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鉄壁のガンズー、強く

「そういやお前、結局なんでこんなとこでデイティス見守ってんだよ」


 ふと気になって、ガンズーは改めてトルムに聞いた。

 リハビリがてら歩くのもいいし、ここで休むのもいいが、延々と見知らぬ走者を眺め続ける意味はあまり無いような。いや、こいつの場合なんとなく楽しいとか言いそうだけど。


「最初はちょっと見かけただけだったけどさ」


 彼が指差す先は、中央通りを挟んで向かい側にある雑貨屋。その軒先のベンチにこちらと同じよう座っている者がいた。

 髪色の特徴的な少女。ぼんやりと南門の先に広がる空を見つめている。アシェリとかいったろうか。なんだあいつ彼女連れかよ頑張ってんなと思ったのに。


「彼女が来て、僕と同じように彼を見てるのがわかってね。なんだか気になっちゃって」

「あ、なんだ後から来たのか」


 すまんデイティス。


 と心中で呟いたのが届いたわけでもないだろうが、彼は再び西側から現れた。先ほどから速度は落ちていない。大いに体力は上がっているのがわかるし熱心なのもわかるが、そろそろ水分くらい摂れ。

 という気持ちで見ていたら、彼がこちらに気付いた。大袈裟に全身で反応する。


 せかせか走り寄ってきた彼は、ガンズーを見て、横にいるノノを見てさらにその横のフードの男をチラ見すると、ぺこと頭を下げた。

 ただ、声は出てこなかった。肩を上下させて喘いでいる。息を落ち着けさせてやりたいが、残念ながら水など持っていない。


 そこに横から差し出される物があった。革水筒。

 デイティスはそれにやはり頭を下げると、受け取って一気に呷った。軽く咽てからもっと飲む。

 おそらく中身を飲み干して、ひとつ息を吐いた。そしてそれを差し入れてくれたのがアシェリであることに気付いて、また全身で驚く。


「え、あれ? アシェリ? なんでここに?」

「なんでとおっしゃられても……」

「あ、ガンズーさんノノちゃんこんにちは」


 はいこんにちは。


「あの、改めて紹介します。アシェリです。アシェリ、この人が鉄壁のガンズーだよ。こちらはノノちゃん」


 紹介というかそのまんま名前を教えているだけである。まあ、すでにお互い知ってはいるので困りはしないが。

 そんな彼の言葉に少女は少し笑って、こちらへ姿勢を正した。


「ハーミシュ・ロークの商人ヒスクスが娘アシェリと申します。鉄壁のガンズー様には是非お会いしたいと常から思っておりましたの。その節は本当にありがとうございます」

「そういやあんたらと改めて顔合わせる機会が無かったな」

「はい。見返りなど求めないなんて、正に勇者様のお仲間として素晴らしい徳をお持ちだなどと父と話しておりましたわ」


 面倒だっただけなんだけどね。

 そう言ってしまうと台無しなので、曖昧な笑みで返す。視界の端でトルムが見えないように笑っていた。なんだよ俺は徳の男だぞお徳なんだぞ。


 しかし貴族かなんかの娘っ子みたいな話し方をするお嬢さんだ。服も豪華ではないが良いものを着ているので、お忍びの令嬢と言われたら信じる。


「それでアシェリ、どうしたのこんなところで」

「だってデイティス様、今日は休日だと言ってらしたから……てっきりまた家にいらっしゃると思っていたのです。そしたら待てど暮らせど。気になって探しに出てしまいました」


 おやまあいじらしいこって。

 ガンズーは大人なので仲睦まじい彼らをやっかんだりはしない。鼻をほじりかけたが、すでにノノがやっていたので自重した。彼女の場合は単純に痒かっただけだろうが、行儀が悪いぞ。


「ごめんね、今日は――鍛えようと思って」

「なんだデイティス。バカみたいに一日走ったってしょうがねぇぞ。逆に疲れるだけだ」

「そうですね……でもなんか、じっとしてられなくて」

「うん?」


 なんだか妙に大人しい。いつもの彼ではない。


 なにかあっただろうかと考えて、そういえば彼らが半魔(オーク)と化したエクセンと戦ったという話を聞いたばかりだと思い至った。

 同郷の人間とそんなことになって、思うところが無いわけはない。あれこれと言ってやりたいが、うまい言葉が思いつかなかった。


「……強くなりたいんです」


 俯き気味にデイティスがそんなことを言うので、思わずアシェリのほうを見てしまった。

 これはおそらくだいぶ参っている。頑張って鍛えようと思うのはいいが、無闇に身体をいじめても待っているのは単なる無駄な疲労だ。それだけで強くなれるなら誰も苦労しないし、明日の仕事にも差し支える。

 こういうときは女に慰めてもらうのがいいんでねーの、などと無責任なことを考えたが、当の彼女は内心のわからない無表情で目の前の少年を見つめるだけだ。


「どれくらい?」


 横から唐突に、フードを目深に被り直した男が言った。


「え?」

「どれくらい強くなりたいのかな」

「えー、と……今よりは、もっと」

「それは単にもっと走れるくらい? それとも、冒険者として強くなりたい? 例えばひとりで山に入れるとか、遺跡に入れるとか。それとも、大躯(オーガ)を倒せるくらい? 亜竜と戦えるくらいかな?」

「うーん。そういうのより、みんなを守れるくらいになりたいです」

「みんなって?」

「姉ちゃんに兄ちゃんに、家族とか、村の人とか……それに、この街の人もそうだしいっぱいいます。あ、もちろん、アシェリにヒスクスさんもそうだよ」

「多いね。大変だ」


 うんうんと頷きながらフードの男はこちらに向かぬまま微笑んだ。

 どうやらデイティスは彼の正体に気付いていないが、なにせ人がいいものなので誰何もしないでその話に付き合っている。


「もしそこの――でっかい人が急に彼女へ襲いかかったりしたら、君は守れると思うかい?」

「ガンズーさんはそんなことしないです!」

「あ、うん。そうだねごめん。もしもの話」

「無理です、ガンズーさんには勝てないです。でもアシェリは守ります」

「どうやって?」

「……どうしよう」


 勝手に引き合いに出されてしまった。ガンズーは困った顔のままとりあえずガオーと両手を上げてみる。なぜかノノも真似をした。アシェリは口に手を当ててクスクス笑うだけである。


 腕を組んでうんうん悩んでしまった金髪の少年の姿を、フードの下からちらとだけ覗いて彼は続けた。


「じゃあ、君は少なくともそこまでは強くならなきゃならないね」

「え」


 デイティスはこちらを見てもう一度「え」と言った。上げた指先をわきわきと動かしてみると、やっぱり「え」と言った。


「けっこう大変なんだ。誰かを守ろう、助けようっていうのは」


 再びフードで顔を隠した男は、自分の手を見ながら言った。


「もちろん君がそんなに強くなれなくとも、困る人はそれほど多くないかもしれない。もっと強い人が――そこのでかい人みたいに、なんとかしてくれるかも。強くなったってどうしようもないことだってある」


 なにを思って彼がそんなことを話し始めたのかは知らない。ガンズーは仲間の中でも彼のことをわかっているほうだと自任しているが、それでも捉えきれない部分は多い。

 ただどうもこれは――ガンズーが言うべきだったことを代わりに言ってくれている気がする。すまんね口が回らんくて。


「さて、君はどれくらい頑張るんだい?」


 口を開けてこちらを見ていたデイティスは、アシェリを見た。彼女は小首を傾げて視線を返す。

 それからまたガンズーへ視線を戻した。その視線を、ノノとこちらに行き来させる。


「じゃあまず、ガンズーさんに勝てるくらいになります」


 お、言ったなこの野郎。自慢じゃないが俺はかなりハードル高いぞ。

 そんなやれやれといった気持ちで見下ろしてやると、彼は真っ直ぐに見返していた。あ、マジだこいつ。


「そっか。それなら、君がやるべきはまず考えることだよ。そのためになにをすればいいのか考える。走ることも大事だけど、他にもやるべきことはたくさんあるはずだ。今はとりあえず、そのガクガクした足を休めることかな」


 フードの男が指差した先。目線を下ろすと、デイティスの足はカタカタと震えていた。膝が笑っているというより、太ももやふくらはぎの筋肉が痙攣している。やっぱかなり無理してやがったな。

 彼自身もそれを見て驚いていた。あまり自覚が無かったらしい。


「……デイティス様、お食事、食べられそうですか?」

「あ、うん大丈夫、食べるよ。食べないと治んないしね」

「そうそう、たっぷり動いたらたっぷり食え。身体の強さってだけなら、それでばっちりだ」


 言うことが無くなってしまったので、とりあえずそれだけ口を挟んだ。いいんだよ本当のことだから。食って動けば筋肉は育つんだ。


 頭を下げて去っていくふたりを見送る。片方は若干よろついているが大丈夫だろうか。さすがに往来でひっつく度胸は無いのか、肩を支えたりはしないようだ。

 と、アシェリが振り向いてちょこちょこと戻ってきた。


「ガンズー様、ありがとうございました。また改めてお話がしたいですわ。それから、勇者トルム様も」


 そう言って、ちらりとフードのほうを見てから彼女は戻っていった。


「……バレてんでやんの」

「あれー、顔は絶対見られなかったと思うんだけどな」

「声とか?」

「彼女らとは初対面だよ」


 まあ、俺と一緒にいてなんか偉そうなことを喋っているんだから、なんとなくピンと来てもおかしくあるまい。当のデイティスのほうはまったく気付いていなかったようだが。


 もし自分が薫陶を受けたのが勇者トルム本人だと知ったらどうなっていただろうか。あいつのことだから下手すると失神していたかもしれない。そうでなくとも今日一日ここから離れなかったかも。

 そう考えるとあの少女には感謝せねば。本人もトルムのファンだとか言っていたし、自重してくれたと受け取ろう。


「さて、俺らは帰るけどお前どうすんだ」

「そうだね。もう少し街をぶらつこうかな」

「適度にしねぇと治りが悪いぞ」

「久々にひとりで歩くと案外楽しいんだよ」

「出てきたこと誰にも言ってねぇだろ。心配はしなくても勝手に動いてたら悪いんじゃねぇか」

「まったくよ人が様子見に来てやってみれば」


 樽に座っていたノノがいつのまにか抱えられている。後ろから小脇に腕を差しこまれてぶら下がっていた。頭上にある己と同じ眼を見上げている。

 憮然とした表情のセノアがそれを見返していた。


 トルムははっきりわかるほどビクついた。彼の自由はここに終わった。


「ほれ、帰るよ」


 言いながら彼女はガンズーにノノを渡してくる。なぜ運搬されなければならなかったのかわからず、不思議そうな顔をしていた。たぶん触りたかっただけだと思うぞ。


「あ、いや、大丈夫だよセノア。自分で帰れるから」

「帰れるかどうかは聞いてねーのよ帰るぞっつってんの誰がわざわざ迎えに来てやったと思ってんの」

「あ、痛い! ごめんなさい! すぐ行きます!」


 的確に折れた個所に影響が出ないよう突っつかれ、トルムは杖を持ったままへろへろ歩きだした。治りに悪いぞ。

 後ろに続いたセノアが思い出したように戻ってきて、ノノの頬をひとつだけぷにと触り、黙ってまた去っていった。腕の中の子はとにかく意味がわからず困惑している。触りたかっただけだと思うぞ。


 デイティスは強くなれるだろうか。なにせ勇者見込みである。きっと強くなる。そう導くのはガンズーの役目でもある。

 ただ、強くなれてもあんなふうにはなってほしくないなぁ、と思った。

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