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鉄壁のガンズー、やり残し/マイルズ

 間借りした家もやっぱり狭いことには変わりなく、ガンズーとバシェットという人の二倍くらいは容量を取りそうな者がふたりも入りこめば、そりゃもう狭い。

 それと、


「うふふ~」

「ご、ごめんなさい」


 シウィー、という名前を出してからどうもコーデッサが挙動不審なので不思議だったが、そういえばいつだったか、見かけたら言伝を、とヴィスクから頼まれていたのを思い出した。

 虹瞳護送隊討伐から共に戻ったよしみか、聞けばひとり生き残ったコーデッサを彼女はちょくちょく気にかけていたらしい。それがなにも言わずに出ていって、なんだか怪しいパーティに入っていたと思ったらまた出ていった。

 なるほど。気持ちはわかるが延々にこやかにガン見するのはやめてやれ。圧が凄い。


「寒くねぇかアスター」

「ん……ちょっと」


 シウィーがくっついているものの、アスターの肩は少し震えている。

 バタバタしてしまったせいで、さすがにちょっと雨に当たりすぎた。服も濡れてしまったし、火鉢も小さなものしか無いので、暖を取るのにあとは毛布に包まるくらいしかない。


 バシェットは外套の下に来ていた上着を脱ぐと、無言で彼にかけた。以前に着ていたサーコートではない。毛皮でできたジャケットだった。


「あ――ありがとう」

「…………」


 ガンズーは自分の身体を見た。胸当ても外しひたひたになった鎧下も脱いだので上半身は裸である。クソ、なんか適当な上着くらい着てくればよかった。


「雨とはいえ、ずいぶん厚着だなおい」

「……俺は寒がりだ」

「お、おう。そうなの」


 渡した先から寒がりとか言うなよ、アスターちょっと困ってんじゃねぇか。やっぱこいつ微妙に間が抜けてんな。


 さて。


「それで、なんで貴方たちがタンバールモースの、しかもこんな裏街にいるんですか。しかもその子まで連れて」

「そりゃこっちが聞きてぇってんだよ。お前らこそこんなとこでなにしてんだ故郷に帰ったんじゃねぇのか」

「ガンズーさ~ん。こっちがそっちがって言ってちゃ収拾がつきませんよ~。こちらの状況から説明しましょうね~」

「はい」


 というわけでここまでの事情を説明する。とはいえ肝心なのはこの街の貴族がアスターを捜索していて、こちらに逃げてきたという点。そして、結局はこちらにもその手は伸びていたということ――


「……同じものとは限らんな」


 そこまで説明すると、バシェットはぽつりと呟いた。

 が、また押し黙る。「どういうこった?」と聞いてみても、腕を組んだまま床のどこか一点を見つめたままである。ほんとこのオッサンは。


「で、どういうことなんだ」


 仕方ないのでコーデッサに聞き直した。


「わたし解説役じゃないんですけど」

「お前だけが頼りだ」

「うぅ……わたしだって喋るの得意じゃないのに」


 これまで同行してきたのだから、おそらくこの無口な男の口代わりをあちらこちらで務めてきたのだろう彼女が肩を落とした。当の男のほうは彼女をちらとだけ見て、また視線を戻す。あ、気にはしてるなこれ。ちゃんと言え。


「多分ですけど……件の男爵の他に、その子を狙ってる人がいるんじゃないかと思うんですよね。いやあの、結局その男爵からが発端というか、同じといえば同じというか、でも違うというか。多分ですけど」


 多分が二回も出てきた。


「お前、説明ヘタだな」

「ううううう」


 歯をむき出して唸り声を上げられた。だってわかんねぇんだもん。

 これは腰を据えて彼らの話を頭から解読しなければならない。


 どうにかこうにか彼女の説明――ときどき、バシェットが数文字だけ付け加えをした――をまとめると、こうである。


 彼らは遺跡群の比較的安全な場所にザンブルムスを埋葬してから、コーデッサの故郷という山村へは向かわなかった。

 やり残したことがあったからだ。


 『黒鉄の矛』として引き受けた虹瞳の奪取。そのひとつはタンバールモースから発された裏の依頼。彼らが最後にアスターを連れてこの街に向かおうとしたのもそのため――と、コーデッサは思っていた。

 バシェットはどうも、そんなろくでもない指示など出す輩など子供の引き渡しに出てきたところで切って捨てようと考えていたらしい。うまくすれば例の『蛇』とも合流できるだろうから、諸共。玉砕覚悟だったようだ。

 ザンブルムスは当然、肝心のアスターとついでにコーデッサはどうするつもりだったのかと聞くとやっぱり押し黙ったので、止めてもらえて本当によかったとのこと。「……反省した」だそうです。


 ともかく、『蛇』の行方は知れないが、タンバールモースに禍根が残っていると考えた。放置しておけば、アージ・デッソで過ごすアスター並びにふたりの虹瞳の子にまた災いがあるかもしれない。

 どうにか外壁を越え――主にバシェットの力尽くで――裏街に潜伏する。協会には申し訳ないと思いつつ、居場所は明かさなかった。


 『蛇』はその仕事を、原理派から拾ってきた、としか言っていない。どこの誰とはわからない。ただ、符合だけは伝えられていた。姿を潜めて、のこのこ出てきた使いの者を追う。

 最終的に、その使いはカウェンサグ男爵というこの街の貴族に仕えていることがわかった。あれこれ調べてみれば、アスターを狙うとしたらその男爵で間違いないと思われる。


 ではいかにしたものか、と考えていたところに、当の子供とさらには鉄壁のガンズーまで見かけてしまった。しかも襲われた。あろうことかこっちに来た。

 ふたり見合わせた顔には、しゃーないね、と書いてあった。こればかりは口に出さずともわかった。


「タイミング悪くて悪かったな」

「ほんとですよなんで本人が来ちゃうんですか大混乱だったんですけど」

「そんで、さっきの連中が別口なんじゃねぇかってのは?」

「鉄壁のガンズーだって見たじゃないですか」


 確かに見た。さらに言えば、彼女たちに見えないものもガンズーは見た。

 凄まじいまでの身体強化。証拠隠滅まで含めたような急激な瘴化。そして異常と言えるステータス補正。

 あんなことができるとすれば――


「……奴の魔術は見たことが無い。だが、薬にできることを魔術でできない道理も無かろう」


 珍しく長めの台詞を吐いたバシェットは、正しい。

 あれができるとしたら、『蛇』しかいない。


「この街に来ているとしたら~、男爵より先にこの子を捕まえようとするでしょうね~。そのまま渡してお金いっぱい恩もいっぱいでもいいですし~、隠しておけばちょっとした相談なんかもできそうです~」


 シウィーの言うような狙いかはわからないが、街中と裏街では加減が違ったのは確かだ。

 厄介だが、しかし『蛇』が近くにいるというのは千載一遇の機会とも言える。どうにか尻尾を捕まえたい。


「って思うんだけどよ。あんたもそうなんじゃないか?」

「……俺の役目だ」

「まーたお前はそうやって」

「……君はその子を守るべきだ」

「まったくそのとおりですね」


 ほんとそうだよ。なに調子乗ってんだ俺は。今はアスターを守ることが先決だ。下手に騒ぎを広げればノノやフロリカにも危険が及ぶのだ。

 なんかさっきから諭されてばっかな気がする。よくないなぁ。ちょっと落ち着かなければ。


「そういやぁ、その貴族になにがあるってんだ? なんかアスターを狙うような事情でもあんのか?」


 ひと呼吸置くため残った疑問を聞いてみれば、コーデッサは口を噤んだ。迷ったように視線を彷徨わせて、アスターを見てからバシェットに目を向ける。

 その彼はいつのまにか、視線を床から渦中の子供へ移していた。


「……我々から言うべきか?」


 小さな声に促され、アスターは顔を上げた。

 長い沈黙のあと、出てきた言葉もやはり小さい。


「――アルストラ・カウェンサグは、僕の父です」





 投げつけられたカップが肩に当たり、紅茶の飛沫がわずかに目に入った。

 下げたままの頭に当たるよりはマシだったろう。砕けたカップの破片が床に散らばった。


「――帳簿を眺めてくるだけなら端女でもできる仕事だな」


 それ以上にどうしろと言うのだ。仔細も明かさず街をひっくり返せとでも言うのか。そんな無法が許されるわけがない。カウェンサグの名にそこまでの力など無いのだ。

 その名前さえ出す許しを得るまでひどく苦労した。そもそもただの家令見習いである自分がするような仕事じゃない。この雨の中から、たったひとりの子供を探し出してくるなんて。

 マイルズは床を見ながら、鬱々としていた。


「まぁいい。明日までには見つけろ。この雨ならどうせ街からも出られん」


 なら見つけるのだって難しいよ。言いたいが、言うわけにはいかない。

 姿勢を戻し、さらにもうひとつ頭を下げてから退室しようとすると、主であるアルストラはこちらの足元を指差して言った。


「あぁ、片付けてから行けよ」


 カップの欠片が詰まった袋を手に、廊下を踏み潰すように歩く。

 まったく、元はといえばお前の股間が原因だというのに、なぜ自分がこんな目に遭わねばならないのだ。人に言えないことをするなら、せめてそれ用の人員ぐらい用意しておけ。


 屋敷の厨房にあるゴミ箱に袋を突っこみ、水を少し貰った。ようやく落ち着く。

 従者の控室を覗いてみれば、端女のひとりが顔の青アザを同僚に冷やしてもらっていた。また奥様のヒステリーか。最近また酷くなってきた。


 主が他所に子供を作っていたと知ったときが最も酷かったが、今もそれに近いかもしれない。いや、ようやくできた自分の子が喋れないとわかったときも大差なかったか。

 なんにせよ、種か畑のどちらかの責任だ。下の者に当たらないでほしい。


 しかし愚かな雇い主だ。捨て置いていた落胤を、いざ本妻に子供ができないとなれば連れ戻し、いざれっきとした嗣子ができればあっさり処分した。その跡継ぎが出来損ないだったというのだからお笑いである。

 追い出した子もよく無事だったものだ。虹瞳になんて生まれてくるものじゃないな。それらしい処分の仕方をしたと言っていたし、間違いなく死んだものと思っていたが。


 できれば、どこかで無事なまま戻ってこないでほしかったが。

 わざわざこの街に入ってしまえば、そりゃ諦めかけた心もまた鎌首をもたげる。主とはそういう男なのだ。

 アージ・デッソで平和に過ごしていてほしかった。なにせ自分はまたこの夜雨に身を晒さなければならない。


 とにかく、まだ探せと言うならそうするしかない立場だ。街を回るにも限界があるし、行くとすれば裏街だろうか。たしか主の愛人はあちらに住んでいるはず。母親の元を訪れているかもしれない。


 心配なのは、同行しているという鉄壁のガンズーだ。一緒に街へ入ったらしい。自分でもその名を知っている冒険者。噂によると、人の頭ぐらい簡単に引き千切るという。

 いっそ全て打ち明けてみようか。勇者パーティの一員だし、正にその隠し子を助けた張本人であるという話も聞いている。

 多分、悪いようにはしないでいてくれる気がする。どうだろう。誠意を持って当たるしかないか。誠意とはなんだと聞かれたら、マイルズにはまったくわからないのだが。


 とにかく子供の居場所を突き止めなければ始まらない。昼間のように従者を借りることはできなかったので、仕方なくマイルズはひとりで夜のタンバールモースを進んだ。

 フードを深くする。雨はまだ強い。だが、道は頭に入っている。


 外壁の横道に潜りこんだ。足元が水に沈む。この辺りの排水をどうにかしろと陳情がいくつか来ているはずだが、主はいつになったら着手するのだろう。

 穴の中は蹴った水の波紋すら見えないほど暗い。カンテラくらい持ってくればよかったろうか。転んだら目も当てられない。


 ?


 この横道はそこまで長くはない。両出口が目視できる範囲にある。いくら雨で遮られても、光がまったく届かないとまではならないはずだ。

 暗すぎる。目の前に持ってきた手の影すら見えない。


 だから、後ろから胸を貫いたなにかが、剣なのかどうかすらマイルズには見えなかった。

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