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鉄壁のガンズー、生きよ

 アージ・デッソ西門は、四つある門の中で最も頑強な拵えがされている。

 そもそも基板からして金属製。他の門は木製のものを金属で補強しているのでそこからして違う。

 しかも鉄板の要所に封鉄(アダマンティン)が張りつけられているので、そんじょそこらの城門など超える堅固さを有している。さすがにこれほどのものになると、ガンズーの体当たりで吹っ飛びはしない。へこみはするかも。どうだろう。


 なぜかといえば、過去のアージ・デッソは西から来る魔獣の襲撃が最も多かったからである。今は遺跡群、かつては魔獣の巣窟だった岩場。こちらに向く西側に防備が集中された。その名残りだ。

 そして現在、西門の人の出入りは少ない。南は街道の正面、東は同じく街道と農家、北は伐採、狩猟業者が数多く出入りする。

 西は遺跡へ向かう限られた冒険者が通るくらいで、遺跡の向こうの地域へ行こうと思うなら街道が地続きとなっている南門から出たほうが便もいい。


 だから開閉の手軽さが犠牲になった門は、そちらからの魔獣が減った今もそのままだ。周囲に続く塀も高いし、遠くには放置された堀の跡なんかもある。

 ただやはり利用が少ないため、そこに常駐する番兵の数は少ない。開閉の係員を兼任した者がおおむねふたり、時々三人ほどいるばかり。


 だから朝を過ぎて、遺跡に向かう冒険者がひととおり荒れ地の向こうへ消えるとこの辺りは人の気配がほとんど無い。特に最近は主要な上級冒険者たちが様々な事情から活動を休止しているので、なおさらだ。


 ガンズーは左腕にノノを抱えて、遺跡の方面へ目を遠くする。天気はいいが、少々風が強い。雲がゆるゆると動いている。

 少し振り向くと、門はひらいたままだった。用が済むまでは開けておいてくれるのだろう。数歩下がったところに、同行した協会の職員が待機してくれている。


 向き直ると、バシェットは荷物の詰まった袋を肩に拾い上げたところだった。


「世話になった」

「おう。まぁ俺ぁ大してなんもしてねぇけど」


 先日バシェットとの面会を終えたあとボンドビーから、翌日に彼を街から追放すると告げられた。

 遺跡へ向かうという彼の要望どおり、西門より出ればそれで終わりということだったので、未練がましい気分が抜けなかったガンズーはなんとなく見送りにまで来てしまったのだ。


 正直なところ、『鱗』の影響はどうだとかまだ聞きたいこともあるにはあったのだが、どうにも口から出てこない。

 見る限り異常も残っていないし、これまで自分から言っていないということは自覚のあるものでもないのだろうと納得し飲みこむ。

 もはやそういう雰囲気ではなくなってしまった。


 ラダはいない。オーリーも――知らされたとしてもきっと来なかったのではなかろうか――いない。

 見届けに付けられた職員がふたり。遠くに西門の門番。それから、ガンズーとノノ。

 かつての英雄を送る者はそれだけだった。


 哀れな気もするし、これでいいような気もする。なによりも彼が嫌がるだろう。ガンズーがいることすら、なにか心にしこりを残す可能性だってある。

 だが来た。(はなむけ)もなにも無い。しかし、せめて空の下で別れたかった。


「行く」

「あぁ」


 互いに短く。これが最後の言葉になるかな。

 そう思った時だった。ノノが不思議そうな顔でガンズーを見上げていた。


「パパ行かないの?」

「え? いや、そりゃ行けねぇよ。なんでだ?」


 彼女は少しだけ目を細めたバシェットに人差し指を向けて、


「寂しそう」


 と言った。


 バシェットの目がゆっくり、大きくひらかれていく。

 ガンズーはといえば、いよいよもってなんと答えたものか迷い、しどろもどろになりながら言う。


「まぁ、そう、おう、いやそうなんだけど、さすがに俺はちょっとなぁ。お前、俺が言ってもしょうがねぇっていうか、お前置いてけねぇだろ。なんならノノも一緒に行くか? わはは」

「いいよ」

「マジかよこらこらなに言ってんだ危ねぇだろ」


 空笑いをしながらノノに答えつつ、心のどこかで納得した。


 要するに、ガンズーもバシェットが心配だったのだ。結局は、アスターと同じように彼を慮っていたのだ。

 この面倒をこじらせまくって思い詰めた厄介なオッサンが、己と似たところのある不器用な戦士が、心配でしょうがなかったのだ。


 簡単に死んでほしくないのだ。

 報われてほしいと思っている。できることなら、生きてそれを叶えてほしい。

 そうだ。できるものなら、自分も四番遺跡の攻略を手助けしたいとまで考えたかもしれない。彼が受け入れるかどうかなど知らない。ガンズーがそうしたいと思ったのだ。


 だってお前、長年苦労してきて、もうちょっとこう、あるだろ。誰にかはわからないが、そう文句を言いたかった。


 きょとんとした――わかりづらいが――顔をこちらへ向けていたバシェットに歯をむき出して見せる。


「ほれみろ、んな辛気くせぇ顔してっからだ。子供ってなぁ人のことよく見てんだぞ。もちょっと胸張れや」

「む……」


 困った顔――やっぱりわかりづらい――を伏せがちにする彼に、ガンズーもそれ以上なにを言ってやればいいかわからなくなる。

 なんだか戦士の別れという雰囲気ではなくなってしまった。葬式帰りの寄り合いでもあるまいし、なんだろうこの空気は。


 と、


「――待ってくださーい!」


 門の方角から叫び声。それと、なにやらのたのたと走ってくる人影。

 なんだか妙に足が遅いのは、その服装が魔術師然としたローブであるのもそうだが、ひと抱えほどの箱をその手に抱えているからだ。


 ようやく近くまで来て荒い息を吐く顔は、どうも薄い。印象が薄い。


「よ、よ、よかった……間に合った……」


 その女――コーデッサは、もはや腰を全力で傾かせて箱を地に落としそうになっているが、けして手を離しはしなかった。

 闖入者に訝しげな目をするガンズーだが、彼女はどうやらこちらに意識は向いていない。

 というか、


「なんだお前、まだいたのか」

「わ。鉄壁のガンズー。なんでここに?」

「なんで、て言われても……なんでだ?」

「こっちが聞いてるんですけど」


 そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに彼女はバシェットへ向き直る。

 そちらはと言えば、おそらく心底意外そうな顔――頼むからお前はもうちょっと表情筋を動かせコンチクショウ――をしている。


「バシェットさん!」


 コーデッサは勢いよくその名を呼んだ。

 それからなにを言うのかと思えば、口をパクパクと動かして、あっちを向いてこっちを向いて、結局は口を閉じてもごもごし、眉間に皴を作って停止する。

 どうも言うことをまとめずにやって来たらしい。それはいいんだが止まるのはやめろ。相手も困ってる上に絶対こいつも黙ったままだぞ。


 仕方なく、助け船を出した。


「それ、なんだ?」


 抱えられた箱を示して聞く。

 彼女にはなぜか泣きそうな目で見られた。だってほうっといたら話まわらねぇだろうがよ。俺のことは気にすんな。


「……ザンブルムスさんです」


 ぽつり、とようやく彼女は言った。

 バシェットの口が小さく動く。おそらく「なに」とか「なんだと」とかそんなようなことを言おうとしたのだろう。


「荼毘に付されて、他の人たちと同じように埋葬されるとこだったんですけど……どうにかお願いして……それで、バシェットさんが西門から出されるって聞いて、遺跡に行くんだろうと思って……」


 なるほど、箱の中身は骨壺かなにかか。

 ずいぶん大きいように見えるが、ザンブルムスの体躯を考えれば納得する。そりゃあ骨だって人の倍くらいの量になる。


 そして……ああ、なるほど。

 コーデッサは意を決したようにバシェットを見据えて言った。


「連れていってあげましょう。この人は、街の中で眠る人じゃないと思います」


 黙ってその箱を見つめる男は答えない。やはり感情も窺い知れない。

 ただ、悩んでいるのはわかる。きっとザンブルムスを連れていくことには異論は無い。

 しかしコーデッサもついていく気のようで、それで迷っている。彼女を巻きこんでいいものかと考えているのだ。つまり、まだまだ遺跡に突っこむ気だ。下手をすればこの箱を抱えたまま。


 んなわけねぇだろ、とガンズーはあらぬ方向を見ながら言った。


「ま、岩場だらけだが、ちょっと頑張りゃ埋めてやれる場所くれぇあるだろ」

「そう、そうです。そういうことです。いいこと言いますね鉄壁のガンズー」

「お前がちゃんと説明しねーからだろがよ……」


 眉が困ったかたちのまま嬉しそうに言う彼女に、思わず半眼になる。そうかこっちは口下手か。


「……感謝する」


 長いこと黙っていたバシェットが、やっと口をひらいた。


「彼は……連れていく。きっとそれを望むだろう」


 「だが」と続けて、彼はコーデッサを正面から見据えた。

 彼女はなかば跳ねるほどびくりと震えたが、それでも目線は外さない。


「君は戻れ。故郷に帰るのもいい。そう言っていたはずだ」

「え、ダメです」

「君まで付き合うことは……ん?」


 即答した彼女に、とうとうバシェットの表情筋が仕事をし始めた。相当に困惑している。


「ざ、ザンブルムスさんのお墓を作ったら、とりあえずその、ちょっとタンマってことで」

「いや」

「四番遺跡は、あれです。また今度。絶対わたし死んじゃいますし」

「だから」

「ついでにわたし野営が苦手なので、ほうり出されたら多分やっぱり死にます。村まで帰れるかわかりません」

「それは」

「と、とにかくバシェットさんは村まで連れてかなきゃならないんです。英雄のひとりを見逃してしまったら、()っさまに叱られるんです」

「しかし」

「だからその、えーと、要するに」


 必死にまくしたてるコーデッサだが、ちらと足元に視線を移してみると膝が左右にガクガク震えている。どうやら凄まじく頑張っている。

 言いたいことを言葉にするってけっこう難しいんだよなぁ、とガンズーはぼんやり思った。同じ苦労をしょっちゅうするのでよくわかる。自分の場合は余計なことを付け足してしまうタイプだが。

 しかも相手は融通の利かない奴だ。言葉に迷うのも無理はない。


 彼女は顎を突き出すような不自然な顔で――そんなブサイクな顔せんでも――言いたいことを言いきった。


「お願いですから、死のうとなんてしないでくださいぃぃ……」


 感極まっている。泣きそうである。ぷるぷる震えている。だが彼女は耐えた。少なくともガンズーよりは涙腺が強いかもしれない。


 彼女を見るバシェットの目がきつく細まった。事ここに至ってもまだ悩んでいるようで、ちらとこちらに視線を寄越す。見られても困る。


「だとよ」


 なのでガンズーは言いながら、首ごと左を向いて視線を逸らした。ノノも真似をしてそちらを見た。なにもない荒れ地だけが広がっている。


「そういやラダがお前見て、わしゃあまだやれるぞい、みたいな気持ちになったって言ってたなぁ」


 遠くの空から「私はそんな喋りかたはしません」と聞こえてきた気がするが、ちょっとした誇張表現なので許してもらう。

 とにかく、まだまだやれるんだよ爺どもめ。


「償いてぇとか死にてぇとか、まぁ止める気はねぇけど、今のうちにやれることもなんかあるんじゃねぇの」


 それでも行く、というなら誰かの都合に付き合ったあとでも遅くはあるまい。


「そのうち、アスターに直接礼を言う機会もあるかもな」


 知らんけど。そんな素振りをしながら言った。


 バシェットは――目を閉じた。天を仰いだ。俯いた。なんか言えや。

 それから顔を上げると、コーデッサの持つ箱へ手を伸ばす。


「……重いだろう」

「え、は、まぁ、けっこう」

「持とう」


 片手でひょいとそれを受け取ると、こちらを見る。目が合う。

 ほんの一瞬、ガンズーとバシェットのあいだに沈黙が落ちた。口数の少なさによるものではない、なにか意思のある沈黙。


 バシェットは、深く頭を下げた。






 荒れ地の向こうへ消えていくふたりの姿を見送って、ガンズーはひとつ背を伸ばした。


「帰っか、ノノ」

「ん」


 この時間がなんだったのか彼女はいまひとつわかっていないようだったが、まあいい。ガンズーにだって説明しろと言われたら困るのだ。


 おそらく、バシェットと会うことはもう無いだろう。彼らがこれからどうするのかはわからない。あるいはやっぱり遺跡の中へ消えるのかもしれない。それとはまったく関係ないところで戦いを終えるのかもしれない。

 だが――簡単に死んだら許さんぞ、とガンズーは思った。もうこうなったら、(あがな)えるだけ贖ってからにしろ。そんでいっそ大往生しろ。畳の上――畳ねぇや。やっぱ戦いながら……戦いながら大往生? どうやるんだろう。

 ともかく頑張れや。そう思った。いつか許される日が、許せる日が来るってもんだ。生きてりゃな。


 踵を返して街の門へ向かう。一部始終を待っていてくれた協会職員になんとなく聞いてみた。


「あいつらの動向、報告すんのかい?」

「……バシェットは西門から街を出た、とだけ伝えます」

「そうかい」


 遠くで雲が散って、青空の中に消えていった。

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