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鉄壁のガンズー、挑発

 要するに領主及びボンドビーら冒険者協会は、アージ・デッソの戦力だけで亜竜をなんとかしたい。

 しかしこの街は主な防衛力を冒険者に依存している。最近、上級冒険者が大幅に減ったし特級も半分――ヴィスクたち――が療養中、半分は他国へ遠征に出てしまっている。

 下手をすれば飛翔体ではない普通の亜竜でも難儀する状態だ。どう考えても独力での対処は無理。タンバールモースの援助を断れる立場にない。


 だが今この街には勇者パーティがいる。

 勇者は行動不能。勅命を出すことはできない。

 出せないからこそ、あくまで個人的なお願いとして聞いている。危ない魔物がいるんだけど、なんとかならないかなー、正式な依頼ではないんだけどー、と言っている。


 勇者たちは言ってみれば王室直下の自由部隊。

 もし彼らがなんとかするのであれば、アージ・デッソからもタンバールモースからも離れた事情として処理することができる。勇者は言われなくても人々が危なければ自分から率先して飛びこんでいくのだ。


 正直なところ、ガンズーはちょっと嫌な気分だ。いいように使われようとしている。ふざけんなよコンニャロウと思う。

 しかしケルウェンやボンドビーがただただ我が身かわいさにそう言っているわけではないこともわかる。


 アージ・デッソは冒険者の街だ。そしてその街は、西の遺跡群と共にここまで大きく育ったという面もある。

 その歴史に『黒鉄の矛』という名前は今も燦然と輝いている。冒険者たちはその名を覚えている。冒険者だけでなく、街の人々がそれを誇りと感じている。

 彼らの晩節が世間に晒され名が穢れたとしても、すぐに影響は出ないだろう。けれど必ず陰りを残す。冒険者の数は減る。


 さらに肝心なのは、ここでタンバールモースの介入を許せば間違いなく教会との力関係が崩れるということだ。

 バスコー王国における七曜教会は基本的に善良な組織と言えるだろう。そこは確かだ。しかし大きな枠で考えた場合、冒険者という人種と少々食い合わせが悪い。

水と油のように混ざらないだけならいいが、食い取られてしまう。


 七曜教の理念のひとつに功徳がある。世の人のために良いことをし、助け合いましょう、だ。

 それだけであれば素晴らしいもんだと思うが、困ったことにそれを他者にも要求する節がある。等価ではなく、六対四、あるいは七対三、いっそ十対零の関係性さえ追い求める。相手にも。

 これを真っ正直にやろうとする信徒もいれば、いいとこ取りしてお前の物は俺の物をやりたがる偉い爺さんなんかもいた。どちらにしても、彼らの感覚からすると無償奉仕こそ人の誉れということになる。


 つまり彼らは全ての冒険者に勇者的な行動を求める。

 この考えが幅を利かせると請負冒険者なんかは稼げなくなる。それどころか無茶な依頼を押しつけられて死ぬ者も出る。実際に教会と関わった冒険者でそういった例もあった。たいへん豪華な祈りが捧げられたそうだ。


 だからタンバールモースには冒険者がとても少ないし、他にも教会の力が強い街は同様だ。王都などは教会のある区画と冒険者の集まる区画がくっきり別れていたりする。


 繰り返すが、アージ・デッソは冒険者の街だ。

 ならば街は、冒険者を守るものでもあるべきだ。

 そろそろ威厳が剥がれそうな領主と、ちょび髭改めちょび髪になるかもしれない協会支部長が固持しているのもそこだ。


 ミークへどうしよっかねぇといった目を向け、どうすんの? といった視線を返されながらガンズーが考えていると、神殿騎士のひとりが身振り付きで口をひらいた。どっちだっけこれ。


「子爵殿。問うまでも無いでしょう。トルム殿が負傷していることはわかっているのだ。肝心要の勇者がいないとなれば、彼らだけで亜竜討伐など。無為に命を失わせることもありますまい」


 し、しぶ、シブイっす? 違うわシーブスだ。なんか騎士にしては太り気味だしぜんぜん渋くねぇし。

 ずんぐりむっくりしていて歳が分かりづらいが、もしかしたらガンズーよりも下かもしれない。目の雰囲気がなにか若干のあどけなさを残している。


 あまり聞いていなかったがどうもナメられているらしい。神殿騎士といえば慇懃無礼な連中が多かった印象があるので然もあらんとは思うものの、少々イラッとはしてしまう。わざわざ言い返さないけど。

 むしろミークがあからさまに表情を歪めたので、目配せだけで落ち着けと伝える努力をする。おいこっち向け。


 ふんぞり返る神殿騎士にボンドビーが額の汗を拭きながら、


「いえいえ、彼ら勇者の仲間たちもそれぞれが一騎当千。確かに勇者殿の参戦は難しいでしょうが、十分な戦力と見ております」

「協会支部長といってもあまり目はよろしくないようだ。お疲れですかな? 亜竜の、それも飛翔体。大隊を編成して当たるのが妥当。なるほど彼らが本当に千の兵に値するなら余裕で足りるが、まさかねぇ」


 千人かぁ。さすがに疲れてしんどそうだ。ちょっと言い過ぎだな。百人くらいにしといてくれ。

 ともあれ、普通に対処するなら人数を用意するのが順当だろう。魔術師を大量に用意して、それ以上の盾でそれを守って。そんなところか。

 しかし、神殿騎士には上級や特級冒険者に相当するような人材だって多いはず。詳細な戦力がわからないのでなんとも言えないが、強いのをかき集めれば百まで言わずともどうにかできるのではないか。


 そう考えて、やはりタンバールモース側としては兵を出す方向へ話を持っていきたいらしいとわかった。専守が目的の騎士たちだからそう何人も外に動かせないということもあるかもしれない。

 ひとつ思いついたので言ってみる。


「あー、べつに俺はあんたらがどうしようが好きにしてくれていいんだが……あんたら、何百人も連れて山登る気か? けっこう険しいぞウルヴァトー」

「……我々は山中行軍の訓練もしている。無用な心配だ。それに亜竜がかの山中にいると判明したわけでもない。麓やその辺の盛りに身を潜めているとしたらなんの問題も無くなるな」

「その辺にいりゃ身軽になるのはこっちも変わんねぇぞ」


 こちらを睨みつけ――というより、不貞腐れたようになった――シーブスを見返したりはしない。適当に天井なんかへ目をやる。いや俺はやる気になってるわけじゃなくてな、べつにな、どうでもいいんだけどな。

 追随するようにミークも言った。


「そうそう。マーシフラで似たようなの倒したこともあるんだし、あたしたちだけでも十分だよ」


 だからやるって言ってないっつってんだろがよお前はよ。がっつり対抗してんじゃねぇよ。

 しかもそれを言ってしまうと――


「黒色種だろう。話は聞いている。飛翔体であったという事実は確認できていないがな。だからこそ我々は諸君らの力量に疑問を呈しているというのだ」

「なんでさ! あれ飛んでたし! そうじゃなくてもすっごい強かったし!」

「……そんなものを相手にできた戦士の護衛する施設が、なんとも容易く焼かれてしまったなどという話もあってな。いやあ、これは相手が上手だったのかな?」


 ほれ来た。

 あれま、といった仕草でミークがこちらを見る。だから実力云々の話はあまりほじくり返したくなかったのに。

 というか、やっぱ粗方の話くらいは調べがついてるよなぁ。そこを突かれるとどうにも痛い。ガンズーは天井の灯りばかり眺めていた。


 そこが急所なのはケルウェンもボンドビーも同様のようで、うまい助け船は出てこなかった。シーブスはふふんと勝ち誇っている。


 船を出したのは、もう片方の神殿騎士だった。


「シーブス殿。噂話をこんな場所でひけらかすこともない。お歴々がた、失礼いたしました。当方は貴領の事情に介入する意図はありません。今の発言は忘れていただけますとありがたい」

「メイハルト貴様」

「シーブス殿、今はあくまで亜竜への対策を語る時間です。そういう命の下に来ています。それ以上のものは無い」


 不機嫌な相方とは違い、涼しい顔で――男の俺から見てもわかる。こいつ絶対モテる。そういう顔だしそういう物腰だ――言うメイハルト。

 見る限り序列としてはシーブスのほうが上のようだが、実質ここでの判断は彼が担っているのではないだろうか。


「ですものね? 司教様?」


 彼はまた反対へと顔を向ける。そちらにはひたすら沈黙を続けていたアマンゼン司教がいた。

 様、とは呼ばれたがその老人は神殿騎士よりも下座に座っている。


「は、まあ、えぇ。大司教様からも騎士長様からもそう言付かっております」


 もにゃもにゃと困ったように言うアージ・デッソの教会長。

 この爺さんはどっちの味方なんだろうと思っていたが、これはダメだ。どっち派以前にどうやら発言力が無い。どっちかと言われたら教会、つまりタンバールモース側なのだろうが。

 仕方ないことだろう。独立している領主と違い、こっちは完全に教会組織の一員だ。上からなにか言われて軽々に反抗することはできない。これまで街とうまいことやってきた人間なのだから、それなりに愛着はあると思いたいが。


 おそらくこの場にもいるだけでしかない。名目上、他領の神殿騎士が同席するために置かれている。ガンズーはちょっとだけその老人に同情した。


「さて、改めて申し上げますが、我々神殿騎士――まぁ、タンバールモース領主伯爵殿及び大神殿からの進言と受け取ってもらってかまいませんが、我々は亜竜対策としてアージ・デッソに派兵することができる」


 メイハルト神殿騎士が鷹揚に続ける。


「ですが、子爵様から返答はまだいただいておりません。ボンドビー支部長様の言によれば現状の貴領戦力では対処が難しいのは事実」


 彼がこちらを見た。視線は少し横へ逸れているので、ミークを見ている。


「しかし、貴方がたがいる。夜閃のミーク殿、私は勇者、そして貴方がたの力に疑うところはありません。その上で私からもお伺いしますが、亜竜飛翔体に対処することは可能ですか?」

「できるって言ってるじゃん」


 唇を尖らせて言う勇者パーティの斥候に、彼は軽く微笑んだ。こりゃ下手な女だったら惚れてんな。相手がSMカップルに横恋慕する変人でよかった。

 神殿騎士は今度こそこちらへ視線を向ける。


「鉄壁のガンズー殿。子爵様からの問いに答えませんでしたね」

「まぁな。色々事情があんだ」


 そう返すと、やはりにっこり笑みを向けてくる。うーん、ヴィスクとはまた違った優男っぷりだなぁ。こういう奴は陰で女を酷い扱いしてんだよな。怖い怖い。

 全力で偏見を向けても彼は表情を崩さなかった。


「昨今のご活躍も耳に届いております。その実力が損なわれているなどと私には思えません。なにせまぁ……亜竜飛翔体に()()()()()()()()をひとりで相手取るような人だ。いやぁ、敵わない」


 小声になった後半の台詞にガンズーは、偏見を乗せて半眼にしていた目をそのままきつく絞った。

 こいつもしかして、俺が魔族を相手したことも知ってるのか?

 たしかにウークヘイグンと戦ったことも、どこかから噂として流れてはいたがあくまで噂だ。まあガンズーだしなわはは、と笑い流される話だ。自分で噂話なんかするもんじゃないとか言ったくせして。


 ちらと見ればボンドビーは驚愕した顔をしている。ケルウェン領主やアマンゼン司教、さらに隣のシーブスまで怪訝な表情をしているので、やはり知らない人間は知らない。

 途端にメイハルトという男が胡散臭く見えてきた。


 ていうか……これ挑発か?


「私は鉄壁のガンズーを勇者パーティの中核と捉えています。なるほど要の勇者はいない。ですが貴方が戻ればその戦力は十全に発揮されると考えていますが、いかがでしょう?」


 むしろこいつ俺――というか勇者パーティに亜竜退治やらせようとしてるよな。どういうつもりだろうか。

 わからないが、それならアージ・デッソとしてはありがたい。


 のだが、どうしよう。ノノ置いてけねぇんだよ。


「いかがっつわれたらまぁ……しかしなぁ」


 と悩むガンズーだが、こうしていると自信が無いように見えてしまうかもしれない。

 実際、シーブスにはそう見えたようだ。


「ふっ……怖気づきおって。ガキなど囲うから日和るのだ」


 …………


「ケルウェ――領主」


 ぽつりと言えば、成り行きを見守っていたケルウェンはびくりと震えた。もうちょっとどっかり構えろ。


「俺たちに任せとけ。飛翔体だろうがなんだろうがすっぱり片付けてきてやんよ」


 左手を掲げ、筋肉の隆起だけで包帯を裂きながら宣言した。会議室に沈黙が落ちる。


 あったまきたコンニャロウ。

 俺がビビってるならべつにそれでいいよ。日和ったとしてもいいよ実際にちょっとなまってたしな。

 だがお前、ガキ囲うとはなんだ囲うとは。ノノをなんだと思ってんだ。俺をなんだと思ってんだ。てめぇふざけ、てめ、ふざ、てめ。

 てめぇ!


 おずおずとボンドビーが顔を突き出してきた。


「あ、あの、ガンズー殿。よろしいのでしょうか」

「いいっつってんだろ。わかったなミーク」

「んも~結論まで長ーい」


 ぐっと伸びをするミークを見て、ボンドビーと共に領主もほっとしたような表情となる。


 そのタイミングで、メイハルトが差しこんできた。


「結構です。しかし貴方がたが万全ではないのも事実。そこでどうでしょう。我々ふたりも共同戦線とさせていただく、というのは」


 ……あ、こいつこの落としどころを狙ってやがった。





 ガンズーが勢いに任せてしまったせいで、ケルウェンもボンドビーも神殿騎士の提案を拒否できる材料を見つけられなかった。

 たしかに兵は出なかった。が、タンバールモースの人間が入りこんだことには違いが無い。

 まあ、たったふたりではどうにも――いや、どうなんだろうな。あのメイハルトって奴も諜報能力とか凄そうなんだよな。


 ともあれ、


「……ノノどうすっかな」

「考え無しなこと言うからー」

「おめーに言われたくねぇ」


 ガンズーは困った。

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