鉄壁のガンズー、才
「うわぁ、ノノちゃん凄いね! 僕手元にしかできなかったのに!」
「……ノノ、いやノノさん。ちょっとコツを。ちょろっとでいいっすから」
「あ、できました! 私もできました! あれ、誰も見てない!」
ガンズーの肩に乗り鼻の穴を全開にしてふんぞり返る――落ちないようにね――神童は下々の者から賞賛されてご満悦である。
いやーしかしびっくりだ。四歳そこそこでこうもあっさり魔術の発動に成功しちまうとは。これが虹瞳というものなのだろうか。あまりそういう視点で考えたくはないのだが、色んな意味で珍重されるのも納得してしまう。
だがよく考えないとな、とガンズーは思った。魔術の暴走で命を落とす子供なんかもいるというし、注意しておかなければならない。
はたしてノノがこのマナ遊びにどこまでハマってしまうかわからないが、練習したがるとしてもとりあえず火は禁止だ。水も事故が無いとは言い切れない。
光かなぁ。あとせいぜい土かな。練土魔術、俺わかんねぇんだよな。どうしようか、いちおう俺も習っとくかな。
さてレイスンがなかなか戻ってこない。遠目に川の中へ頭を突っこんだケツだけの姿がある。見る限り髪の表面が炙られただけだったし耐性も高いのだから火傷はしていないはずだが。
なので先に、自信喪失してノノにまでへりくだり始めたドートンへちょっと助け船を出してやることにした。
「なぁドートン。お前たぶんマナの操作自体はできてんぞ」
「……またまたぁ。いいんすよお師さん、慰めてくれなくても。自分のことは自分がよくわかってるっすよ」
「わかってねーから言ってんだよ。これ自覚すんのにも慣れがいるからな。繰り返してりゃそのうちわかる。俺もそうだったからよ」
「……マジすか?」
「マジマジ」
「やっぱダメで、あとで笑おうとか思ってません?」
「お前なんでそんな卑屈なんだよ」
まあ横に凄い才能がふたつもあるのを目の当たりにしたのだから、気持ちはわからなくもない。むしろこの段階で魔導はおこなえているのだし、悪くないほうだと思うんだがなぁ。
彼のいじけた顔がちょっとだけ解消されたところで思い出した。
そうだ、こいつらのステータスがどうなったかを確認しなければ。デイティスに追随しているようならケーによる仮称勇者理論の信憑性が増す。
『 れべる : 9/50
ちから : 12
たいりょく: 29
わざ : 12
はやさ : 12
ちりょく : 12
せいしん : 12 』
超えてんじゃねぇか。なんだお前が真の勇者か。
いや、こりゃあれだな。黒狼とまがりなりにもタイマン張った影響だな。たしかにその点でこいつは弟より貴重な経験をしたといえる。
しっかし相変わらず平たい。どうなってんだこれ。ていうかお前あれか。むしろ体力以外が平たいんじゃなくて体力だけが尖ってたのか。
下手すりゃそこだけちょっとした中級冒険者並みじゃねぇか。かなり凄いぞ。落ちこみやすい代わりに調子にも乗りやすいから言わないが。
ていうかもしかしてこいつ俺並みに硬くなれるんじゃ……どうすっかな。せっかくなら伸ばしてやりたい。あれやるか? 崖落ち。俺はやったぞ。大丈夫だ登ることはあまり考えなくていい。なるべく岩壁に身体をぶつけるだけだ。
カルドゥメクトリのどこか登りやすいところで蹴落としてやろうか、と考えていると彼が怪訝な顔になってしまったので、指導計画作成は一旦あとにしよう。さすがに高所から落ちて首を折らずに済むにはまだちょっと早い。
「ゆっくりでいいから暇みて練習してみろ。魔術を覚える気が無くても便利なのは間違いねぇからよ。ダニエはどうだ? あんま苦労しなかったみてぇだが、本格的に習ってみるつもりあるか?」
「あ、見てた。そうですね……これ実戦で使うような魔術ってもっと複雑になるんですよね?」
「まぁそりゃあな。つっても、生活魔術って呼ばれるようなもんでも使いようだけどよ。ただ細かく役立てようとするならやっぱ上を覚える必要があるな」
「うーん……火を出すだけでもすっごく集中しましたし……」
悩む素振りを見せながら、ダニエは弟を見る。
「僕はせっかくなのでもっと覚えたいです!」
「そりゃお前はな。独学でもなんとかしそうだが、レイスンも気に入ったみてぇだしなんか練習方法考えてやるよ」
「わーい!」
喜ぶ彼を見て、姉は納得したようだった。
「魔術はデイティスがやりたいようですし、私は遠慮します。一緒に学べないのは残念ですが」
「おう、そうか。だがなダニエ、自分でやらなくても頭に入れとくのは大事だぜ。古代語なり各魔術の傾向なりな。一緒に勉強すりゃいいさ」
古代語の暗記を放棄したガンズーが言えた立場ではないが、そこは目をつぶる。
「頑張ろうね姉ちゃん」というデイティスに、彼女は抱き着こうとしてちょっと止まって結局は抱き着いた。やる気になったようだ。
とはいえ、
「でもお前、魔導は腰入れて練習しとけよ。すぐできたし簡単なもんだ」
「えっと……あの変な動きがわかったやつですか?」
「おうそれそれ。索敵の基礎な」
『 れべる : 7/50
ちから : 10
たいりょく: 15
わざ : 15
はやさ : 17
ちりょく : 13
せいしん : 9 』
やっぱちょっと走らせ過ぎたわ。ほうっといたらどっちつかずになっちまうとこだったなぁ、器用さが勿体なくなってしまう。
だがまだ十分に取り戻せる範囲だ。問題は技術だな。
どうしたもんかな。魔術はまだしも多少の理屈は説明できるが、斥候冒険者のノウハウは完全に無いんだよな俺。魔導が基礎にあるのはわかるものの、知覚技術なんてなかば勘頼りの独学でやってきたからなぁ。
ミークがいればまだマシだったかもしれないが、あいつも人に教えられるようなタイプじゃねぇし。ヤベ、本格的に困ってきた。ラダ帰ってきてくれ。
ふーむ、とガンズーはひとつ顎に手を当てて考える。
基本はできるようになったわけだし、あとはどうにか自力である程度の工夫をしてもらうしか……もっとやる気になってくれるためには……
デイティスに聞こえないよう、ダニエに小声で耳打ちする。
「弟につく怪しい虫の怪しい動きも読めるようになるぞ」
「頑張ります」
即答だった。なるほどこいつはこう操ればいいのか。
アシェリとかいう少女には悪いが、まあデートになぜか親族がくっついてくることなんて稀によくある話だ。多分きっと。知らんけど。
ようやく前髪をチリチリにしたレイスンが帰ってきたところで、今日はおひらきということになった。
彼は懐から出した紙に――うっすら濡れている――なにか書きつけて破るとデイティスに渡す。
「優先して覚えるべき古代語です。正確な音も伝えたいところですがまずは頭に入れましょう。単語と文節の関連も最低限の解説をつけましたので、覚えていけば前唱も多少は自学ができるはずです」
次にまた小さな核石をふたつ。小刀で表面にカリカリとなにか彫る。
「おふたりにはこちらを。魔導の修練を続けていると、体内よりも周囲のマナに汚染が残ることもあります。特に狭い部屋などでは。これがあれば宿の中でも練習することができますよ。黒ずんだらよく光に当てるように」
三兄弟は狂喜乱舞した。
ドートンなどは自分にまで贈り物があることが意外だったのか、やたらうやうやしくそれを受け取る。もはや自分は眼中から外されたとでも思っていたのかもしれない。
「街中で暴発させないように気をつけるんですよー」
割と破格の魔導入門セット――協会の教室ではそこそこのお値段でとにかく古代語の単語だけを叩きこまれる。当然のように核石は自腹――携え、ペコペコと何度も頭を下げながら去っていく彼らを見送る。
レイスンは満足げな顔をしていた。教育の喜び――というよりは、単に口を動かすことでストレス解消ができたのだろう。半分くらい勝手に喋っていただけだし。
さて、試しにちょっと聞いてみる。
「お前の目から見てどうよ?」
「いや、驚きましたね。特にデイティス君。感覚型の才と考えても格別です。ダンドリノの教練塔にもそれなりの者は集まっていましたが、上位に入るのではないでしょうか。もちろん、ノノさんにも驚かされましたが」
「すまねー」
お、ちゃんと謝れたな。偉いぞ。いやダメだな、やっぱ俺のがうつってる。だがこのままでもちょっと嬉しい。いやしかし。
ともあれ、やはり彼の目から見てもデイティスは相当だ。実は勇者かも、などと言ったらどう反応するだろうか。まだ確証までは無いので言わないけど。
そして肝心なのが、
「ですが上のふたりもたいへん優秀です。魔導習得が早かったことについては教師の良さもあったでしょうが」
「…………」
「鼻をほじらないでください。とにかく、三人ともマナの許容量からしてすでにかなりのものですね。冒険者となってひと月ほどということでしたが、ベンメにいたころからなにかあったのでしょうか」
無いんだなこれが。身体はできてたがまっさらだったよ。
しかしやはりそうか。他から見てもそう感じるか。
異様な速度で育ってんだよなぁ三人とも。勇者理論の理屈で言うなら、間違いなくデイティスに引っ張られている。
やっぱあの蛙の言うとおりなのかなぁ。ガンズーは眉根を寄せる。
例としてはふたつ増えただけ。しかし論の補強はされてしまった。こうなると他の勇者見込みがどうなのか確認してみたい。
アスター……いやいや、さすがにあの歳でなにか影響が出てるなんてことは無いだろう。もしパウラや院の子たちがレベル上がってたら困っちまうぞ。
しかし肩に乗る虹瞳の子がその才能を発揮したばかりだしなぁ。機会があったら見てみようかな。でもなぁ、子供を見るのはなんか値踏みしてるみたいで嫌なんだよな。
「ノノさん」
と、レイスンがこちらに向き直る。ノノは自分が話しかけられると思っていなかったのかガンズーの肩から落ちかけた。
「【光】」
彼の指先にやんわりと光が灯る。
「ガンズーさんの発音は若干怪しかったので。光です。気持ち最初のアの前に小さくゥと言うつもりで。それから」
光を消すと、その指先を足元へ向けて、
「【隆】」
ごり、と土の一部が掘り上がり、小さな山になった。
「こちらは中に小さくァと挟む気持ちです。ただ、練土魔術はそれそのものを作るのではなく操作する系統になりますので、少し難しいですよ。できるようになれば練習にもってこいですがね。だから火や水はちょっと我慢しましょう――なんですかガンズーさんその目は」
「……べつに」
「あぁ、彼女にはご自分で教えるつもりでしたか。これは失礼。ですがこういうことはきちんと伝えませんとね。小さいうちの学習は正しい知識からでなければ」
「ノノ! お手本が見たかったらいくらでもやってやるからな!」
ノノは再び指先をむにむにさせて、その辺の地面を指差した。
「うる」
土に変化は無い。
「うある」
やはり変化は無い。
ので、彼女はガンズーの頭をばしばし叩いた。火導魔術をたやすく習得した神童のプライドが傷ついたらしい。
だがレイスンが言うとおり、一韻でおこなえる生活魔術のうちはマナ変換よりも実体操作のほうが少々難しいのだ。そう簡単にできてしまうと赤飯でも――無いけど――炊かねばならなくなる。
しかしこれで土いじりのほうに気が向いてくれればちょうどいい。火を練習してくれるよりはるかに安全だ。
「やって」
「え」
「やって」
お手本である。いくらでもやると言ったので、やらねばならない。
ガンズーは練土魔術の古代語を覚えていなかった。なので、練習したことなど無い。
「……う、ウル」
土は動かなかった。たぶん発音がいけなかった。
◇
夜、寝るまでのあいだ家の中はずいぶんと明るかった。ノノが延々と光導魔術の練習――というより遊び――をしていたからだ。一韻でもマナの汚染が皆無というわけではないので、ガンズーは予備の核石を引っぱり出した。
翌日にはやはり土を掘り返す練習をしだしたが、なかなかうまくいかない。数回ほど試みては不貞腐れる、ということを繰り返した。ガンズーは十回目でどうにか成功したので面目は立ったが、ノノはなぜかさらに不機嫌になった。
そんなことをしていたところ、ステルマーがやって来た。
ミークが戻ってきたのだという。
彼女の帰りをなぜ領主の家令が報告に来るのか。報告だけならまだしも、なぜまた迎えの準備ができているのか。
ガンズーは嫌な予感がして仕方なかったし、できれば聞かずに済ませたかった。せめて馬車ではなく徒歩で向かいたかった。




