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鉄壁のガンズー、再会

「……ガキなら向こうにも沢山いたぞ」

「いいからガキ置いて失せろ」

「俺が代わりについてってやるか?」

「殺せ」


 いかん、怒らせてしまった。

 早速こうなってしまうあたり、やはり外はあまり歩けない。そして困ったことに彼らが単純な人さらいなのかアスター個人を狙っているのかいまいち判別がつかなかった。

 見るからに喧嘩を売るに不向きなガンズーを相手にしようというのだから、後者だろうとは思うが、そうするとわざわざこんなゴロツキまで雇った? なんだかそれも不自然な気がする。街を回っていた使いは強引な手は控えていた。


 なにはともあれ、降りかかる火の粉は――降っているのは雨だが――払っておこう。誰かに雇われたというなら軽く締め上げれば吐くだろう。単なる商売ならそれはそれで締めよう。


「アスター下がってろよ」


 後ろで身構えていた子へ、あからさまに首を動かして告げた。彼は頭がいいのですでに下がっている。言う意味は無い。


 言うと同時に水を踏み飛ばす音。きっちり反応してくれたようだ。

 視線を戻せば、目の前に角材を振り上げた男。

 が、意外と早い。すでに振り下ろされるところだ。もしかしてそこそこ強いのだろうか。そんなふうには見えないが。ともあれ、木切れで打たれるくらいどうということもないのだ。


 ガンズーはそれを事もなげに額で受けた。


 湿った木材は少ししなって、当然のように砕ける。

 ガンズーの頭もわずかに揺れた。しっかりと衝撃があった。


(――?)


 一瞬だけ混乱する。

 ダメージは無い。無いはずだ。実際に脳までは揺れていないし、頭蓋に損傷なども無いし、皮膚が破れたりもしていない。

 ただ首が衝撃を支えきらなかった。ほんの少し、確かに視界が上下した。


 己の身体は鉄壁のガンズー。崩れた塔の瓦礫が直撃しても平然としていた男である。

 それが、その辺のゴロツキが振る棒っきれで揺らいだ。


 明らかになにかがおかしい。


『 れべる  : 6/50


  ちから  :   45(+30)

  たいりょく:   44(+30)

  わざ   :   39(+30)

  はやさ  :   41(+30)

  ちりょく :   37(+30)

  せいしん :   38(+30) 』


「なんっだそりゃあ!?」


 思わず叫んだ。叫びながら目の前のゴロツキを殴り飛ばした。次に向かってきた男の角材を腕で受ける。やはり砕けたが、残った感触は明確に強烈だった。

 全員が似たようなステータスをしている。見たこともないような異常な補正値が乗っている。


 これに近いものを知っていた。『鱗』。

 だが、あれだってここまで凄まじい強化など――いや、何個も一気に使えば可能なのか? それにしたって、じゃあなんでこいつら平気そうにしてんだ。正気も失ってなければ死にかけてもないぞ!?


 そして、一番の問題は――速さで負けている!


「アスター!」


 もうひとりを裏拳で吹っ飛ばしながら身体を反転。

 振り向いた先では、アスターがゴロツキのひとりに抱え上げられていた。

 男はそのまま駆けだす。


「ふざけんなコラァ!」


 残ったゴロツキには目もくれず追いかける。

 走り出す瞬間に後ろから殴られ転びかけたが、無視した。並走してきたゴロツキに肩を掴まれたが投げ飛ばす。横からタックルされたが弾き返した。


 邪魔くさい。アスターを抱えた男が離れていく。焦る。地面がぬかるむ。焦る。視界が悪い。焦る。腰を掴まれた。焦る。適当に腕を振ったらなにかに当たった。焦る。男は小屋が乱雑に並ぶ路地へ逃げこみ――


「アスター!」


 ガンズーが悲鳴に近い叫びを上げると同時、路地の陰から男だけが吹っ飛ばされて戻ってきた。

 ごろんと足元に転がったその姿に、疑問符が尽きない。アスターどこ行った?


 茫然としていると、路地から小さな姿がおそるおそる姿を現した。ああよかった無事だ。

 そして、彼の後ろからのそりと巨大な影。外套を深く被った姿は、ガンズーにすら劣らない長身。そんなものと並べば、子供はことさら小さく見える。自分と並んでいてもあんなふうに見えるのだろうか。


 ともあれ、助け――なのか?


「な、なんだてめぇ!?」


 転がされた男が足元から叫んだ。なんだといえば、確かにこちらとしても気になる。が、それはそれとして踏みつけると男は黙った。


 先ほどからガンズーへ追いすがっていた、残りのゴロツキたちが距離を取る。

 唐突に現れた新手に警戒している。


 外套から覗いた手がアスターを守るようにしながら促すと、ガンズーの元へ近づいてきた。足元の子は驚いた表情を戻せないまま、きょろきょろちらちらと外套の中へ目を動かしている。彼からなら、その顔も見えるだろう。


 目の前まで来た。

 ガンズーは――さて、なにを言ったもんか。


 とりあえず、


「なにしてんだお前さん」

「……こちらの台詞だ」


 バシェットの返答は――予想どおり――短い。






 距離を取っていたゴロツキが仲間を見捨てて逃げていったため、ガンズーに踏みつけられた男だけがその場に残った。

 相変わらず雨は強い。立ち話には向かない場所だ。

 なのだが、言いたいことも聞きたいことも多すぎる。


「まぁ、なんだ。ありがとよアスター助けてくれて」

「……子供を」

「あん?」

「連れて歩く場所でも、時間でもないな」


 小さく短く正論を言われ、なにも言い返せない。

 こちらにも事情がないこともないのだが、傍から見たらたしかにバカなことをしているように感じるだろう。

 しかし通りすがりに逐一説明すんのもなぁ。


「違うんです」


 アスターがガンズーの膝あたりを掴みながら、見上げて言う。


「僕がお母さんのことなんか言うから、ガンズーは、一緒に来てくれて」


 彼はバシェットから目を逸らさない。逆に言われたほうが困ってこちらに視線を送ってくる始末だ。見られても俺だって困る。


「ちっと色々あってな」

「…………」


 なんか言えや。

 しかしまさかこんなところでこいつに会うことになるとは。もう顔を合わせることなど無いかと思っていたが、世間は狭い。まあ実際、スエス半島はそこまで広いわけではないが。


「あのー」


 声がかかったので目を向ければ、バシェットと似たような外套を――サイズを間違えたのか若干ぶかぶかだ――被った小柄な姿。

 フードを少し上げると、地味な顔が出てきた。

 なんだっけ、えーと……コーデッサ、だっけか。


「うわ、ホントに鉄壁のガンズーだった」

「やっぱお前もいたのか」

「いちゃ悪いですか」

「誰もんなこと言ってねぇだろがよ」


 わざわざ彼女はこちらから一歩離れた。なぜかは知らないが、どうも彼女の態度には棘――というか、苦手意識を感じる。俺なんかしたっけ。

 ふと、その視線が足元のアスターへ行く。考えてみればふたり共、この子とは面識があるんだよな。拉致相手だったという凄まじい面識が。

 それが今度は助ける側に回ったのだから、奇妙な縁だ。


 というかこっちのオッサン、アスターになんか思うところあったんじゃなかったっけか。唐突な再会となったわけだが、いいんだろうか。どうせほうっとけば黙ったままだろうし、ほうっとこう。


「えと……助けてくれて、ありがとうございます」


 礼儀正しい子の言葉に、ふたり揃ってなんともいえない表情をする。

 おそらく、複雑な心境だろう。なにせ加害者と被害者の関係だったわけで、そこから出てきた言葉だ。この子は古いことをとやかく言う男じゃないぞ、素直に受け取っとけ。


「雨ん中で立ち話もねぇだろ。話も聞きてぇし、ちょっとこっちのヤサにでも寄ってかねぇか」

「……まだだろう」


 バシェットがどこかを見ながら小さく言うので、そちらに顔を向ける。倒れたままのゴロツキがひとり。あ、すっかり忘れてた。


 活を入れると、男は意識を取り戻した。ちょっと強めに踏みつけたはずだが、胸も首も折れたりはしていない。やはり身体そのものが強化されている。


「て、てめっ」

「おー、騒ぐな騒ぐな。お仲間は逃げちまったぞ。痛いめ見たくなかったらなんでアスター狙ったのか言え」


 周囲を見回して自分の状況がわかったのか、途端に気弱な表情になった男はこちらを窺うような目をし始めた。


「クソ、なんだよ、こんなのが相手なんて聞いてねぇぞ」

「あん? やっぱ誰かに頼まれやがったか」

「そう、そうなんだ。金やるから、でけぇ男が連れてる子供をかっさらってこいって言われて」

「誰に」

「知らねぇ爺さんだよ。金三枚も寄越してくるから怪しいと思ったんだが、妙な魔術を使いやがって……だがとんでもねぇんだ。わけわかんねぇくらい力が出て」

「術ぅ?」

「頼みごとをする餞別だとか言って、なんか、こうやって、手から靄みたいなモンが出てきてよ、それ吸いこんだら――」


 そこまで言って、男は急に止まった。あれこれ話そうとする姿勢のまま。

 どうした? と聞こうとして、ガンズーが口をひらいた直後。


 ぼわ、と音さえ発して男は黒くなった。体中が溶けるように急激に黒く滲む。

 思わず飛び退いた。破裂するように湧いた靄がその場に留まり、わずかに雨水へ溶ける。

 アスターを庇うようにして下がった。この現象は――


「お、汚染!? 瘴化!?」


 コーデッサの悲鳴じみた声が響いた。

 そうだ。これはマナ汚染というより、魔獣が消えるときの瘴化に近い。だが、これほど唐突かつ急激なものなど見たことが無い。

 男の来ていた服が、ぐずぐずと地面にずり落ちていき、それも瘴気の靄で見えなくなる。この雨だ。人間ひとり分の瘴気なら、瘴界や瘴気溜まりにまでなることはないだろうが。


「ちょ、ちょっと! 鉄壁のガンズー! なんなんですかこれ!? なにしてるんですか!? これ、まるで――」


 言いたいことはわかる。


「『鱗』みたい、ってか?」

「い、言いたくなかったのに」

「残念だが、俺もそう思っちまったんでな。なんでまたタンバールモースでまでこんなモンにぶち当たるかねぇ」


 ひたひたになった髪の水気を切るように頭を掻いて、ガンズーはバシェットへと向き直った。


「あんたらがここにいるのも、あながち偶然ってわけじゃなさそうだな」

「…………」


 だからなんか言えや。


 ともかく、たまたま居合わせました助かったよありがとうそれじゃあね、というわけにはいかないらしい。

 とにかく一旦、シウィーのところへ戻ろう。当然、こいつらにも来てもらう。


 顎をくいと動かすと、バシェットはやはり黙ったまま頷いた。

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