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(ルイス王子視点)
6年前、プロポーズと同時にカミーユに贈った指輪には、彼女が今、どこにいるのか、すぐに分かる魔法が掛けてあった。
但し、それが発動するまで、指輪を贈ってから、一週間ほどの時間を要した。さらに、場所が特定できるのはエヴァグリーン国内に限ってのことだった。だから、彼女が国内にいないことがすぐ分かってから、国の領土を広げると決意するまでは、そう時間が掛からなかった。
それからは、積極的に政治の場に顔を出して貪るように学び、その内、国王である父や、宰相クラスにまで、政策に対する意見を求められるまでになった。そうなれば、こちらのものだった。学者にも負けない圧倒的な知識量と、世界中に張り巡らせておいた情報網から分析した国策に異を唱えるものは皆無だった。
外交でも、戦争でも、我が国の領土を広げるための手段は選ばなかった。全ては、カミーユの居場所を突き止めるために。
予想通り、各国の遣いを招き入れる部屋には、併合する国々の使者だけでなく、急な領土拡大に危機感を抱いた国々の代表も訪れていた。
晩餐の場を設けて、私が柔軟な態度を取れば、面白いように緊迫したムードが溶けていった。
もう、カミーユを見つけるという目的は達したのだから、他国になど興味はない。
「ルイス殿下、お見事でした。国益を増進しながら、相手国への保証も手厚く、各国の使者たちも、殿下へ敬愛の念すら抱いておられるように見受けられました。」
「敵国のお心まで掴んでしまうなんて、外交担当の大臣の立場がありませんな。」
「やはり、殿下がいらっしゃると会話や交渉もスムーズで…やはり華やかな社交の場がお似合いになる。」
「いいや、殿下は戦場で指揮を執られる時こそ、若獅子のように凛々しく輝いておられます。」
「殿下、早速、明日の軍議では――」
「…もう、疲れたので休みたい。」
取り巻きの重臣たちと視線も合わせず、足早にその場を後にする。
(早く…早く6年ぶりに取り戻したカミーユの待つ自室へ帰りたい。指輪のお陰で彼女の居場所は分かるけれど、姿が見えないせいか、まだ、この手に戻ったという実感が湧かない。もう一度、一刻も早くこの腕に彼女を抱いて、その存在を噛み締めたい。これほど王城の自室が遠く感じたことはない。今、この瞬間も、カミーユが自身の部屋で待ってくれているなんて、信じられない。
長い廊下を走り出さんばかりの勢いで歩きながら、自分でも驚くほど気分が高揚しているのが分かる。
要するに、僕はずっと、ひどくカミーユに恋をしている。そんな単純ななことが分かって、自嘲気味の笑みが溢れる。カミーユ…一先ずは、最愛の彼女が自分の手に戻ったことが、この上なく嬉しい。でも、確かめておかないといけいないことがある。)
◇◇◇
「おかえりなさい…ませ。」
(カミーユは、僕の姿を見るなりお茶の準備を始めた。緊張しているのを、悟られまいと平静を装う姿が、妙に愛おしい。ずっと見ていたいくらいだ。)
「あぁ、ただいま。アレン、疲れているだろうに、ありがとう。」
(ただいま…か。悪くない。)
カミーユの侍女マリーや、側に控えていた幾名かの者は、普段、めったに口を開くこともない、私の言動に目を丸くしたようだ。
「他の者は下がれ。」
いつもの口調で指示をすれば、王宮の優秀な使用人たちは、我に返ったかのように、瞬時に動く。
「あ、あの…」
二人きりになった空間に、カミーユは、戸惑ったような顔をした。
(幼い頃の彼女なら、こんな時は、即座に僕の隣に来て、くつろいでくれるだろうに…)
「よい香りだ。」
彼女の立ち位置に、一番近いソファーに腰を下ろす。
「良くお休みになれるように、茶葉をブレンドしました。何か召し上がりますか?」
他人行儀な口調が、歯痒い。
「アレン、ちょっと耳を貸してくれ。」
「え? 内密な話ですか? そんなことしなくても、今は二人きりで――あっ!」
カップを手に取ろうとする彼女の手を引いて、自分の膝の上に座らせる。
「なっ、何すっ―――」
慌てて離れようと、抵抗するカミーユを、抱き込んで動きを封じるのは容易い。(6年も探したんだ。もう、何があっても、離してあげられる訳ないだろう?)
「イバロアの待遇が気になるのだろう?」
耳元で囁くと、彼女はジタバタ暴れていた手足をピタリと止めて、真っ直ぐに私を振り返った。
「どうなったのですか?」
息を呑んだ彼女の喉がコクリと鳴った。
(あぁ…カミーユ。少年の格好をしていても、少しつり目の意思の強そうな宝石の瞳や、紅を引いていなくても、赤い薔薇の唇は昔のままだ。)
「言語や文化の統制はない。自治権も基本的にはそのままだ。但し、あの国は、未開の地が多々あるから調査を我が国が支援する。」
「殿下…!」
敗戦国として有り得ない好待遇に驚きながらも、彼女の表情が明るくなった。
「嬉しいか?」
「はい! あっ…」
無防備に喜ぶ彼女に、たまらずキスをする。この笑顔を見るためなら、自分は何だってするだろう。頭で理解するより早く、本能で感じた。
「…んっ…ん」
キスに慣れていない彼女は、すぐ苦しそうな顔になる。
「可愛いな…」
心の声がそのまま唇から溢れる。
「はぁっ、はぁっ…何するんですか! 殿下。」
私がキスをすると、彼女の魔法は解けて、本来のカミーユの姿に戻る。真っ赤な顔で、涙目の彼女に睨まれると、いたずらに加虐心が刺激されて、今にも理性が吹っ飛びそうになる。こんなに感情を揺さぶられるのはどれくらいぶりだろうか。
「カミーユ、君は6年前、執事のリードンに、さらわれたのではなかったのか?」
理性が吹っ飛んでしまう前に、確かめておかなければいけなかった。
彼女は、なぜ髪や瞳の色を変え、男装までして身を隠していたのか。フローリア邸で、私を見る彼女の目は、まるで正体を明かされることを恐れているようだった。
幼いカミーユは、何者かに拐われた。ひどい扱いを受け、怖い思いをして泣いているかもしれない。だから、一刻も早く、私が探し出して救ってやらなければならないと。彼女も、ずっと私の助けを待っているに違いないと思っていた。
それなのに彼女は、それを望んでいなかったように見える。私はカミーユを見つけた時、天にも昇る思いだったというのに。
まさか、カミーユは自分の意思でこの国を出たのだろうか…いや、幼い彼女が…そんなはずはない…。
「…殿下。わたくしは、リードンにさらわれたのではありません。」
そう言って、身を固くした彼女に、心がどんどん冷えていく。




