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(逃げられない…!!)

肩に置かれたルイス王子の手は、あくまでも優しかったが、カミーユは本能的にそう思った。


(父さんをお願い…)

フリッツに目配せすると、心得たように頷いてくれた。


「行こうか。」


急に、足早になったルイス王子に半ば引きずられるように、アレンはフローリア邸を後にした。


◇◇◇


迎い合わせの馬車で、しばし無言の時間が流れる。


(カミーユだと、バレているのだろうか…でも、男装している上に、髪や瞳の色まで変えているし、そんなはずはないよね。)

時々、こちらに向けられる、ルイス王子の射抜くような視線が痛い。子供の頃の、温かく包み込むような優しさはどこにいってしまったんだろうか。

(とりあえず、王子が紅茶に飽きるまで、王宮にいて、その後、父さんと合流すればいいわ。でも、やっぱり、王子にアレンという存在を知られてしまった以上、次の店を出すのは、エヴァグリーン国内だと危険ではないかしら…)


「わっ」


カミーユが考えを巡らせていると、馬車が大きく揺れて、カミーユが体勢を崩すと同時に、王子の胸に飛び込んでしまった。


「す、すみません。」


無言で抱き止めた、王子の手がしばらくそのまま離れない。


「?…もう大丈夫です。」


「どうして君は…」


ため息のように吐き出された、王子の台詞がカミーユにはよく聞こえなかった。


「やっと見つけた、僕のお姫様。」


「あっ」


瞬時に、顎をすくい取られ、分厚い眼鏡を奪われた。


「で、殿下…何をおっしゃって…」


(バレた…?! にしても、目前に迫った悩ましげな超絶美形なお顔は、凶器に近い…さっき、至近距離に迫った王子に、固まってしまった加奈倉さんの気持ちが分かった気がした。)


「カミーユ、その姿の訳は、後で聞こう。」


「そんな…んっ」


いきなり口づけられて、カミーユは驚いて目を見張った。逃げようと身を捩っても、びくともしない。後頭部をがっちり固定されながら、余計強く抱き締められるだけだった。


「んんぅ…」


いつまでも終わらない口づけと、壊れてしまいそうなほどキツい抱擁は、ルイス王子が、まるで6年間の空白を、無理矢理に埋めようとしているようでもあった。


「…ぁ」


やっと唇が離された時には、カミーユは頭がぼうっとして、今にも気を失いそうだったが、同時に心が満たされていくように温かく…そして甘く疼くの感じた。

(やっぱり、悪役令嬢カミーユは、本気でルイス王子を愛していたんだわ。6年間も離れていたのに、あっという間に、ルイス王子への恋心が呼び起こされてしまった。これもシナリオの強制力なのかしら…)


「そんな蕩けた顔を…可愛いな。僕のカミーユ。」


艶を含んだ王子の声に、心臓がバクバク跳ねる。


「わ…わたしはっ…カ…カミーユでは、ありませんっ…」


こんなに、息を乱された自分とは対照的に、余裕すら感じられる笑みを浮かべている王子をキッと睨んだ。

(このまま流されてはいけない。恋しているからこそ、一刻も早くこの男から逃げなくてはいけない。正直に言うと、ヒロインのアイリーンの姿を見た時、それが加奈倉さんであってもそうでなくても、既に自分は嫉妬心を抱いてしまった。

きっと、これから、ルイス王子とアイリーンの仲が深まるにつれて、それは膨れ上がっていくだろうと。そうなれば、本当にシナリオ通り悪役令嬢になりかねない。そんな自分が怖かった。)


「ふーん、そうか…これでもか?」


王子は、カミーユの髪を掬って口づけた。


(え、髪が長い…まさか…)


馬車の窓を見ると、王子様のキスで魔法が溶けたお姫様のように、カミーユの波打つ真紅のロングヘヤとルビーの瞳が元に戻っている。


「どう…して…」


「君におかしな魔法を掛けたのは、さっきの青年だね。一体どういう関係なのかな?」


愕然とするカミーユに、王子はあくまで優しげな声で言った。でも、なぜか背筋がゾクッとした。


「フ、フリッツは関係ありません…! 殿下、私は、6年もこの国から離れておりました。もう、あなたの婚約者には相応しくありません。ですから…」


ルイス王子の長い指が、カミーユの唇を塞いだ。そうして、徐に左手袋を外して包帯をほどくと、ルビーの指輪が燦然と煌めいた。


「ダメだよ、カミーユ。ずっと、側にいると約束しただろう?」


澄んだ青い瞳が、真っ直ぐにこちらを捉える。

王子は、ルビーの指輪ごと、カミーユの手の甲に口づけて、自身の膝の上に抱き寄せた。


「もう絶対に離さない。」


後ろから腕の中に閉じ込められて、

優しく宥めるように髪を撫でられれば、カミーユの心臓は、またもや早鐘を打ち始める。

(ダメ…ど、どうしよう…このままでは、身も心も、本当に、この(ひと)に捕らえられてしまう。そうなれば、悪役令嬢カミーユとして、破滅の道へまっしぐらだわ…今世では幸せになろうと、父さんと誓ったのに…しっかりしなきゃ…!!)


「で、殿下! 私に時間を下さませんか?」


碧い瞳が怖くて、振り返らないまま声を絞り出す。


「どういうことかな?」


表情は見えないまま、ルイス王子の声が、一段低くなった。


「これまで、わたしは6年間ずっと、別の国で、アレンとして…男として生きてきました。」


息を整えながら、ゆっくりとしゃべった。それでも声は震えてしまったけれど。


「…うん。」


ルイス王子は、何かの感情を圧し殺すように、次の言葉をグッと飲み込んだ。相変わらず、カミーユの髪をすく大きな手は優しい。


「ですから、いきなり侯爵令嬢として振る舞えと言われても、自信がありません。心の準備が必要なので、一年…いえ、半年でいいので、このままアレンとして、王宮で迎え入れて下さいませんか?」


(このまま、ルイス王子の婚約者に戻るのが怖い…。確か、ゲームでは、出逢いから半年もすれば、ルイス王子とヒロイン・アイリーンは、お互いの恋心に気付くはずだ。

そうすれは、早い段階で、王子から喜んで婚約破棄をしてくれるだろう。それまで、男の成りをして、使用人としてルイス王子との距離を置けば、少しでも自分を保てるのではないかという気持ちもあった。)


「…許そう。」


(え? こんなにあっさり…?)

王子が手を翳すと、カミーユは黒髪・短髪のアレンの姿に戻った。

とりあえず、ホッと胸を撫で下ろす。


「但し、半年が過ぎたら、直ちに王妃教育を受けてもらう。」


王子は、有無を言わさぬ、命令口調になった。


「わっ、わかりました。」


「それと、今日から、君を私の専属の給仕にするから、朝・昼・夜と、就寝前に紅茶を淹れてくれ。」


「え? 毎日ですか?」


「そうだ。」


(そんな…王子と距離を保つために、使用人でいようと思ったのに…)

思わず、カミーユが振り返ると、ルイス王子は待っていたとばかりに、ちゅっ、と音を立てて頬にキスをしてから、王子様らしからぬ黒い微笑みを浮かべた。

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