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鉄壁のガンズー、ふるさと

 蝶番が悲鳴を上げたものの、協会支部の扉はギリギリ壊れなかった。

 踵を踏み鳴らしながら奥へ進む。意識してやっているわけではなく、自然とそうなってしまうのだから仕方ない。

 いつぞや支部長に叱られた中間管理職の男が用件を聞きつつ止めに来た。討ち入りのような勢いで飛びこんだのだからそうもなる。ボンドビーはどこだと鼻先をくっつけながら凄むと、快く案内してくれた。止める気は失せたらしい。

 いつもガンズーが使う応接室とは反対側にある部屋だった。こちらも応接室のひとつではあるらしい。


 ノックもせずにガンズーは扉を開けた。きっとドアノブは少し緩くなった。


「――聞いてねぇぞボンドビー!」


 当然そこに座っているのはボンドビー支部長。それから向かいに、ヴィスクとシウィーが並んでいた。


「が、ガンズー殿?」

「てめこらなんであんな大事なこと俺に知らせねぇんだ! まさか俺を部外者扱いすんじゃねぇだろな許さんぞそんなことぁ!」

「おいおい旦那、いきなり現れてどうした。ちょっと落ち着けよ」

「うるせぇスッタコ! お前もグルか!?」

「なにがなんのグルだよマジで少し落ち着け。はい深呼吸ー」


 すっはー! すぅうはぁー!

 ちょっと落ち着いた。突然の報せに思わず駆け出してきてしまったが、確かに褒められる行動ではない。フロリカたちに一旦ノノを任せてきたが、こちらもよろしくないことだ。早く戻らねば。


 とはいえ、パウラが帰されると聞かされては黙っていられなかった。

 確かに少し前、彼女の故郷へ飛んだ協会員が戻れば送還の段取りを整えるとは聞いていた。遅かれ早かれそういう話は出てくるはずだった。

 だが急すぎる。事前にちょっとくらい、自分に一言あってもよかったはずだ。彼女の護衛に付き合いたい旨も伝えてあったのだ。バリバリの当事者だ。一番に伝えてくれたっていいじゃんか。

 なんにも知らん顔で会いに行ってしまった。嫌われたらどうする!


「いえそれが……先ほど向かわせた者によれば、ドートン君とデイティス君がなにやら倒れているだけで、ガンズー殿は外出中だったと」


 行き違いじゃん! 俺のタイミングが悪いんじゃん! なに勝手に怒ってんの俺バカじゃないの!?


「というか、その話が決まったのも今日のことでして。今朝がた当地へ飛ばしていた担当者が戻りましてな。長雨で帰りが遅れてしまいまして。しかしガンズー殿にはどうにか伝えるべきでしたな。申し訳ない」


 謝らせてしまった。ボンドビーはなにも悪くないのに。

 ガンズーは全力で縮こまった。


「旦那。なんか言うことは?」

「すんません」

「素直なのはよいことですね~」


 よくないです。ほんとこういうところ直さんとなぁ。


「ともあれ、計画の詳細はこれから詰めていくことになります。そこはもちろんガンズー殿にも加わっていただくつもりでしたので、改めて話し合いましょう」

「はい……是非お願いします」

「あの、やりにくいので元に戻っていただけると助かるのですが」


 冷や汗をかくボンドビーに向けて頭を掻きながら、ガンズーはとりあえず安心した。

 パウラは故郷へ帰ることができる。ずいぶん長いこと親元から離してしまった。ひとり残されていたという母親は、一日千秋の思いだったろう。

 本人だって母に会いたいと望んでいた。帰りたいと思っていたのだ。それこそを彼女の父だって願っていた。


 だが先ほどの、あの複雑な表情は――故郷に帰るということは、この街から離れるということだ。院の仲間たちと別れるということだ。国内とはいえ、彼女の故郷は遠い。

 あの子は寂しがりみたいだからなぁ、飲みこむのは難しいだろうなぁ。そんなことを考えているとガンズーも少し悲しくなってきた。親御さんこっちに引っ越さねぇかな、などと無茶苦茶なことまで思った。


 と、そういえば。


「そういやお前らはなんでいるんだ?」

「どの口で言ってんだよこっちが先客だっつの」


 半眼になったヴィスクがふんぞり返る。そうでした。闖入者は俺のほうでした。

 協会支部長との会談だ。おいそれ人が首を突っこんでいいものでもない。ガンズーがすごすご退散しようとすると、


「まあいいや、ちょうど旦那にも知らせたかったんだよ。手間が省けたぜ」


 そんなことを言う。どうやら聞いてもいい話だったようだ。

 ボンドビーの隣に座って改めて見てみれば、テーブルの上にはなにやら書きつけられた紙片が散らばっている。

 それから、広げられた小さな布袋。中には――


「なるほど、こいつか」


 茶色の欠片。幾分か削れている。

 『鱗』だった。


「時間がかかっちゃいましたが~、それなりにわかったことがありまして~」


 出された茶をずるずる啜りながら、シウィーがのんびり言った。


 話によれば、この薬は間違いなく術性定着薬(ポーション)と同じ理屈で作製されている。それは『偽鱗』と同様だった。

 ただ、その術理がどうやっても解析できない。相応の手順を踏めばたいてい、核網に刻まれたマナの痕跡を辿れるものなのだが、できない。迷彩が施されているわけではない。根本的に、既知の術理ではないのだ。


 だからシウィーはそちらを調べることを諦めた。代わりに、原料を徹底的に解体する。未知の術が仕込まれた薬とはいえ、現にこうして茶色の板の姿をしているのだ。なにかしらで練り固められている。

 数種の薬草――危険なものも――が含まれていることがわかった。動物性の油も含まれていた。糖も使って固めてあるらしい。意外なことに、単体で身体に害になるようなものは少なかった。

 そして彼女は、核網自体も調べた。中身の術がわからないなら、器のほうを見てみる。


「ワンダイン丘陵で見られる羊歯(しだ)植物の魔獣から採れるものですね~。あれは横には広がるけど上下にはあまり動かないので、あそこじゃないといないんですよ~」

「ワンダインっつったら――」

「ダンドリノとハーミシュ・ロークの間にある丘だな」


 ガンズーの呟きを、ヴィスクが補足する。

 入ったことの無い場所だが、だいたいの位置は知っている。たしか、二国の国境沿いに広がっている低い丘陵地帯のはずだ。


「そのタイプの核網はバスコーに入ってくることがまずありません。個人が扱うにもほぼ出回っておりませんな。よほど地元に強い繋ぎが無い限り、手に入れるのは難しいものです」


 資料を繰りながら、ボンドビーはちょび髭をいじっている。少し艶が戻ってきたかもしれない。


「つーことは、そっち方面から来た奴が怪しいか」

「どっちかっつーとダンドリノだなあの場所は。都市同盟側から入ろうと思うと苦労すんだ。その核網も、あの国ならそこそこ使われてる」


 レイスンによるとダンドリノ国には似たような薬物を扱う兵隊なんかもいるのだという。であれば、そのノウハウが繋がっている可能性もある。


「きなくせぇ国からはきなくせぇ代物が出てくるってか。しかしそうすっと、ボンドビー?」

「はい、早速ですがダンドリノ、都市同盟も含めて、南から来た者に絞って調査をしようかと。両国には使いもやります。もう少し早ければラダ殿に頼むこともできたのですが」

「まぁそりゃ言ってもしょうがねぇ。しかしそうか、向こうからわざわざ来る奴なんざ限られるからな」

「少しばかり、希望が見えてきました」





「すっかり暗中模索だと思ってたが、ぼちぼち進むもんだなぁ。あんた、お手柄なんじゃねぇの」

「照れます~」

「ていうか街を探るにも限界あるし、シウィー頼りだったからなー。聞いてくれよガンズーの旦那。シウィー凄ぇんだぜ。協会のモンよりずっと豪華な解析用魔道具とか持ってんだから」

「へぇ。なんでお前が知らなかったみてぇに言うんだ」

「これが俺も気付かないうちに持ってたんだよ」

「照れます~」

「どっから拾ってきたおめー」


 協会支部を辞し、イースファラ夫妻――ひとり足りないが夫妻。どういうことだろう――と歩く。すぐ戻ると言って出てきたので、修道院に戻らなければ。

 パウラの送還については、再度ボンドビー含め協会の者たちと打ち合わせをすることになった。ガンズーは完全に同道する気になっているし、協会もそのつもりで計画している。

 彼女の村の場所を聞けば、やはり行って帰ろうと思えばどれだけ早くとも二週間以上はかかる。二十日は見るべきだろう。その間ノノをどうするかなど、考えることは多い。


 どうしたものか。さすがにそんな長期はイフェッタも困るよな。やっぱ今度は院に頼むことになるかな。

 あれこれと頭を巡らせていると、ヴィスクがなにやら神妙な面持ちで言った。


「そのなんだかって子の護衛さ、俺たちも参加するよ」

「あん? いったいどうした」

「どうしたもこうしたも、まぁ仕事さ。ちょうど支部長から聞いたことだし」

「俺にお前らって、またずいぶん豪華だな」

「安心だろ」

「つっても、協会自発の依頼ってことになるんじゃ報酬もそこまでじゃねぇだろ」

「べつにまぁ、金がいいからってわけでもねーさ」


 目を合わせず彼は言う。どうも単純に仕事のつもりというわけではなさそうだ。

 後ろに視線を移してみれば、彼の奥さんがくすくす笑いながら答える。


「その村ですね~、イースファラの領地だった場所に近いんです~。ヴィスク様ったらずっと近寄らなかったんですけどね~。懐かしいですね~」


 ということは、


「なんだ。んじゃお前も帰郷か」

「そういうわけでもないんだけど……せっかくだし? みたいな?」

「ふーん。好きにすりゃいいさ。俺は歓迎だぜ」

「言われんでもそうするよ。旦那がいりゃ道中も楽そうだしな」


 彼らと別れ修道院に戻ったところ、ノノはご立腹だった。なぜか急に置いていかれたのだから当然である。

 そうだ。この子にもパウラとの別れが近いことを言わねばならない。やはり考えることは多そうだ。





 次の日、協会で話し合って決まったこと。


 出発は一週間後。

 護衛はアージ・デッソに滞在する冒険者の中から、鉄壁のガンズー、青鱗のヴィスク、廻炎エウレーナ、波呼びのシウィー。それからアージ・デッソ冒険者協会の職員が数名、ミラ・オータウス修道院から修道女が三人。


 ちょっとした商隊並みの大所帯である。中身もずいぶん豪華だ。とはいえ護衛対象は虹瞳の子。魔族が取り返しに来た前例もある。

 用心に用心を重ねても無駄ではないし、協会も力が入っているのだろう。

 確実にパウラは送り届けなければならない。むしろもっと増やしてもいいんじゃないかとまでガンズーは思った。そうすると逆にこの街が手薄になってしまうので難しいところだが。


 ということをトルムに相談してみたところ、「じゃあガンズーが戻ってくるまでは街にいようかな」と言いだしたので、アージ・デッソは国で一、二を争うほどの防衛力を手に入れたかもしれない。

 彼らは遺跡へ再度潜る準備を進めていたはずである。申し訳ないとは思えども、この申し出は有難かった。


 さて、ノノにどう伝えようか。

 目下、ガンズーの悩みはそれだった。

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