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鉄壁のガンズーとシーブス

「わははははは! いや愉快! 愉快だ素晴らしい! わはは!」


 日の暮れかけたウルヴァトー山に、シーブスの笑い声が響く。遠くからわははと返ってきた。

 横から鼓膜を叩かれつつ、肩もばしばしと叩かれながらガンズーはなんだかなあと思いながら干し肉を齧っている。






 亜竜の完全沈黙を確認しても、ガンズーたちのやることは多かった。なにせ辺りはついさっきまで火の海だったのだ。

 大半の炎がマナへと還ったとしても、燃え上がったものは残る。森の入口はところどころが延焼していた。秋の山林は燃えやすいらしい。

 必死になって消火活動をおこなった。セノアとレイスンと、シーブスまでが水導魔術を使えたので水を撒けはしたが、範囲が広い。ガンズーはかなりの数の木を切り倒した。


 そんな作業をしているうちに亜竜は瘴化を始めてしまった。貴重な素材が台無しになるどころか、討伐の証拠すら取れなくなってしまう。

 どうにか核石は採れた。それともげていた翼を少しと皮を少し。爪をいくつか。なぜか牙は無かった。角はどう頑張っても折れず、えぐるのもなんだし持ち帰るには大きいのでやめた。

 そもそも素材採取が目的では――ミークは勿体ない勿体ないと繰り返していたが――ないし、瘴気を吸わせる分の核石もあまり用意していない。


 あれこれやっていればもう日は傾いていた。急いで斜面を登る。これまた苦労した。荷物が増えているので当然だが。

 結局、先日と同じ場所で野営をすることになった。下山は明日まで待つことになる。


 焚火を囲む中に、平然とシーブスがいた。というか、ガンズーの隣にいた。やたらと上機嫌だった。






「わははは! いやまったく、勇者トルムのおらぬ貴殿らなぞ車輪の飛んだ馬車のようなものかと思っていたが、わはは、いやぁ失敬失敬!」


 ぼんがぼんがガンズーの肩を叩きながら、むっちりした頬をおおいに上げて笑うシーブス神殿騎士は、遠慮など一切なくこちらが用意した野営食を口へ放りこんでいる。

 腕力からしてこちらにそこそこ匹敵するものだから、普通にちょっと痛い。尻を滑らせて少しだけ彼から離れた。


「特にガンズー殿、貴殿だ! これが恥ずかしいことに、少々見方が偏るようなことを吹きこまれておったようだ! とんだ無礼だ! 謝罪しよう! すまぬ! まぁ食え! わはは!」


 串を押しつけられて――だからこっちが持ってきたもんだっつってんだろ――豪快な笑顔を向けられる。いや食ってるし。

 亜竜討伐に気を良くした、というよりは単純に、どうやら一緒に戦って気を許したらしい。


 というわけでわかった。こいつただの単細胞だ。

 困ったことに神殿騎士としての実力は十分以上にあったようなので、本当に戦力として送られてきただけだ。使者、あるいは間諜としての役割はメイハルトだけが担っていたのかもしれない。


 仲間の顔を見回した。だいたいガンズーと似たような顔――アノリティだけはいつもどおりひたすら肉を頬へ詰めているが――をしている。レイスンが小さく肩を竦めた。


「ま、なんでもいいけどよ。こっちも神殿騎士なんてな引きこもりみてーなもんだと思ってたし」

「そうか! まぁ間違いではないな! 我らはなかなか外に出られる機会が無くて困る! だからここぞとばかりに来たのだがな! わはは!」

「あぁそうかい。亜竜退治楽しかったか?」

「うむ、そうさな! たしかに近年そうそう無い戦いだったし、存分にこの槍も振るえたので満足はしている! のだが――」


 シーブスは腕を組んで大袈裟に首を傾げた。顎の肉がたっぷりする。


「いささか、拍子抜けだったかもしれん。あれは本当に飛翔体であったのか?」

「……神殿騎士殿もそう思われますか?」


 興味深げに眉を上げて、レイスンが彼に問う。


「私はそもそも亜竜との戦闘経験が少ないのでなんとも言えないところではあるのだが、想像したよりは、と感じてしまった。いやいや、まともにやれば大変な脅威であったのはわかる。貴殿らの力も理解している。しかしどうにもな」


 そうなのだ。その意見にはガンズーも同意だった。

 あの亜竜は間違いなく十分な力を蓄えていた個体だったが、やはりちょっと足りていない。


 体組織自体は飛翔体の水準に達していたと思う。表皮も爪も尾も翼も尋常ではない頑丈さだったし、なによりあの角だ。あれは噂に聞く竜殻(オリハルコン)に近い代物だったかもしれない。加工できる人間など存在しなさそうなほど。

 だがなんというか――地力が追いついていなかったような。わかりやすいのが生体魔術だった。

 宙に浮くほど魔導体として進化しているのに、出てくるのが炎を曲げるだけと撒き散らすだけというのは不可解な話だ。マーシフラで戦った飛翔体見込みの黒色腫は、水で分身まで作ったし山の一角を水没させた。


 そしてやはりというかなんというか――改めて死体を検分してみても、小さかったのだ。変色種止まりとしか思えなかった。


「結局なんだったんだかな……進化途中だったとか、そんな感じか?」

「瘴気純化がそんな生ぬるいモンなら誰も苦労しないのよ。半魔(オーク)みたいに成りそこねましたってならわかるけど」


 シーブスが語るのを興味なさげにしていたセノアが、そこでやっと口を挟んできた。


 なるほど、たしかにそれであれば身体だけ変化するということはあるかもしれなかった。

 だがあの亜竜は狂暴化していたとも鈍化していたとも思えない。そもそもこちらに襲いかかってきたのだ。

 大元が蛇の半魔(オーク)――存在するかどうかもよく知らないが――なら蛇を襲いにいくはずだ。瘴化して半端に崩れた体を補おうと、同族の体を積極的に取りこもうとする、とされているはずである。


「突然変異……などと考えるのが楽なのでしょうが、どうにも不自然さを無視できませんね。とはいえ」


 言って、レイスンは両手を上げる。推測なり想像なりはできても、今わかることはあまり無い。


「まあなんだ! それはそれとして、貴殿らのおかげで脅威は去った! これでアージ・デッソの者たちも喜ぶであろう! 私も胸を張って帰れるというものだ!」


 だーははは、と肉の欠片を飛ばしながら神殿騎士は笑う。

 薄々感じていたが、こいつはとにかく腕試しと、いちおうは騎士として義務を果たすことだけを目的にしていた。タンバールモース側の面倒な事情は考えていないように思える。あるいは、特に聞かされていないのかもしれない。


 なので、もうひとつ気になっていたことを聞く。


「んで、お前の相方はどこ行ったんだ。メイハルトは」

「ああ、うむ。奴なら一足先に帰ったのであろう。私も詳しくは聞いておらん。唐突にいなくなるのは毎度のことでな」


 それでいいのかと思うが、聞いてみれば彼ら神殿騎士は序列などは特に無く、それぞれに任務が分けられているだけなのだとか。メイハルトがシーブスの下に見えたのは、単に彼が一歩下がっていただけだったようだ。

 太っちょの神殿騎士はバツが悪そうに視線を逸らしながら続ける。


「司教たちが妙な悪知恵を働かせているのも、奴がなにごとか言い含められているのも少しは聞いているが……なんだ、私はそういうのは好かんというか」


 彼はガンズーに向き直り、改めて小さく頭を下げた。


「領主殿のところでは誠に失礼した。いや、修道院が焼けてしまったなどと聞いて頭に血が上っていたのだ。正面から問いただすこともできんでな。あんな物言いになってしまった。私は意地が悪いのかもしれん」

「それはもういいってよ。教会に迷惑かけたのは本当だ」

「うむ! それは反省するべきだな!」

「野郎……」

「それはともかく、アージ・デッソが窮地であることはわかったからな。力になれるならばと派兵にも賛成したが、貴殿らがおるのだ、私ひとりでも十分だったかもしれんな! わははは」


 結局のところ、この男の腹にはなにも無さそうである。

 七曜教は功徳を是とする。献身を是とする。それをどストレートにぶち上げているのだろう。要するに、困ってそうだしいっちょ助けたろかいとしか考えていなかったのだ。


 となれば、気になるのはもうひとりの神殿騎士である。

 ガンズーはずっと黙っていたミークの顔を見た。


 彼女は向かいで笑う神殿騎士に気取られぬよう、小さくふるふると顔を振った。

 メイハルトはすでに感知できる範囲にはいないようだ。もしくは、ミークに対抗できるほどの隠密が可能なのかも。シーブスの能力を鑑みるに、できないとも言い切れない。

 夜が来るというのに、ご苦労なことである。


 目的がなにかは知らないが、彼はアージ・デッソに戻るだろうか。ガンズーたちから先行したとしても、半日程度の差である。あまり大したことはできないように思える。

 それか、そのままタンバールモースへ向かうか。どちらかといえばそちらのほうが考えられる。大目的は完了、他のあれこれは失敗、本営に戻って報告、事後の策を。そんなところだろうか。


 とまれ、明日には帰ることができる。

 ノノとイフェッタはどうしているだろうか。街は変わりないだろうか。

 ほんの三日ほど外に出ていただけなのに、なんだかやきもきしてしまう。


 三頭の蛇亭の食事――ではなく、自分で作った飯を食いたい、などと思ってしまった。





 馬を預けた小屋からは、やはり一頭だけ減っていた。メイハルトが乗っていったのだろう。ということは斥候がおこなうような歩法はそれほど使えないようだ。

 今度こそ馬を交換しないか、とシーブスが言ってきたが、当の馬に頭を齧られて諦めた。

 少し早足でアージ・デッソに向かう。のだが、帰りは荷物が増えている。馬を潰してしまっても困るので、無理はさせられなかった。


 ボンドビーはわざわざ北門の手前でうろうろしながら待っていた。昼時なのだが食事もせずにいたのだろうか。彼はともかく――いや彼もだが――連れている数人の職員が可哀想である。

 馬上から適当にもいだ翼なんかを掲げて見せると、支部長殿は子供のように手を上げて喜んだ。その一瞬で頭に産毛が増えた気がする。


「彼らは素晴らしい働きだったぞ! さすがは協会支部長、その見立ては間違っておらなんだな! わはは!」


 上機嫌な神殿騎士に、ボンドビーは困惑を隠せない。多分こいつは気にしなくても大丈夫だぞ、とだけ言っておいた。


 そのまま領主館へ赴いた。ちょうどケルウェンも外出から戻ったところだったようで、大いに喜ばれる。

 彼は教会に行っていたという。街を離れているあいだに少し事件があったらしいのだが、詳しくは聞けなかった。先に亜竜討伐の確認を進めなければならない。


 証拠となる材料はそれなりの量を持ち帰ってきたが、少なくとも核石さえあれば確認は取れる。それでなければ、皮や爪よりは翼のほうが望ましい。本来なら確実に存在しない部位だ。組成を見るのに適している。

 というわけで、あっさりとその作業は終わった。怪しいところはあれど、飛翔体のものであることは確かだ。

 協会の職員には、こんな質の代物なんて触れたこともないと言う者もいた。ある程度は街へ譲渡するつもりだが、もしかしたら捌くのに苦労するかもしれない。


 ふと、シーブスに聞いてみた。タンバールモースへの報告に、なにかしら物品が必要なのでは。


「メイハルトの奴めが戻っているだろうしなぁ……無くても構わんとは思うが、どうしたものか」


 協議の結果、ふたつある核石をひとつ預けることとした。ケルウェン領主からの申し出だったが、ガンズーたちに異存は無い。

 解決の証拠として渡し、いっそそのまま譲ってしまう。それでタンバールモースとの今後の折衝に点を打つ。領主はそういうつもりだろう。

 代わりに他の素材は譲り受けるわけにはいかない、と言うので、それはトルムも交えて改めて話すことにする。ぶっちゃけ彼なら、ぜんぜんいいですよあげます、とか言いそうだが、勝手には決められない。


「世話になった! 次にタンバールモースへ立ち寄ったなら、シーブス・カノルコを訪ねてくれいっ!」


 そんなことを言って、神殿騎士は笑い声と共に去っていった。街に戻ってきたばかりというのに忙しない。

 「風呂!」とセノアが言いだしたので解散となった。ケルウェンはどうかもてなさせてくれと望んでいたのだが、今日は勘弁してほしい。


 だって待たせているのだ。

 帰らなければならない。

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