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鉄壁のガンズー、叱る

 さて、早速の大問題である。


 出発から数時間。太陽は若干の西寄り。

 少々早いペースで進行したため、街道はすでにタンバールモースへ続く分かれ道を越えている。

 そろそろ昼食。というわけで、エウレーナが適当な荷を開けた。


 ノノとアスターが入っていた。


「ガンズー殿ぉ!? どういうことだぁ!?」

「あら~ふたりとも凄いわね~冒険だわ~」

「いやいやいやいやどうすんだコレ向こうでも騒いでんぞきっと」

「アスター君!? 他の人には!? 誰かに言ってきたの!?」


 間違いなく言ってないだろうなぁ。

 アスターはもはや処罰もやむなしという沈痛な面持ちで騒ぐ大人たちの喧騒を耐えているが、隣のノノはなぜか誇らしげだった。

 ガンズーは気が遠くなっていく。お、遠くに渡り鳥。冬も近いしなぁ。






 当然だが、アスターだって本当はこのままパウラと別れてしまうのは心苦しく思っていた。

 出発までの一週間、こちらはほぼ毎日のように修道院へ通っていたが、なかなかそれをガンズーに明かすことはできなかった。ただ、ノノにだけは隠しきることができなかったようだ。延々つきまとわれれば無理も無い。

 と、彼はたどたどしく語った。どうも悪いことであるのは自覚している。消え去りそうな声だった。


 ところでその相談相手は、身ひとつで夜に院を抜け出す勇敢なるわんぱく娘である。こう考えたかもしれない。「んじゃついてけ」。

 あまり褒められない発想だが、実際にこうして彼らはここにいる。やらかしてくれやがったわけだが、この子たちだけで段取りを作れるとは思えない。

 手引きした者がいるはずだが――


「下手人はちゃんとこっちで確保したよー」


 何食わぬ顔で現れたミークがそう言った。子供ふたりがいないことに気付いた修道院が頼ったのだろう。あっさりとこちらに追いついてきた。ほんと便利だなこいつ。


 犯人もわかっているようだ。

 院にいて、ノノとアスターに協力できて、自由に行動することができて、荷物を運んでいた張本人。


「出禁になるんじゃねぇかあのポンコツ」

「しばらくは外出禁止かなー。とりあえず今は、トルムが方々に謝って回ってるけど」


 すまんなトルム。アノリティにはよく言って聞かせてくれ。


 そして、問題はこの小さな冒険者である。ある意味で現在の混乱の原因である。

 ノノはそれでも自信満々の顔をしていた。が、目は全力で右上を見ている。ガンズーは知っている。こういう顔をするのはヤッベと思っているときだ。ヤッベとは思っているが、けして譲らないときの顔だ。


 ちらと振り返る。あんたがどうにかせぇよ、とヴィスクの半眼が言っている。横を見た。ガンズーさんの仕事ですよ、とフロリカの困った顔が言っている。


 そう。この子を叱るのは自分の仕事だ。

 アスターのことを考えての結果だとわかる。パウラのことを思っての所業なのもわかる。

 だが、これはよくない。大勢に迷惑と心配をかけるやり方だ。正してやらなければならないのだ。俺が。


 ノノを叱る。叱る? 俺が?

 どやって?


「ノノ」

「う」

「めっ」


 人差し指で額をちょこんと突いた。

 はぁー、と背後からエウレーナの盛大な溜息が聞こえた。わ、わかっとるわい。こんなんじゃダメなことくらいわかっとるわい。


「あー……そうだな。ノノ、あのよ」

「あい」

「外が危ないのは知ってるな?」

「しってる」

「危ないから、俺とか、フロリカたちとか、この兄ちゃんたちがパウラのために頑張って準備したのもわかるよな?」

「……わかる」

「お前たちまで来ちまったら、みんなを守るのが大変になるのもわかるな? それだけじゃねぇ、パウラ自身も危なくなるかも」

「わかる」

「じゃあ、こうやって来ちまったことはどう思う?」

「……いくない」

「そうだな。よくねぇな。じゃあ、そういうときはなんて言えばいい?」

「ごめんなさい」

「よし。そしたらこのあとどうするかは俺たちに任せろ」


 ド緊張しながら言うべきことだけとにかく言ってみたが、これでよかったのだろうか。まったくわからない。自信が無い。

 ただ、ノノは素直に聞いてくれたし、わかってくれたと思う。多分。わからん。ほんと自信ない。誰か助けてくれ。

 なんとか汗を掻くのは背中だけに抑えられたので、表面には出ていない。しかしガンズーは内心ひどく焦っていた。パパ嫌いと言われなくてよかった。本当に。


 ところでその子は反省もほどほどに、視線をちらちらと動かしていた。自分の横にいるアスターと、奥で成り行きを見守っているパウラとに。


「お前がふたりのこと考えてやったってのはちゃんとわかってるよ。でも、こんな無茶はもうダメだぞ」

「あい」

「おう。ふたりがそれくらい大事だってことだしな」

「いくない」

「んん?」

「……ちゃんとお別れできないのは、いくない」


 彼女は隣にいる男の子の顔を見ながら言った。アスターは目に見えてわかるほどギクりとする。

 なるほど、そのとおりだ。大事な人とお別れをしなければならないことの意味をよく知っているこの子が言うのだ。あまりにも正しい。できればもうちょっと早くに言ってやってほしかったが。

 いや、そもそも自分たち大人が諭すべきことだったのだ。本当に不甲斐ない。


 とまれ、問題はこのふたりの扱いである。


「あたしがつれて帰ってもいーよ」

「まぁそうなるかなぁ。お前の場合なんか雑に扱ってくれそうで怖いが。間違っても抱えてバカみたいな速度で走るなよ」

「さすがにしないよー……もし落っことしたらゴメンだけど」

「ゴメンで済むかボケ」


 やっぱミークじゃ不安だ。どうしたものかと困っていると、協会の職員がおずおず申し出てくる。いちおう、この団体の代表者ということになっている男だ。


「我々のうち誰かが付き添って戻りましょう。ミーク様だけに報告を頼むのも気が引けますし」

「うーん、しかしあんたらも人数カツカツだろ? 中継地の連絡、俺たちだけじゃできねぇぞ。まだ街からそこまで離れてねぇし、いっそ一旦引き返すか?」


 フロリカや他の修道女も顔を挟んでくる。


「今からとなると、再出発はまた明日に回さねばなりませんね」

「一日って割とでけぇよな……天気崩れねぇうちに進めるだけは進みたいが」

「司祭様によれば十日ほど先に雨の気配があるとかで……ギリギリですね」


 あれやこれやと話していると、一歩下がって聞いていたヴィスクがなんでもなさそうに言った。


「もう連れてっちまえばいいんじゃねーの? 子供ふたりくらいなら旅糧も予算もそう変わんないだろ」


 結果としては、彼の意見が採用された。修道女が同行しているので面倒の人手も足りているし、護衛の負担についてもそもそも過剰気味である。

 来てしまったものはしょうがない。一緒に守ろう。ということである。


 この結果を狙ったわけではないのだろうが、ノノは喜んだ。ガンズーともいられる。パウラともまだしばらくはいられる。

 調子に乗ってはいけないので、また改めてよく言っておかねば。


「そんじゃあたしはそう伝えてくるねー。やきもきしてるだろうし」


 そう言ってミークは風のように駆けていった。もう見えない。

 彼女がうまいこと伝えてくれたとしても、街の者たちには余計な心配をかけてしまうかもしれない。戻ったらまた謝罪行脚だな。


 それから、


「……ごめんね」

「…………」


 ノノに腕を掴まれパウラの前に引きずり出されたアスターは、素直に謝った。

 事ここに至っては下手な意地を張る必要も無いのだ。彼自身、それをよくわかっていたのだろう。

 けれど相手が反応しないせいか、不安な表情を晴らすことができないでいた。


 多分、パウラだって怒っている。散々気を揉ませて、望まぬ別れ方を覚悟して、伝言しか残せなかったというのに、結局ここまでやって来る無茶をして。

 何歳だろうが、そういう男のバカに女はうるさいぞ。ガンズーは口を挟めなかったので、益体も無いことを思った。


 彼女は――きっと色んな思いを全てひっくるめて――アスターとノノに抱き着いた。

 泣いているかどうかはここからだとわからない。あの子はよく泣くから、もしかしたらそうかも。でも、どちらでもいい。


 三人はずっと寄り添っていた。いつかと同じく、互いを支えるように。





 タンバールモースを超え、その日のうちに予定していた小さな宿場町まで着くことができた。すでに日は沈んでいたので危ういところではあったが、野営に入らずに済んだのは僥倖だった。

 早いペースで進んではいるものの、予定外があったのも事実。明日以降は予定を少し見直さなければならないかもしれない。


 宿で最も大きな部屋に、子供たちは修道女と共に固まる。疲れもあったのか、夕食を終えればすぐに寝入ったらしい。

 らしいというのも、さすがに彼女たちの部屋にお邪魔するのは気が引ける。なにせガンズーには前科がある。おいそれ突撃などしようものなら、アージ・デッソに帰れなくなるのは自分になるだろう。


 が、子供たちの様子を見ておきたいという気持ちもあった。酒場にくり出すヴィスクの誘いを保留し、ガンズーは宿の廊下でうろうろしていた。


「なにをしておるのだ貴殿は」


 当の部屋から出てきたエウレーナは半眼だった。不審者を見つけたときの目だった。


「お前こそなにしてんだ。そこお前の部屋じゃねぇだろ」

「私は――まぁその、べつに。彼女たちと明日からの打ち合わせだ」

「あそ。お前まで子供の顔見たいとか言いだしたのかと思ったぜ」


 言うと、彼女の丸い顔はみるみる赤くなった。

 おや?


「べつに顔が見たいわけでは……! その、思うところがあっただけだ! なんだ悪いか!?」

「い、いや、なんも悪いとは。どういう風の吹き回しかと思っただけでよ」


 なにか言いたそうにしていたが、結局なにも言わず彼女は立ち去ろうとする。

 だが立ち止まって振り向くと、彼女は妙なことを聞いてきた。


「……ガンズー殿。子供はいいか?」

「いいぞ」


 即答した。質問の意図はよくわからないが、ともあれ即答した。

 いいものはいい。そうとしか言いようがない。時おり困らされるが、それもよいものだ。まあ、今回のようなことは少な目でお願いしたいが。


「そうか」


 エウレーナは――なぜか興味深そうな顔で――頷いた。


「そうか」


 繰り返し頷くと、ひとりで勝手に納得したようで自分の部屋に引っこんでいく。

 なんなんだろうか。院の護衛のときも、彼女はそこまで子供に入れ込んでいるような様子は無かったが。


 そういえば三頭の蛇亭にいた常連がノノを見て結婚する気になったんだったか。

まさか彼女まで子供が欲しいと思い始めたとか? ははは、まさかな。

 ふと、ヴィスクも若干様子がおかしかったことを思い出す。いや、まさかな。





「イースファラの血を絶やすべきではないとかなんとか、凄ぇ真剣な顔でいわれたよ」


 久々に外での飲酒。

 なのだが、なんとなく先ほどのエウレーナの様子を隣の男に振ってみたところ、酒が逆流しかける返答が来た。咽そうになったが、丸ごと飲みこむ。


「ま、あいつももうけっこうな歳だしさ。本当なら、子供の三、四人は産んでてもおかしくねぇし。そういうのもあんのかなーとかは考えた」


 いつもの軽薄な表情が嘘のように手元の皿を見つめるヴィスク。どこか哀愁のようなものまで漂っている。


「つったってお前……仕事どうすんだ」

「べつにガキ拵えたからっつって剣を手放すつもりはねぇよ。ま、やり方は変わってくるかもしんないけど」

「あ、普通に子供作る気にはなってんのな」

「そりゃあんだけ言われちゃーねぇ。ただ」


 エールを一気に呷ると、彼は視線をどこかにやりながらぽつりと、


「アージ・デッソには戻んねーかも。協会にはそう伝えた」


 ガンズーはぱかんと口を開けた。かなりの覚悟から出た発言だとわかった。


「聞いたらさ、あの子――パウラだっけか。これから向かうあの子の村、今は専従の冒険者もいなくなったし、衛士もそう多くねーんだってさ。虹瞳の子がいるってのにそれじゃ、ちょっと不用心だよな」


 村にいた冒険者。きっとパウラの父親のことだ。そうすると、たしかに今は魔獣から村を守るにも苦労しているかもしれない。

 照れたように頬を掻いて、彼は続ける。


「家でも作って、一からやってみんのもいいかもなー、なんてな」


 なるほど、彼がこの旅に同行したのはそれが理由か。故郷に近い場所だというのだし、定住するつもりなのだろう。


 しかしそうか。こいつが子供をねぇ。また思い切ったもんだ。

 とはいえこれは――


「ほれ」

「なんだよ」

「こういうときゃ、乾杯するもんだろがよ」


 ごしん、という木のぶつかり合う音。乾杯というには少々武骨だ。

 だが冒険者仲間の門出である。このほうが似合うというものだ。

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