11
馬車が、王宮に着いた頃には、すっかりと日が暮れていた。久しぶりにみる、魔法でライトアップされた王城は、幻想的だった。
「抱き上げて、部屋まで運ぼうか?」
クタクタになったカミーユを見下ろして、悪びれもせず王子が微笑んだ。
「け、けっこうです!」
結局、ルイス殿下は、馬車が密室なのをいいことに、衣服で隠れていない、カミーユのあらゆる肌に、キスを落とした。まるで、腕の中に戻ったお姫様の存在を、文字通り噛み締めるかのように。
(ルイス王子が、こんなにキス魔だったなんて、知らなかった。ゲームでもそんな設定なかった気がするけど…大体、氷の王子様はどこへいったのよ! とにかくこのままじゃ身が持たない。)
カミーユは心臓を押さえながら、やっとのことで立ち上がる。
「では、行こうか。アレン」
馬車のステップを降りる時、優雅に差し出された王子様の手を、カミーユは勢いよく振り払う。それを見た出迎えの従者たちは、驚いて動揺していたが、気付かないふりをした。
(半年後には、ここを…彼の元を去るんだから、気を強く持たなきゃ。)
カミーユは、大きく深呼吸すると、大股で男のように、壮麗な王城へと歩き出した。
◇◇◇
案内された部屋は、使用人の部屋とは思えないほど広かった。家具や調度品は一流で、天井にはシャンデリアまで輝いている。
「殿下、こんな豪華な部屋には住めません。」
「君は将来、僕の妃になるんだ。表向きは使用人として接するが、ここで暮らしてもらう。」
「そんな…」
部屋を見回すと、家具はかつてオッセン家で使用していた、カミーユの使い慣れたものに似ていた。既に焚きしめられた花の香は、幼い頃に大好きだったものだ。カミーユの胸に、忘れていた懐かしさが、じわじわと温かく込み上げる。
「お嬢様…!…なのですね?」
(マリー!)
かつて一番親しかった乳母の、マリーが扉の奥からやって来る。思わず、駆け寄りそうになるのをグッと堪えて、王子に疑いの眼差しを向ける。
「君のことを伝えたのは、彼女だけだよ。何かと力になってくれるだろう。」
ルイス王子は、ため息をついた。
「お嬢様!!」
「マ、マリー…会いたかったわ…」
マリーに、思いっきり抱き締められると、自然と涙が溢れた。
「は、これは妬けるな。」
ルイス王子は、そう言いながらも、腕を組んで穏やかに微笑んだ。
ほどなくして、ドアがノックされる。
「殿下、イバロア国からの使者がおいでです。」
(…! イバロアは今まで私が身を隠していた国…使者が来たということは、もう国が堕ちたということだろうか。)
「その者の相手は、父上だけでよいであろう。」
急に、王子の声が冷たく無機質になった。
「ぜひにも、ルイス殿下にご挨拶がしたいと…昨日からお待ちですが―――」
「既に、戦後処理は宰相に引き継いである。」
王子は、不機嫌に早口になった。
「それが、他国からも多数、殿下にお目通りしたいと望んでいる者も殺到しておりまして…」
(きっと各国の使者たちは、影ながら、既にこの国の実権を握っている、ルイス王子に直接会いたいに違いないわ。今後、少しでも良い条件で交渉ごとを進めるために。私が口を出せる立場ではないけれど…。ふいに、イバロアの喫茶店で出逢ったお客さん達の笑顔が脳裏に浮かぶ。)
「殿下、どうかお逢いになって下さい。私からもお願いいたします。」
真っ直ぐに王子を見て頭を下げると、王子は少し驚いたように目を見開いた。
「なぜ、君がそんなことを頼む?」
王子は、こちらの意図を見透かすように、目を細めた。
「あ、あの…」
(どうしよう、上手い言葉が見つからない。父さんと、イバロアにいたことは秘密にしたいし…。)
「…そうだな。イバロアは、君が世話になったようだから、たっぷりと礼をしなくてはいけない。」
「えっ」
(なぜ、私がイバロア国にいた事を知って…?!)
王子が浮かべた冷笑に、カミーユの背筋がゾクリとする。
「夕食は一緒に取れない。就寝前に私の部屋に紅茶を頼む。」
唖然とするカミーユの頬に、王子はもう一度キスを落として、部屋を後にした。




