計を確認するふりをして、ルイス王子からサッと目を逸らし、そそくさと王宮を後にした。


王宮と王立学園は、目と鼻の先にある。それでも、一旦、王宮の堅牢な城門の外に出ると、スッと気持ちが軽くなった。久しぶりにフリッツに会えるのも嬉しい。

(父さんの様子も教えてもらわなきゃ…。)


「アレン!」


「フリッ…ツ?」


新入生で賑わう廊下で、再会したフリッツは、ずっとかけていた眼鏡を外し、髪の毛もスッキリと短く、少し大きめの藍色の瞳が印象的な、実に爽やかなイケメンになっていた。


(驚いた…さすがは、隠しキャラの攻略対象だわ。)


「あの…フリッツ、父さんはどうしてる?」


「あぁ、今はフローリア邸の使用人として働いているよ。元気にしているから心配ない。」


「よかった…! 本当にありがとう、フリッツ。あなたまで巻き込んでごめんなさい。」


アイリーンこと、加奈倉さんの指示だったとはいえ、フリッツは、幼い頃からずっと、私たち父娘を見守ってくれた。ありがたくて、申し訳なくて、アレンは改めて頭を下げた。


「おい、水臭いぞアレン。まぁ、幼馴染みだし、仕方ないから、お前のことは俺が守ってやるよ。」


フリッツは頭の後ろを掻いて、照れ臭そうにしている。

(はっ、今のフリッツの表情かわいい…! このスチルも欲し…じゃ、なかった! 何だか、最近、本格的にゲームのストーリーの世界に入ったせいか、前世の田宮美羽がたまに強く出て来てしまう時がある…。)


「…あの、加奈…いえ、アイリーン様は?」


「あぁ、さっきまで近くにいたんだが、先に入学式典のある聖堂の方に行くって。確か、小鳥がどうとかって、言ってたかな。」


「ことり?…あっ!!!」


思わず叫んだカミーユに、フリッツは驚いて一歩後ずさる。


「どうしたんだ?」


「あ、う、ううん。」


(そうだ、ゲームでは、王立学園の入学式の日に、ルイス王子とアイリーンの再会イベントが発生するんだった。)

『アイリーンは、式典が行われる聖堂のすぐ裏で、巣から落ちて傷ついた小鳥の雛を見つけて、手当てする。そこへ、全校生徒の前でスピーチするために、学園を訪れたルイス王子が現れる。心優しいアイリーンの姿に、ますます心惹かれた王子は、ハナリンダの森で手当てしてくれたお礼と言って、王宮でもプライベートな空間の、限られた者しか入れないバラ園に彼女を招待するのだ。ちなみにゲームでは、この時ルイス王子から渡される、バラ園に入るために必要な許可証、青い蝶々のバッジが、この先の二人の恋を発展させる上で、かかせない必須アイテムとなる。』


(きっと、今ごろルイス王子とアイリーンは…。早く二人が両思いになることを望んでいるはずなのに、どうしてもカミーユの胸は、チリチリと痛んでしまう。)


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ、アレン。」


「うん、大丈夫。私たちも、そろそろ聖堂に移動しなきゃね。」


入学式典の開始の鐘が鳴り、聖堂はあっという間に全校生徒で埋め尽くされていった。


壇上で挨拶する、正装したルイス王子に、全女子生徒は、うっとりとため息を漏らす。


(ルイス様…白地に金刺繍のお召し物に、赤いマント。本当にゲームと同じコスチュームで、ザ・王子様だわ。こうして離れてみると、それこそ、ゲームのキャラクターのように思えてくる。今まで側にいたのが嘘みたいに、彼を遠くに感じる。)


「ルイス殿下…なんて凛々しいお姿…」


「みて、あの艷やな金髪…宝石のような碧い瞳に吸い込まれそう…むしろ吸い込まれたいわ…」


「絵画の大天使のようにお美し…いえ、神々しいわ。」


「学園にはほとんどいらっしゃらないし、式典への参加も2年ぶりだそうよ。こうしてお姿がみられるなんて、なんて幸運なの。」


「生のルイス殿下を拝見できるなんて…もう感激して卒倒しそう…」


(ふっ、こんな外野のセリフまで、ゲームと同じなんてね。)


カミーユは自嘲気味に笑って、本格的に乙女ゲームの世界が始まったことを悟った。


(早く、この物語のキャラクターの一員から抜けださなきゃ。)


カミーユは決意新たに、静かに壇上のルイス王子を見つめながら、拳を握りしめた。

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